40 テレジア散策の途中で
テレジア散策の途中、ゲオルグが欲しがっている本を探すために何軒か大きめの本屋に入ったアスールたちだったが、目当ての本は見つからないどころか、どの店の主人も「そういった内容の話は知らない」と口を揃えた。
「本当にゲオルグのお気に入りのその本って、クリスタリア国の話なの? 勘違いじゃなくて?」
「母さん、そう、言ってた」
「そっか……」
「例え今日見付けられなかったとしても、王都へ戻ってからも探せるし、そんなに焦らなくて大丈夫だよ」
ルシオが明るい口調で落ち込むゲオルグを励ました。
「それよりさ、そろそろ小腹が空いてこない? 町歩きと言ったら食べ歩きでしょ?」
言われてみれば、もうだいぶ長いこと飲まず食わずで歩いている。ルシオが笑顔で言った。
「テレジアの町で何かを食べながら歩くなら、おすすめはね、絶対にフリトーだよ!」
「フリトーってなに? 僕は聞いたことないな、たぶん」
ルシオの話にすぐに食い付いたのはウェルナーだ。
「そうなの? ロートス王国にはない? キールだって港街だったよね? それとも料理名が違うのか?」
「よく分からないけど、ルシオのおすすめってことは、かなり美味しいってことでしょ?」
「もちろん! 最高にね!」
「それなら是非とも食べてみたいな!」
「そう来なくっちゃ! 行こう!」
次の目的地として、一向は屋台が多く建ち並ぶ地区を目指すことになった。
もちろん先頭を歩くのは、ルシオ・バルマーとウェルナー・ルールダウの二人。先日結成したばかりの “食いしん坊コンビ” だ。
「フリトーはね、そうだな、新鮮な海老とか烏賊に衣をつけて油で揚げてあるものだね。甘酸っぱいソースとかをつけて食べるんだよ」
「あれ以来、ルシオはテレジアに来る度にフリトーを食べているよね」
レイフがそう言って笑った。
「だって美味しいんだから仕方ないよ!それに、フリトーはここでしか食べられないんだし」
「どうして? ヴィスタルでは食べないの? あそこも港街だよね」
ウェルナーが不思議そうな顔をしてルシオに尋ねる。
「実はさ、ヴィスタルの屋台では “揚げ物” は禁止なんだよね。すっごく昔の強風の日に、揚げ物屋から火が出て街の一部が大火事になったことがあるんだって。それ以来ヴィスタルでは揚げ物はちゃんとした店でしか食べられないことになっているんだよ」
「そうなんだ……」
「同じ国なのに、ここは、良いの?」
興味を持ったのか、ゲオルグ・フォン・ギルデンもこの話に加わる。
「町を歩いていて気付いたかも知れないけれど、テレジアは屋台が集まっているのが港に近い場所で、ほら、住宅地からはかなり離れているだろう? もし万が一屋台から火が出ても、それが町の中心部まで燃え広がることは絶対にないんだ」
そう説明したのはレイフだ。流石は地元っ子といったところか。
「ああ、なるほどね。確かにこの町は道幅も広いし、建物もあまり密集していないよね」
「そうでもない場所もあるけど、だいたいそうだね」
テレジアという町は、人が多く住んでいたところに港ができたわけではなく、最初はなにもなかった海岸線の土地に、王家が主導して貿易港として計画的に整備されて作られた町なのだ。
「ほら、あそこだよ!」
ルシオの指差す先に目当ての屋台が見える。
「おっ。今年も来たね!」
「こんにちは、おじさん。久しぶり!」
「皆、元気そうだね。いつもの、食べていくんだろう?」
「もちろん! 今日は多めにしよう! 海老と烏賊を三つずつお願い」
「はいよ!」
屋台のおじさんは、海老と烏賊を豪快に掴むと、手際よく衣をつけ、油の入った鍋に勢いよく放り込んだ。その途端、美味しそうな匂いが熱い鍋から噴き上がる。
「おや、今年は新顔も居るじゃないか!」
「そうなんだ。この二人、ロートス王国から来ている留学生! 僕たち皆でテレジアの町を観光中だよ」
「へえ、ロートス王国から? そりゃあ随分と遠くから!」
「ここのフリトーは特におすすめだからね。食べさせたくて連れて来たんだよ!」
「そりゃ良いや。ありがとよ!」
