47 ローザとフェイとウィリディと
「じゃあ、王立学院を受験するのね、フェイ?」
「はい。そのつもりです」
「そう。合格したら一年間だけになるけれど、フェイは私の後輩になるのね。ふふふ。楽しみだわ!」
アスールたちが島に来て以降、勉強部屋でのそれぞれの学習を終え昼食を食べた子どもたちが家へと帰った後も、フェイ・クランは毎日のように屋敷に残ってホルク厩舎の清掃を手伝ったり、ピイリアやチビ助が空を飛ぶ様子を熱心に眺めたりして過ごしていた。
「フェイは、将来はホルクに関わるお仕事に就きたいのだったわよね?」
「できれば……。そうですね」
この日フェイは、厩舎の中にある一番大きな鳥小屋の中で、ローザが飼育しているウィリディをローザから見せてもらっていた。
ローザのウィリディとレイフのヴェントゥスはまだ飛行訓練を始めていないため、ピイリアとチビ助が上空を飛んでいる間は厩舎の中でずっと待機している。
万が一親鳥を追いかけて行って、ウィリディとヴェントゥスが怪我をしたり、戻って来られなくなったりしては困るからだ。
「フェイが就きたいのって、ホルクの飼育をする人? それとも密猟者から野生のホルクを保護する人かしら? ああ、ホルク便に関連したお仕事もあるわね?」
「そこまではっきりとは、まだ……」
「そうよね。まだずっと先の話よね?」
ウィリディとヴェントゥスはまだ幼鳥だが、ホルクの成鳥は大人の肘から指先までの長さと同じ位の大きさで、翼を広げればその三倍程になる。
背面は美しい翡翠色、腹面は白色に細い波状の青碧の横帯があり、目は赤みを帯びたオレンジで、白い眉斑が特徴的な、見た目にも非常に美しい鳥だ。
ホルクは見た目が良いだけでなく、非常に特殊な能力を有している。
特定の人物の魔力を込めた魔鉱石を持たせることで、その魔力を検知してセクリタの主のところまで飛ぶことができるのだ。
ホルクのその能力を利用して、人を捜索したり、手紙を届けたりといったことができる。
だが一方で、ホルクはとてもデリケートな鳥で繁殖が非常に難しいため、ホルクの飼育数は現在まだとても少ないのが実情なのだ。
今のところホルクを個人で所有しているのは高位貴族のごく一部と、金に全く糸目を付ける必要のない非常に裕福な商人くらいのものだろう。
そうした中で、王立学院のホルク飼育室は、毎年安定して数多くのホルクの繁殖に成功している非常に稀な施設といえる。
ホルク飼育室では一定数を超えて雛が孵った年には、飼育室だけでは雛の飼育が困難になるため、学院の生徒の有志に有償で雛を譲渡する場合もあり、アスールのピイリアやルシオのチビ助はこれに当たる。
他にも、ある程度学生の手で飼育し、飛行訓練を終えたホルクの成鳥を、学院祭時にオークションを行って販売譲渡もしている。このオークションの収益で、ホルク飼育室の運営を賄っているそうだ。
学院のホルク飼育室を専門の職員と共に担っているのは、院内雇傭システムに登録している学生たちだ。彼らはホルクの飼育管理、飛行訓練の補佐をする対価として学院から賃金を得ている。
院内雇傭システムに登録している学生の殆どは、家からの援助を受けることが難しい平民の学生たちだが、ホルク飼育室に限っていえば、将来的にホルクに関わる仕事に就きたいと考えている貴族も数名含まれていると聞く。
つまり学院のホルク飼育室は、ホルクの繁殖育成を担うと共に、ホルクを飼育する次世代の人間をも育成する場になっているわけだ。
「ねえ、フェイ。ちょっと聞きたいのだけれど、どうして今年は急に私に対してそんなに改まった話し方をするの?」
「えっ?!」
ローザの問い掛けに、ウィリディのことを撫でていたフェイの手がピタリと止まった。
「だって、去年までは私のことを “ローザお姉ちゃん” って呼んでくれていたわよね? なのに今年の夏はどう? まだ一度も私を “お姉ちゃん” って呼んでいないじゃない?」
