46 サスティーとアレン・ジルダニア
「それにしても、神獣っていう生き物は……皆、あんな感じなのか?」
アスールの求めに応じて、一旦本来の姿に戻ったサスティーとの対面を終えたアレン・ジルダニアは、また小さな姿に戻って焼き菓子の続きを美味しそうに食べているサスティーを見つめながら、ソファーに沈み込むようにして座っている。
「皆あんな感じなのかと聞かれても……。僕たちが知っているのは、今そこに居るサスティーと、ティーグルのレガリアだけですからね」
「まあ、そうだよな……」
「ああして見ると、気高き神獣様も、唯の食い意地の張った仔犬にしか見えないですよね?」
ルシオの言葉が聞こえたのだろう、サスティーの耳がピクリと動いた。
「そんなこと言うけど、食い意地で言ったら、ルシオだって全然負けていないよね?」
「あははは。確かに! レイフの言う通りだね!」
その時、居間の扉が静かに開いて、小さな姿のレガリアが音もなく入って来た。そしてそのままふわりと誰も座っていない一人掛けのソファーの上に飛び乗った。
「レガリア? レガリア! どこなの?」
廊下の先でローザの声がする。
「ローザ。レガリアなら、もうこっちに来ているよ!」
「あら。本当だわ! まあ、サスティー様! サスティー様も遊びにいらしていたのね。こんにちは!」
サスティーの琥珀色の瞳が、居間に入って来たローザの動きを追っている。
ローザは座っていたレガリアを両手で抱き上げると、代わりにレガリアが居たソファーに腰を下ろして、レガリアを自分の膝の上に乗せた。
ローザがソファーに腰を下ろすと、殆ど間を置かずにローザの目の前に、淹れたてのお茶と、焼き菓子が多めに盛られた皿がスッと差し出される。多めの焼き菓子はレガリアの分だ。
レガリアはダリオに向かって満足気な一瞥を送ってから、慣れた様子で手でローザの腕を軽く叩いている。レガリアの要求は難なく通り、ローザの膝の上のレガリアは満足気に焼き菓子を頬張りはじめた。
「あははははっ! やっぱり面白い!」
レガリアが居間に入って来た瞬間から、ずっとレガリアの様子を黙って観察していたらしいアレン・ジルダニアがそう言って笑い出した。
「本当に最高だ! 無理を言ってここまで来た甲斐があったよ!」
ー * ー * ー * ー
ローザたちが到着した翌日も、サスティーはアルカーノ屋敷へとやって来た。
この夏。アスールたちが島へ到着して以降サスティーはこの小さい姿になって、毎日のようにアルカーノの屋敷にふらりと姿を現している。そしてこんな風に、サスティーは小さな姿のままダリオの焼き菓子を満足行くまで食べるのだ。
それから、特に何をするでもなくアスールたちのすぐ側で他愛のないお喋りに耳を傾けたり、ウトウトと眠ったりして寛いだ後、また裏山へふらりと戻って行くのを繰り返していた。
最近では、この屋敷で働く者たちも、勉強部屋に来ている子どもたちも、屋敷のそこここでサスティーの姿を見かけても特に気にも留めなくなっている。
おそらくサスティーのことを、アスールが王都から連れて来ている “飼い犬” なのだと、揃って勘違いでもしているに違いない。
王都から来た三羽のホルクたちの方も、すっかりこうしたサスティーの日々の訪問に慣れてしまったようだ。
今回が初の旅行となるレイフのウィリディは、最初こそ、その時々で大きさを変えるサスティーに戸惑っているように見えたが、今ではすっかりサスティーのふかふかの毛皮を気に入ったようで、隙あらば横たわって寛いでいるサスティーの首元辺りに潜り込んでいる。
「神獣サスティーはもうずっとこの島の裏山で暮らしているって話だったが、それってつまり、この場所からは離れられないと言うことなのか?」
ウィリディとサスティーの様子を眺めていたアレン・ジルダニアが、側にいたレイフに尋ねている。
「さあ、どうなんでしょうね。ちょっと僕には分かりませんけど……」
「レガリアが好き勝手にあちこち移動できるのは、レガリアがローザちゃんと契約をしているからなんだよね? アスール?」
二人の話を聞いていたらしいルシオが、アスールにそう問いかける。