もはや地元っ子のレイフよりも、ルシオの方がこの屋台の顔馴染みといった感じだ。
「ルシオ自身がフリトーを食べたくて来たのかと思っていたよ……」
「まあ、それもある!」
皆で揚げたて熱々のフリトーを頬張りながら海岸線を歩いた。
港の奥の方では、大小様々な商船が荷下ろしをしているのが見える。少し前に到着したばかりの定期船からは先を争うようにして人が下りて来ている。
「あの中に、ロートス王国の船もあったりしてね」
自分の分のフリトーをあっという間に平らげてしまったルシオが、港に並んだ船の方を指差して言った。
「それはないと思う……」
「えっ、そうなの?」
「僕たちの国は、いまだに特定の少数の国以外とは、ほとんど取引をしていないからね」
「確かに俺の見たあの国は、半分国を閉じているような状態だったな……」
突然、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いつになったら気付くかなぁと思って、ずっと後ろを歩いていたんだけど……。全く気付く気配もないんで、今回も自分の方から声をかけちゃいましたよ」
「「ジルさん!」」
声の主はジル・クランだった。
「いつから居たの?」
「数分前ですよ」
「そんなに前から?」
「相変わらずお坊っちゃま三人衆ときたら、危機意識ゼロですね……」
「……面目ない」
「この辺りはスリも多いし、変な言い掛かりをつけてくる輩も居る。呑気に歩いていると付け込まれますよ! と以前にも言った筈ですが? 実際、被害に遭ってますよね? お久しぶりです、アスール殿下」
綺麗に日に焼けた整った顔がアスールに向けて微笑んだ途端、並んだ真っ白な歯が覗く。
四年前。確かにアスールはこんなやり取りをジルとした後すぐに、スリの被害にあっているのだ。
「お元気そうですね、ジルさん」
「お陰様で。フェイもミリアも元気にしていますよ。殿下たちの到着を、今か今かと指折り数えて楽しみに待っています」
フェイというのが、そのスリ本人のことだ。
アスールの懐中時計を盗んだ直後、フェイはこのジルによって捕らえられた。そして、そのジルの計らいでジルの両親に引き取られ、今はジルの家族の一員として妹のミリアと共に島で幸せに暮らしている。
「僕たちが島へ渡るのは、おそらく数日後になると思います。今はここに居る友人と一緒なので」
アスールはそう言ってから、突然音もなく現れた男を訝し気に眺めているゲオルグとウェルナーにジルを紹介した。
「ジルさんは一年前、ギルベルト兄上と一緒にロートス王国へも行っているんだよ。それにジルさんはヴィスマイヤー侯の友人でもあるんだ」
「先生の、友人?」
見るからに遊び人風のジルが自分の師の友人と聞かされたゲオルグは、ますます困惑の色を深めたようだ。
「ええ、まあ」
ジルは満面の笑みを浮かべて、ゲオルグとウェルナーに右手を差し出した。握手を交わす三人の様子をルシオが可笑そうに眺めている。
「うわぁ。なんだか胡散臭い笑顔だね!」
「お前さんは相変わらずだな、ルシオ・バルマー。お父上はご健勝か?」
そう言いながらジルがルシオの頭をわしゃわしゃと撫で回したので、ただでさえあっちこっち向いているルシオの髪がさらにあらぬ方向へ乱れる。
ルシオは慌てて自分の髪を両手で撫でつけている。
「ねえ、何か用事があって現れたんじゃないの?」
レイフが真面目な顔をしてジルに問いただす。
「ああ。そうだ!」
「何かあったの?」
「姐さんが帰って来いとさ」
「えっ? 母さんが? 僕だけ?」
ルシオの声が小さくなる。
「いいや。友人たちを全員連れて今日中に帰って来るように! との伝言だ」
「全員って……。それも今日中? でも、良いの?」
「姐さんが良いって言っているんだから、良いんだろう?」
「ああ、うん。……そうだね!」
ルシオは意を決したように振り返る。
「あのさ、皆。今から島へ渡ろう!」
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