41 二人を島へ連れて行こう!(1)
「うわー。なんなの? この船!」
「凄い!」
ゲオルグ・フォン・ギルデンとウェルナー・ルールダウの二人は、今までに体感したことのない小型艇のスピードに驚きの声を上げた。
皆が今乗っているのは、見た目はどこにでもありそうな一本マストの、それ程大きくもないボートだ。
昨年の夏。第二王子のギルベルト・クリスタリアが、アルカーノ商会(オルカ海賊団)が開発した小型船を王家所有の船に積み込んで、ハクブルム国とロートス王国を公式に訪問している。
この時積み込んだ最新式の小型船は、風の魔石を加工した魔導具を利用することで、川の流れに逆らって高速で進むことのできる画期的なものだった。
あれから一年。オルカ海賊団の船大工たちは、王宮府副長官のフレド・バルマーをも唸らせた風の魔石の魔導具に、更なる改良を加えたとみえる。
アスールたちが最初に島を訪れた時に乗った一本マストの小型艇と、今こうして波間を進むボートは、その見た目はほとんど変わっていないように感じるが、操作性と走行スピードは全く別物といって良い。
「どうです、殿下。なかなか良いでしょう?」
「こんなにスピードを出して、転覆の心配はないのですか?」
「もちろん! その辺はきちんと調整していますよ。ご心配なく」
「アスール。ギルさんはああ言っているけど、誰もがこんな風に操縦できるってわけじゃないと思うよ。ねえ、レイフ。そうなんでしょ?」
「そりゃあ、もちろんそうだよ! ああ見えて、彼は主船の副船長を任される程の実力者だからね」
「あははは。なんだろう、全く褒められている気がしないな……。ほら、もう目的地が見えてきますよ!」
ジル・クランは小型艇を巧みに操りながら、進行方向を指差した。
小型艇が巻き上げる白い波の向こうに、懐かしい船着き場が見える。小型艇は目的地を目指し、更にスピードを上げた。
「また明日の夕方、この船着き場で!」
ジルはそれだけ言って小型艇へ再び乗り込むと、あっという間に波の向こうへ消えていった。
残された一行が、船着き場まで迎えに来ていたアルカーノ商会所有の二台の馬車に分かれて乗り込み終えると、馬車はゆっくりと連なって走りはじめた。
ゲオルグとウェルナーの二人は、転げ落ちてしまわないかと心配になるほどに馬車から身を乗り出している。彼らはどんどん後ろに通り過ぎていく島の景色を興味深げに眺めていた。
この島の風景は独特だ。島に平坦な場所はとても少ない。
馬車が走り出すとすぐに道は緩やかな登り坂になった。細い道の両側に建ち並ぶ小さな可愛らしい石造りの家はどれもきちんと手入れされていて、玄関先の小さな庭にはどこも綺麗に花が植えられている。
アスールも初めてこの島へ来た時に、二人と同じようにワクワクしながら馬車に揺られていたのを思い出した。
レイフの家は、坂を上がった一番奥に建てられている。ここまで通り過ぎてきた家々とは違って、とても大きくて立派な屋敷だ。
「いらっしゃい。よく来たわね!」
馬車を降りると、レイフの母親のリリアナ・アルカーノが笑顔で皆を出迎えてくれた。
「ただいま、母さん。言われた通り、皆を連れて来たよ」
「おかえりなさい、レイフ。元気そうね」
夕食の時間まで特にすることもないので、アスールたちはゲオルグとウェルナーを連れて、屋敷の周りを散策することにした。
屋敷の周りと言っても、特段見るものがあるわけではない。流石に夕暮れ時のこの時間から鬱蒼とした裏山に分け入って行くほど無謀ではないので、裏山の入り口付近を彷徨いて、山葡萄やワイルドベリーを摘んで皆で食べた。
「ここの果物、随分と実りが良いね。甘くて、凄く美味しい! 山に自生している物なんだよね?」
ベリーを頬張りながらウェルナーが尋ねた。
光の女神の神獣ティーグルのレガリアが、この裏山に住んでいる水の女神の神獣サスティーを呼び出そうとして、魔力を込めた “気” を屋敷の外から裏山に向けて放ったことがある。
その影響で屋敷から裏山にかけての一帯が、思いがけずレガリアの魔力の “加護” を受けたのだ。あの時レガリアは「数年か、もしかするともう少し長く影響が出る」ような話をしていたが、その影響は三年経った今もこうして続いているようだ。
「そうだよ、この辺のは野生だね。人手をかけて栽培している果樹園も、少し下に行ったところにちゃんとあるんだけどね。勉強部屋に来ている子どもたちは、果樹園の果物よりもここに勝手に生えてる果物の方が好きらしい」
「勉強部屋の、子ども?」
「そうだよ。屋敷に到着するまでの道の途中に、何軒も家があったのを見たでしょ?」
「見た」
「この島には学校がないんだよ。だから、この島に住む子たちは毎日午前中にレイフの家に集まって来て、レイフの母親のリリアナさんから勉強を教わっているんだよ。昼食もあの家で食べさせてもらって、その後ここへ来て、デザートを食べるってわけさ」
「ちょっと、ルシオ。変なこと言わないでよ。母さんは、ちゃんと食後のデザートも出しているよ!」
レイフが笑いながらルシオを小突いている。
「凄いね。食事付きで勉強を教えているなんて……」
「この島の住人は皆家族みたいなものだから」
「それにしたって」
ロートス王国では、平民の多くは学校へ通っていないため、最低限の読み書きすらできない大人も多いのだとゲオルグが教えてくれた。
「クリスタリア王立学院に留学に来て、君たちと出会い、一緒に出掛けたり話を聞くことで、改めて自分たちの国の実情を思い知らされるがするよ……」
裏山を見上げながらウェルナーが言った。
「ねえ、そろそろ夕食の時間だよね? 屋敷に戻ろうよ! はぁ、お腹空いたー。今日のメインはなんだろう? ねえ、ゲオルグ、君は肉と魚、どっちが好き?」
「肉も魚も好き。美味しいもの、何でも好き」
「やっぱり? だよねー。僕もだよ! レイフ、早く君の家に帰ろう! 美味しいものが僕らを待っている!」
レイフとゲオルグの手を引いて、楽しそうに先頭を歩くルシオの明るい声が、真っ赤に染まった夕焼け空に吸い込まれていく。
アスールはウェルナーになんと声をかけて良いのか分からず、黙ったまま屋敷までの道を並んで歩いた。
夕食のテーブルにメインとして並んだのは、アスールたちが帰って来ることをジルから聞きつけたフェイとシモンとルイスの三人が釣ってきたという魚を使ったポアレだった。
たっぷりのバターで白身の魚の表面がカリッと焼かれていて、香ばしい香りが食欲を誘う。
「うわぁー。なにこれ、すっごく美味しい!」
「あの三人、私がジルに貴方たちを島まで連れてきて欲しいと頼んでいるのを、どうやら聞いていたみたいなのよ。勉強部屋が終わるとすぐに屋敷を飛び出して行ったから、どうしたのかしらと思っていたの。そうしたら、一時間もしないうちにバケツいっぱいの魚を持って戻って来たわ。皆に食べてもらいたいって言ってね」
「へぇ。なんだか感動しちゃうね!」
「三人には、そのまま貴方たちが到着するまで、ここで待っているようにと言ったのよ。でも、お友だちを連れて来るなら邪魔しちゃ悪いからって帰って行ったわ」
「そうなんだ。あの三人が、そんな気を使えるようになったなんて……」
「なんか、大人になってるね」
「うん。ちょっと感動した」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。