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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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43 二人を連れて島へ行こう!(3)

 翌朝。前夜遅くまで喋っていたせいだけではないだろうが、ルシオは皆が朝食を食べ終え、お茶を飲み終わった後になっても起き出して来なかった。

 アスールとレイフはルシオを起こすことを諦めて、ゲオルグとウェルナーを誘って海岸へ下りることにした。

 前日馬車で上がって来た道を、ゆっくりと徒歩で下りて行く。


「やっぱり素敵なところだね。ここに住んでいる人たちのほとんどが海賊団の関係者だなんて、(にわか)には信じがたいよ」


 先程から、道を歩いているレイフとアスールの姿に気付いた島民たちが、仕事の手を止めて挨拶をするために家から次々と出て来ていた。

 久しぶりだと言って二人の近況を尋ねる者、採れたばかりの野菜を持たせようとする者、最近あった島の様子を報告する者、子どもが勉強をしないと愚痴をこぼす者、そんな状態が続くものだからなかなか海岸へ辿り着くことができない。

 そうこうしているうちに、あちらこちらの家々から子どもたちが元気に飛び出して来る。

 子どもたちは今から、坂の上のアルカーノの屋敷で行われている勉強部屋へと向かうのだ。


「レイフ兄ちゃーん! アスール兄ちゃーん!」

「フェイ! ミリアも! 久しぶり、元気だった?」


 フェイは前回会った時よりも、また一段と身長が伸びているようだ。


「ローザお姉ちゃんは? 一緒に来てないの?」

「ローザは再来週末に来る予定だよ」

「また、面白いお髭のお爺ちゃんも一緒に?」

「ん? ああ! お祖父様は……流石にこの夏はここへは来られないと思うよ。でも、絶対に来ない! とも言い切れないけどね」

「あははは。確かに!」


 アスールのなんとも煮え切らない台詞を聞いたレイフが笑っている。フェルナンドの突飛な行動は誰にも予測できないのだから仕方がない。


「そうだ、フェイ。わざわざ僕たちのために魚を釣って届けてくれたんだってね。ありがとう! とても美味しかったよ!」

「うん。あれは凄く美味かった! それより、二人とも早く行かないと、勉強部屋に遅れるぞ!」

「ああ! 大変! フェイ、早く行こう!」

「またね、フェイ、ミリア。数日後にまた来るよ」

「その時は、長くいられるんでしょ?」

「そうだね」

「じゃあ、その時にまた」

「ああ、またね。シモンとルイスにも魚、美味しかったって伝えておいて!」

「了解!」


「勉強部屋か……。なんだか楽しそうだね」


 仲良く坂を駆け上がって行く兄妹の背中を見送った後で、ウェルナーが口を開いた。


「勉強部屋は学校ではないからね。半分遊びに行っているような感覚の子も多いと思うよ」

「それでも、学ぶきっかけにはなる。それがあるのとないのでは、結果は大きく違って来るよ」

「ウェルナーは、もしかして教育者になりたいの?」

「教育者?……どうかな。自分が直接勉強を教えたいってことじゃないんだ。ただ、今のロートス王国では、望んでも勉強する機会にさえ恵まれない子どもたちがとても多いんだよ。でも、ずっと放置されたままなんだ。それが許せないと言うか、もどかしいと言うか……」

「そう。僕たちの国、まだまだ学校足りてない」

「……そうなんだね」


 カルロが王位に就いてすぐに行った改革の目玉は教育問題だった。

 カルロは「最低限の読み書きと計算を全ての子どもたちに」と訴えて、各都市に無料で学べる学校を建設した。学校を作ることができない小さな村では、教会がその役割を担い、クリスタリア国内に暮らす八歳以上の子どもの殆ど全てが、少なくとも午前中は学校へ通っている。

