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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第一部 王家の子どもたち編
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30 教会のバザー(2)

「とても良い行いをなさいましたね」


 背後からの声にアスールは驚いて振り返る。

 今朝このテントまで案内してくれた年配のシスターが、優しい微笑みを浮かべてアスールのすぐ後ろに立っていた。


 アスールはどう答えたらいいのか分からず「あ、はい……」と適当に返事をする。それから慌てて付け足した。


「そうだ!不足分の四十リルは、後で僕がちゃんと支払います。生憎、今は手持ちが無いので……」

「それなら構いませんよ。……落ち着いてきたようなので、少し木陰ででもお話ししましょうか」


 そう言うとシスターは教会脇のベンチへとアスールを導いた。

 シスターは先にベンチにゆっくりと腰を下ろす。アスールはシスターの隣に並んで座る。


「クリスタリアという国が非常に豊かな国だと言うことを殿下はご存知かしら?」

「えっ?」


 突然の問いにアスールは戸惑った。

 だが、シスターはアスールの答えに気を止めることもなく話し続ける。


「王家や貴族だけに富が集中することの無いよう、先代のフェルナンド様の時代から今でもこうして王家の方々が先頭に立って活動をして下さるお陰で、この国で孤児たちが飢えることはありません。殿下にはまだお分かりにならないかもしれませんが、人々全てが飢えることなく生きられるのは当たり前のことでは無いのです」


 そう言うとシスターはアスールの手を取った。


「殿下、貴方は心根の優しい方です。これからも是非ともそうあり続けて下さい。御自身の目で物事の良し悪しを見極め、常に正しい道を選びお進み下さいませ」


 言い終えるとシスターは握っていたアスールの手をポンポンと優しく叩いてから立ち上がる。アスールも慌てて立ち上がった。

 シスターはアスールに一礼をすると、アスールたちがいたテントとは反対の方へ歩いて行ってしまった。アスールは再び腰を下ろす。


「おーーい。一人だけ休憩するのはズルいぞ!」


 ルシオとマティアスがベンチまで歩いて来た。二人とも手には果実水を持っている。


「客が減ってきたからしばらく休憩して良いってさ。はい、これアスールの分」

「ありがとう」

「シスターに何か言われたの?」

「……この国は良い国だって。まあ、そんな感じのこと?」

「ふーーん」


 アスールはどう言ったら良いのか分からず適当に返事をした。


 ルシオは大してアスールの返事には興味も無いようで、そわそわと落ち着かない。ついにはアスールが果実水を飲み終えるのも待てずに口を開いた。


「シチューの鍋が空になる前に早く食べに行こうよ!」


 それを聞いて、隣に座っていたマティアスがブッと吹き出した。


「ルシオ。お前、朝からずっとシチューのことばっかりだな……」

「えーー。そんなこと無いよ! でも、有るかも! とにかく早く行こう!」


 三人は立ち上がって歩き出した。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー 



 王宮へ戻る馬車に揺られながら、アスールは激しい睡魔と戦っていた。

 朝からずっと立ちっぱなしでの慣れない “売り子” に、精神的にも体力的にも限界だったのだ。


「今日はおつかれ様。初めてのことばかりで戸惑っただろ?」


 不意に兄から声をかけられてアスールはビクりとした。


「……そうですね。でも、まあまあ楽しかったです。とても良い経験が出来たと思っています」

「今までは “当たり前” と思っていたことが本当は “特別” なことだったと気付かされたんじゃないかな? 世の中は決して平等ではない。僕らが如何に恵まれた境遇を享受出来ているかを知るべきだと思って、今回は急だったけどアスールたちを誘ったんだよ」

「はい」

「学院に入学すれば貴族以外の友人も当然出来るだろうが、それでも学院に入学して来る者は既に選ばれた存在だからね。世の中には恵まれない境遇の子どもたちや、苦しい生活を強いられている人たちが大勢いることも僕たちは知るべきだと思う」


 アスールは今日あったことをシアンに簡単に説明した。


「年配のシスターに『人々全てが飢えることなく生きられるのは当たり前のことでは無い』と教えて頂きました」

「そうだね」

「この国は非常に豊かな国だとも……」

「うん。正しいと思うよ」

「兄上は父上と他国を訪問されてますよね?」

「外交という意味ではまだ二カ国だけだね」

「やはり国が変わるといろいろと違うのですか?」

「僕が訪問したのは隣国だけだから、それ程の差は感じなかったよ。とは言え、その国の王都や王宮を見ただけで全てを知ることは不可能だろ? 僕が見たものがその国の “真実の姿” だったかどうかは……正直分からないな」

「そうですね」

「やっぱり、ロートス王国のことが気になるの?」

「……気にならないと言えば嘘になります。でも気にしても仕方ないと思っています、今は」

「そうか……そうだね」


 それ以上は会話は続かず、馬車が王宮に到着するまでシアンもアスールも黙ったままだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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