48 サスティーの思いつき
「「「ええええええーーーーーっっっ!!!!!」」」
夕食を終えたアスールとレイフとルシオの三人は居間へと移動して、ダリオの用意してくれたお茶を飲みながら、今後のことについて話し合っていた。
三人は週が変わった明後日の昼前に島を出発して一旦王都ヴィスタルへと戻り、数日後にはアレン・ジルダニアと合流して東の鉱山近くに発見された “温泉” を調査するために、再度ヴィスタルを出発する予定になっている。
「ちょっと、それ、どういうこと?」
「ねえ、どうして急にそんな気になったのさ?」
「サスティー。まさか、本気で言っているの?」
レガリアが予言した通りに、サスティーはふいっと屋敷を出て行った三日後にはまたふらりと現れて、まるで何事もなかったかのように居間で連日焼き菓子を食べていた。
それも、食べられなかった二日間分を取り返すかのように沢山の焼き菓子をだ。
アスールたちはもちろんのこと、アレン・ジルダニアも、あれから一度もサスティーに対してこの島以外の場所についての話をすることなく、それからの日々は穏やかに過ぎていっていたのだ。
「ええ。もちろん本気よ! 私も貴方たちと一緒に王都に行くわ!」
「サスティー。王都に行ってどうするの?」
「そうね……。あちこち見て回りたいわね」
「あちこちって……」
サスティーはこの日の昼間も屋敷に姿を見せている。その時は、特に変わった様子はなかった。いったい何がサスティーの心境に変化をもたらしたのか……。アスールたち三人は互いに顔を見合わせている。
「私だって、レガリアのようにこんな風に姿を小さくすることも、姿を消すことだってできるわよ」
「それは知ってるけど」
「じゃあ、何が問題なの? 貴方たちは私のこの姿を見て、いつも仔犬みたいだって言っているじゃない。この姿だったら、誰も不審になんて思わないのでしょ?」
「それは、まあ、そうだね」
「だったら問題ないわよね?」
焼き菓子を食べ終えたサスティーは、満足気に口の周りを舐めている。
「あのね、サスティー。僕たちは明後日の昼前には船でこの島を離れる予定なんだ」
「知っているわ」
「それから、数日王都で過ごした後、今度はアレン先生と一緒に “温泉” の調査に向かわなくちゃならない」
「それも知っているわよ」
「その調査が終わっても、僕たちはこの島へは戻って来ないよ。すぐに王立学院の後期の授業が始まってしまうからね」
「あら、そうなの? でも、それって、何か問題でもあるわけ?」
「つまり、王都へ君を連れて行くのは良いけど、君をこの島まで連れて帰って来ることは、僕たちには無理なんだ」
アスールの言っている言葉の意味をきちんとサスティーが理解しているのか、小さな姿のサスティーの表情から読み取ることは難しい。
「王都って、そんなに遠いところにあるの?」
「えっと、船で半日もあれば着くけど」
「王妃様たちが乗って来たあの新型船に乗せてもらえれば、もっと早いんじゃない?」
ルシオがニヤニヤしながらそう言ってレイフの方を見ている。ルシオはあの新型船に乗ってみたくて仕方がないらしい。
「確かに新型船に乗れば、かかる時間は短いかもしれないけど、だからといって移動距離が縮まるわけじゃないだろう? 今は時間じゃなくて、距離の話をしているんだと思うけどな。違った?」
「まあ、そうだね。でもどうせ乗るなら、サスティーだって速くて快適な船の方が良いよね?」
ルシオは全然悪びれない。
サスティーは船には一度も乗ったことがないのだから、それがどんな船だったとしても比較のしようがないだろうとアスールは思ったが、敢えてルシオとレイフの会話には口を挟まないことにした。
「貴方が何を考え込んでいるのか分からないけれど、私はこの島に居ても、ここ数年、ずっとあのティーグルの気配を感じていたわよ」
「そうだってね。レガリアから聞いたよ」
「だとしたら、私からしたら王都はそれ程遠い場所ではないってことよ。わざわざ送り届けて貰わなくとも、この島に戻って来ることくらい容易にできるわ」
「もしかして、ここまで泳いで戻るとか?」
ルシオが目を輝かせている。
「……もしかして馬鹿なの? さっき私が姿を消すこともできるって言ったのを聞いていなかった?」
「まさか定期船に乗る気?」
「同じルートで戻る必要がある?」
「まさか……」
「目指す方角さえ判れば良いのよ。好きな時に好きな方法で帰って来るから、私のことは心配しなくても大丈夫よ。ああ、そう。それから、あの男に伝えて頂戴。明日の昼間、私の住処に招待してあげるって」
ー * ー * ー * ー
「ここは相変わらず綺麗なところだね。心が洗われるようだよ」
「ぐふっ」
「えっ、何?」
「ルシオ、君の口から心が洗われるなんて台詞……。ぷはははっ!」
「ちょっとレイフ! 笑いすぎだよ!」
「心が洗われるかどうかは兎も角、確かに素晴らしく清らかな場所であることは確かだな。ここに招いて貰えて嬉しいよ」
島を離れる前日になって、サスティーが自分の住処に皆で遊びに来るようにと突然言い出した。
「ローザちゃん。来られなくて残念だったね」
「母上を一人で屋敷に残して来るわけにはいかないからね。まあ、仕方ないよ。この山道を母上が登って来るのは、どう考えても無理だからね」
「うん。そうだよね」
サスティーの住処は、山頂に登る程ではないものの、正にけもの道を分け入ったその先にある。
去年一度訪れたことがあるとはいえ、アスールたちだけで裏山の奥にあるこの場所まで迷わず来ることはどう考えても不可能だ。仕方なく留守番をしているローザを屋敷に残して、レガリアがここまで道案内をしてくれることになった。
そのレガリアは、皆から離れた奥の木陰で気持ち良さそうに寝転がっている。
「この水、少し汲んで、持って帰っても良いだろうか?」
アレン・ジルダニアはそう言いながら、背負っていたリュックサックから透明なガラス瓶や紐の括り付けられた入れ物を取り出していく。
サスティーはリュックサックから次々と取り出される見たことのない器具に興味深々の様子で、じっとアレンの手元を覗き込んでいる。
「水なんて持って帰ってどうするつもり?」
「成分を分析してみたい」
「……好きにすると良いわ」
アレンは目をキラキラと輝かせて湧水を汲んで、いくつもの瓶に詰めていく。
「しっかり瓶をここまで持ってきているところが、アレン先生だよね……」
「確かに」
「それにさ。『少し』って言っていた気がするんだけど……何本持って帰るつもりだろう?」
「ああ。アレン先生の『少し』とか『後ちょっと』は、いつだって全く信用できないからね」
「「確かに!」」
アスールたち三人はアレンが嬉々として瓶に水を汲む姿を横目に、学生生活の最後の夏の休暇を楽しむかのように、岩に登っては泉に飛び込んだりを何度も何度も繰り返した。
「そう言えば、ベアトリス様って、この夏はガルージオン国へ行っているんだったよね?」
「僕らがヴィスタルを離れた数日後には、姉上はもヴィスタルを発った筈だよ」
「馬車で?」
「そう。先に王都へ行って、その後は、確か、ガイン伯爵領に滞在するって聞いたけど」
「ガイン伯爵領?」
「ザーリア義姉上の伯母君の嫁ぎ先だったと思うけど」
「へえ、何でまたそんな場所へ?」
「……さあ。ローザは姉上たちから詳しい話を聞いているみたいだけど、僕は知らない」
「ふぅん、そうなんだ」
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