 学校へ通う子どもが増えたことで、国民の識字率は上がった。

 歴代の王の良政と、人々の意識の変化も相まって、クリスタリア国は近隣諸国と比較して圧倒的に豊かな国へと変貌した。


「学校以前に、王都キールには、最低限の生活基盤すら整っていない人が溢れているしね……。お腹が空いていたら、頑張って勉強しようなんて気は起きないよ」


 アスールたちはどう答えたら良いのか返答に戸惑った。

 ゲオルグやウェルナーと話をしていると、時々こんな風に、自分たちが当たり前と思っている生活を、当たり前のものとして享受できない人たちが世の中には沢山いるのだと思い知らされる。


「ねえ、アスール。そういえば、ルシオは? ルシオは、まだ起きない? いつまで寝ている?」


 ゲオルグが下りてきた道の方を振り返ってアスールに尋ねた。


「ルシオ? ルシオは今日はもう、海岸には下りて来られないと思うよ」

「どうして? ずっと寝てる?」

「流石にもう起きてはいると思うよ。と言うより、とっくにリリアナさんに叩き起こされているんじゃないかな。たぶん今頃は、勉強部屋の手伝いをさせられていると思う」

「そうだね。母さん、容赦ないから。起きた時間によっては、ルシオは朝食抜きで働かされていると思うよ」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 島を訪れてから三日後。

 ゲオルグとウェルナーの二人は、テレジアの港から再び定期船に乗り込むと、テレジアよりも更に南にある次の目的地を目指して旅立って行った。

 王立学院の夏期休暇を利用して、二人だけで特にルートは定めず、クリスタリア国内を気ままに旅して歩くつもりらしい。


「この国、とても安全!ご飯も、美味しい!」


 ゲオルグが笑って言った。


「そうかもしれないけど、身の回りには注意して、決して油断しないでよ! それと、夜遅くなってからの行動は、できるだけ控えること!」

「「分かった」」

「何か困ったことが起きたら、その町の商業ギルドに助けを求めて! アルカーノ商会のカミル・アルカーノか、リリアナ・アルカーノに連絡を取りたいって言えば良いからね!」

「レイフのお兄さん、と、お母さん。ね?」

「そうだよ。商業ギルド! 絶対に忘れないで!」

「分かったよ」

「ありがとう」

「じゃあ、また、夏期休暇明けに学院で」

「楽しい旅を!」



「行っちゃったね……」

「そうだね。僕たちもそろそろ移動しないとだよ。宿に戻って荷物をまとめよう!」

「だね!」


 ゲオルグの探していた絵本絡みで既に一度島へ上陸してはいるが、今度こそアスールたちにとって島で過ごす夏の長期休暇が始まる。

 おそらくこんな風に皆で一緒に長期間のんびりと過ごすことができる日々は、王立学院最終学年生の今回が最後になるだろう。


「ねえ、アスール。チビ助とピイリアを、僕たちの出発の前に先に飛ばさない?」

「飛ばすって、島へってこと?」

「そう! 何もわざわざ狭い鳥籠に詰め込んで、ボートに載せて運ぶ必要はないと思うんだよね。テレジアと島との飛行は何度か経験させているし、特に問題ないでしょ。どう思う?」

「そうだね、それも良いと思うよ。でも、もしセクリタを取り付けなければ、ボートの周りを二羽で自由に飛んでついて来るかもしれないよ。どっちにする?」

「ああ、そうか! うーん、どっちが良いかなぁ」

「僕としては、鳥籠に入れて運ぶか、先に島へ飛ばすかの、どちらかにして欲しいな」


 レイフが言った。


「なぜ?」

「ボートの上空をチビ助とピイリアが旋回していることに気付いたら、自分も外に出せって鳥籠の中で大騒ぎしそうな気がして……」

「ああ、そうか。ウィリディか!」

「確かにそうだね。チビ助とピイリアが自由に空を飛んでいる気配は感じるのに、自分だけ覆いのかかった鳥籠の中に押し込められたんじゃ、それはあまりにも可哀想だね。じゃあ、やっぱり二羽は先に飛ばしちゃおうよ! その方が鳥籠を運ぶのも重くないしね!」

「もしかして、ルシオの本音はそこなの?」

「あははは、バレたか!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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