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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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37 祝賀の宴とルシオ・バルマー

「バルマー侯爵家、ルシオ様」


 ルシオの名前が呼ばれた。今回もハリス・ドーチ王宮府長官の良く通る低い声が大広間に響き渡る。


 きちんとした正装に身を包んだルシオは、前の者に続き、ゆっくりとした足取りで堂々と王宮の大広間の中央に敷かれた絨毯の上を、左右に並んでいる大勢の貴族たちの視線を浴びながら歩いて来る。

 壇上に座していたアスールは一瞬だけ真面目な顔をして歩いて来るルシオと目が合ってしまい、笑いを堪えるのに苦労した。


 今回の新成人はアスールの見知った顔ばかり。中には学院には通っていない者も含まれてはいるが、それでも何度か王宮で顔を合わせたことのある全員同じ年生まれの者たちだ。


「アス兄様も、次回の冬の成人祝賀の宴の時はあちら側ですね!」


 ローザが小さな声でアスールに話しかける。


「そうだね。後半年だよ……」

「感慨深いですか?」

「うーん、どうだろう? その時になってみないと分からないよ」


 カルロが壇上中央に用意された台の前に移動した。それに続くようにしてハリス・ドーチ侯爵がよく通る低い声で一人ずつ新成人の名前を読み上げる。授与式が始まった。

 緊張した面持ちの新成人たちの名前が順に呼ばれ、次はいよいよルシオの番だ。


 ルシオの名が呼ばれ、ルシオが王の前に進み出る。ルシオは王に礼をとると、小箱を仰々しく受け取った。


「バルマー侯爵家家の名において、クリスタリア王家に永遠の忠誠を誓います!」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「おめでとう、ルシオ!」

「ありがとう!」


 新成人へのメダル授与式後は、毎回恒例の社交の会が開かれている。

 大広間では新成人たちを囲んで家族や友人たちが挨拶を交わしたり、軽食を楽しんだり、室内楽団の演奏に合わせダンスをしたりと、各々社交を楽しむのだ。会場には軽食だけでなく、祝いのためのお酒も用意されているのだ。


「もしかして呑んでるの?」

「一杯だけね。アスールにはまだ分からないだろうけど、今日は僕にとっては記念すべき日だからね」


 そう言ってルシオがニヤリと笑った。


「何を言っているんだか……。くれぐれも呑み過ぎないでよ。明日の朝早い船だってこと、忘れていないよね? レイフからも、君が羽目を外しすぎないように見張っておくようにと頼まれているんだから!」

「そうなの? でも心配要らないよ。もちろん覚えている! それに、僕はさっき『一杯だけ』って言ったじゃないか!」

「君の一杯は信用できないよ。いつも『後一つだけ』って言って、何個も焼き菓子を頬張っている姿を見ているからね……」

「大丈夫! 今分かったのだけれど、僕はお酒は焼き菓子ほどは好きになれそうもないから!」



「おめでとうございます!ルシオ様!」

「あっ、ローザちゃん!……じゃなかった、ありがとうございます、ローザ様」

「別にいつも通りで構いませんのに」

「いえ、ここは学院ではありませんので」

「ふふふ。なんだか変な感じですね。今日はすごく衣装もご立派ですし……」

「似合っていませんか?」

「そんなことはないのですけれど……。ちょっとルシオ様っぽくないというか。私は普段通りのルシオ様の方が……」


 そう言いながらローザはルシオの頭に視線を送った。

 今日のルシオはいつものようなあっちこっちの方向に飛び跳ねている癖っ毛ではないのだ。かなりの量の整髪剤を使ったのだろう。見たことがないくらいにきちんと髪がまとまっている。


「ああ、これですか? 母上が祝賀の宴くらいきちんとしなさいと言って……」


 ルシオは朝から母親であるラウラ・バルマーにしこたま整髪剤を振りかけられたのだと言って苦笑いを浮かべた。


「ふふふ。そうでしたか」

「ローザ様もドレスが良くお似合いですね!」

「まあ、本当に今日のルシオ様は別人のようですのね。ね、アス兄様?」

「そうだね。もしかするとたった一口のお酒で、酔っ払っているのかもしれないよ」


 よく見れば、ルシオの顔が段々と真っ赤になってきている。


「もしかして、ルシオって凄くお酒が弱いんじゃないの?」

「そ、そうかなぁ。初めて呑んだから、ちょっと分かんないや……」

「ローザ! 悪いけど、バルマー侯爵か、ラウラ様。ああ、ラモスさんでも構わないから探して呼んで来てくれる? これって、まずいかも……」

「分かりました。すぐに!」

「ルシオ、君はちょっとこっちに来て。座って休んだ方が良いよ!」

「ええと、ごめんね? アスール」



 その後すぐにルシオの兄のラモス・バルマーがローザとギルベルトと共に駆けつけて、ルシオはラモスに付き添われて家へと帰って行った。


「ルシオ様は大丈夫でしょうか?」

「平気だろう? ルシオが呑んだお酒はほんの一口みたいだしね。ラモスも付いているし、心配は要らないよ。それより、そろそろアスールとローザは部屋に下がっても良い時間だと思うよ」


 ギルベルトが懐中時計を確認して言った。


「ですが、まだ、お父様から下がるようにとは言われていませんわ」


 ローザはまだ部屋に下がりたくはないらしい。ギルベルトが困った顔をしている。


 新成人たちの中には、ルシオ同様慣れないお酒が入って顔を真っ赤にしている者もちらほら見える。過去には酔った挙句に、手に持っていたお酒をぶち撒けて大勢の貴族の前で醜態を晒した令嬢もいるのだ。


「ローザ。僕は明日の朝早い定期船に乗らないとならないから、そろそろ下がって食事をしたいと思っているんだけど……」

「ああ、そうでしたね。では、ギルベルトお兄様、お先に失礼致します」

「兄上、僕も失礼致します。明日は早いので出発のご挨拶ができず申し訳ありませんと、兄上から父上たちにお伝え願えますか?」

「分かった。伝えておくよ。気を付けて行っておいで」

「ありがとうございます」




「ねえ、アス兄様」


 東翼へ戻ろうとしている途中で、アスールの横を歩いていたローザがふと足を止めた。


「どうした?」

「今年もあの “光る虫” はいるのでしょうか? 名前は……何と言ったかしら?」

「ホタルだろう?」

「そうです! ホタル。ホタルでしたね」


 昨年、どこかの領主がカルロから許可を得て、庭にある池の一つにホタルの幼虫を大量に放したのだ。名前は当時はまだドミニクの婚約者だったため宴には参加していなかったザーリア・ガルージオンが教えてくれたのだった。

 そのホタルを去年の宴の帰りにローザと二人で池まで見に行ったことを、アスールは今の今まですっかり忘れていた。


「ちょっと遠回りして池まで行ってみる?」

「はい!」


 薄暗い石畳みの上を進み、庭の隅に造られた人工の池を二人で目指した。


 去年よりは数は少ない気もするが、今年も小さな光が池の周りをふわりふわりと飛び交っている。本当に幻想的な美しさだ。



「ねえ、アス兄様。あのホタルは水辺に育つのでしょう?」

「そうらしいね」

「でしたら、この池に今いるホタルをうんと増やして、それを “温泉” にも放したらどうかしら?」

「温泉では水の温度が高すぎて、ホタルはすぐに死んでしまうんじゃないか?」

「ですが、すべての温泉が高温ではないと、そうお祖父様からお聞きしましたよ。条件の合う水場があるかもしれません。ホタルが沢山住みつけば、きっと素敵ですよ!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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