「そ、それは……」
「アス兄様のことは今年も変わらず “アスール兄ちゃん” って呼んでいるでしょう? なのにどうして?」
「えっと、あの……」
ローザにじっと見つめられたフェイは、真っ赤になって口籠もっている。
「もし僕が学院に受かったら、僕は新入生でローザお姉ちゃんは最上級生で、それに、僕は平民だけどローザお姉ちゃんはお貴族様で……」
「王立学院は身分の上下を問わないわよ。そのことはアス兄様からも聞いているでしょう?」
「……はい」
「だったらどうしてアス兄様は “アスール兄ちゃん” のままなの?」
「アスール兄ちゃんは、僕が入学する前に学院を卒業してしまうでしょう? 僕とは学院で顔を合わせることはないだろうから。だけど、ローザお姉ちゃんとは一年間一緒だし……。その時にもし “ローザお姉ちゃん” なんて呼んじゃっちゃったら、やっぱり困る……」
「だからフェイは、今から慣らしておくつもりなのね?」
「やっぱりその方が良いかと思って……」
「私としては、学院でフェイにもし “お姉ちゃん” って呼ばれても、全然気にしないけど……」
「駄目だよ! だってお姉ちゃんは……」
「私が何?」
「お姉ちゃんは、この国のお姫様なんでしょ?」
「えっ?」
「去年の夏。僕、マルコスさんから聞いたんだ。去年この島に来ていた髭のお爺ちゃんが、この国の前の王様なんだよって」
フェイが言っているのは、ローザの祖父のフェルナンドのことだ。
マルコス・リッパーノの母親がまだ子どもだった時、クリスタリア国の北部で大きな土砂災害が起きたことがある。その時、たまたま近くを旅していた、当時はまだ若き皇太子だったフェルナンドがいち早く現地に駆けつけた。そしてその災害現場から救助した子どものうちの一人が、偶然にもマルコスの母親だったそうだ。
「あの髭のお爺ちゃんが前の王様ってことは、今の王様はローザお姉ちゃんのお父さんでしょ? だったらローザお姉ちゃんはお姫様ってことだよね?」
「ああ、まあ、そういうことに……なるわね。でも、だからって、私たちの関係が変わるわけではないでしょう?」
「うん。この島ではそうかもしれないけど……。やっぱり学院ではきちんとしないと駄目だと僕は思う!」
「……そう」
フェイの決意は固いようだ。
「ねえ、フェイ。この話って、他の皆も知っているの? 例えばミリアとか」
「知らないよ! 少なくともミリアはね」
「他の子は?」
「知らないんじゃないかな。マルコスさんは僕が王立学院を受験しようとしていることを知って、僕が一人の時に、このことを教えてくれたから」
「……そうなのね」
この島にいる間は、王子だとか王女だとかいう立場を気にすることなく過ごせるようにと、リリアナが敢えてアスールやローザが王族だということに触れないようにしてくれているのだ。
おそらく島の大人の多くは、アスールとローザの素性に気付いてはいるのだろうが、子どもたちにはそんなことは関係ない。
まあ、貴族の家の子だろうくらいには思っているかもしれないが、だからといって、変な気を遣われることもなく、ここ何年も普通に過ごしてきた。
これからもそうでありたいとローザは思っている。たぶんアスールも同じ考えだろう。
「私は、フェイ、貴方のことを、弟のように思っているの。だから、急に貴方が他人のような丁寧な口調で私に話すのは……正直少し寂しいわ」
「……ごめんなさい」
「学院に入ったら気を付ければ良いじゃない? この島にいる間は、今まで通りでは駄目かしら?」
「……駄目じゃない」
「じゃあ、そうしましょう! ねえ、フェイ。ウィリディは乾燥させた果物が好きなのよ!」
そう言って、ローザはフェイに干したいちじくの実を千切って手渡した。
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