ルシオが言ったように、光の魔力を糧とするティーグルは、特定の場所からではなく、強い光の魔力を持つ者と “契約” することで、その契約者から力を得ている。
レガリアの今の契約者はローザだ。つまり理論上、ローザが滞在できる場所であるならば、レガリアはローザと共にどこへでも行くことが可能というわけだ。
「そうなのだと思うよ」
アスールは、前にサスティーが言っていたことを思い出していた。
「清らかな水の湧き出る場所の近くであれば、わざわざ人の子と “契約” なんて面倒なことをしなくても生きていかれる」と。
それは、自然の中からいくらでも力を得ることができる火の神獣スヴァーグ、氷の神獣パンテーヴァ、雷の神獣チュラード、風の神獣ケファール、それから地の神獣テルテラも同様なのだとも言っていた。
「成る程ね。つまり、誰とも “契約” を結んでいない神獣たちは、力を得ているその場所からは離れられないということなのか……」
アレン・ジルダニアの声には落胆の色が見える。
「あら。そんなこともないわよ!」
てっきり眠っているとばかり思っていたサスティーが、しっかりと顔を上げ四人を見ていた。
「契約者がいない状態でも、神獣はどこへでも移動できるのか?」
アレンが身を乗り出した。
「好きなところ……どこへでもっていうのはちょっと難しいわね。でもそうね、私の場合だったら、清らかな水のある場所で、それほど遠くなければ行くことは可能よ」
「それって、例えばここの裏山のような環境のところってこと?」
「まあ、そうね」
「そんな場所、そうはないよね……」
去年アスールたちが訪れることを許されたサスティーの塒は、透明度の高い綺麗な湧水でできた泉で、その一帯がとても神聖な空気に満ちていた。
「あの場所は特別なの。だから、そうね、あそこまで清らかでなくとも、たぶん平気だと思うわよ」
「だったらさ、今まで他の場所に行ったこともあるってこと?」
ルシオがサスティーに尋ねた。
「ないわよ。行くことは可能だってだけの話よ。私はここの裏山が気に入っているし、別の場所に行きたいと考えたことは一度もないわね」
「そうなんだ……」
「なんだ。神獣っていう生き物は、存外保守的な生き物だったのですね……」
アレンが少しガッカリしたような口調でボソリと呟いた。
サスティーを含めた皆の視線がアレンに集まる。
「ああ、失礼。別に保守的なのが悪いってことではないですよ。ただ、随分と長い年月を生きているにも関わらず、同じ場所から離れずにずっと留まって満足しているだなんて、ちょっと退屈で、全然面白味に欠けるんじゃないかと……。ああ、自分だったらって話です」
ー * ー * ー * ー
「今日は随分と早く裏山へ戻って行ったと思ったら、ふん、そういうことだったのか」
「そうなんだよ! まさかアレン先生があんなことを急に言い出すと思わなかったから、ちょっと驚いた」
「あれは、流石にちょっと……。たぶんサスティーは気分を害したと、僕も思うな」
その日の夕食後、アスールたちはレガリアにアレンがサスティーに対して「神獣は保守的」だと言い放った件の話をした。
あの後、サスティーはダリオの新しい菓子が焼き上がるのを待たずに、裏山へと戻って行ってしまったのだ。
「別にそんなに心配しなくても、ヤツのことだ、二、三日もすればまた何もなかったかのように姿を見せるに決まっている」
「そうかなぁ……」
「我らは人の子よりも鼻が利く。そんなにヤツのことが気になるならば……。そうだな、ダリオに頼んでタルトレットでも焼いて貰えば良い。ベリーとか、洋梨とかが良いと思うぞ。その匂いを嗅ぎつけて、きっとヤツはすぐに山を下りてくる」
「それってさ、ヤツがタルトレットを好きなんじゃなくて、レガリアが好きなんじゃないの?」
「まあ、確かに。タルトレットは我も好きだが? 何か問題でもあるか?」
「いや、別に……」
「それにしてもあの男、なかなか面白いな」
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