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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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31 レガリアとアレン・ジルダニア

「はじめまして、ローザ・クリスタリアです」

「ああ、こちらこそ。アレン・ジルダニアです。ようこそ。ちょっと散らかってますが、今、お茶でも淹れるので、その辺に座って少し待っていて貰えますか?」

「ありがとう存じます、アレン先生。どうぞお構いなく」


 アレンがローザにお茶を淹れると言った瞬間、レイフはすくっと音もなく立ち上がった。


「どうした、急に? レイフ・スアレス?」

「先生はここに座っていて下さい。お茶でしたら、僕が淹れてきますよ。それで、良いですよね?」

「……? ああ。じゃあ、頼むよ」


 レイフは少し引き攣ったようにも見える笑みを浮かべてから、アレン・ジルダニアの研究室から出て行った。お茶を淹れるための教職員用の給湯室は廊下の先にあるのだ。



「ぷはっ。アスール、見た? レイフのあの慌てっぷり!」

「そうだね。以前先生の自宅に行った時に先生が淹れてくれたあのお茶、あれは、もの凄い代物(しろもの)だったからね……。ローザにあれを飲ませずに済んで、本当に良かったよ」

「ローザちゃんだけじゃなくて、僕たちもあれを飲まずに済んだのだから助かったよ。もう今日はこれで一安心だね。レイフに感謝しないとだ!」

「ああ、本当だね」

「それにしても、レイフは凄いよ! さっきまであんなに散らかっていたこの部屋を、まさかこの短時間でここまで綺麗にするとは思わなかった」



 昨日、アスールたちが寮へと戻った後に、やはり荷物を置きっぱなしにして出掛けていたアレン・ジルダニアは研究室へ戻って来たようだ。そうでなければ、小さな旋風(つむじかぜ)が研究室を通過したとしか思えない。

 今日の授業が終わってこの部屋を再び訪れたアスールたちは、研究室のあまりの散らかりっぷりに扉を開けたまま言葉を失った。


「何がどうなると、あんなことになるんだろう……」

「さあ。でも、まぁ、アレン先生だからね……」

「そ、そうだよね。先生だもんね」



 アレン・ジルダニアは研究者としては非常に立派で尊敬できるのだが、こと片付けに関しては、はっきりいって最低評価しか付けようのない(たぐい)の人間なのだ。おそらく彼の中に “整理整頓” という言葉はないに違いない。

 この部屋も、綺麗好きなレイフ・スアレスが出入りするようになってから、アレンが何かを出す度にレイフが端から片付けて歩くので、なんとか清浄な状態が保たれているといっても良い。


「今日、ローザちゃんが訪ねてくることは分かっていた筈なのにね」

「確かに……」

「あの状態の部屋に王女殿下を迎え入れようっていうんだから、先生も肝が据わってるよ。それも、光の女神の神獣を一緒に連れて来るって分かっていた筈なのに……」



 お茶の準備を終え、レイフが給湯室から戻って来た。


 ローザはレイフが大慌てで片付けたソファーに座り、レイフの淹れてくれたお茶を美味しそうに飲んでいる。

 そのローザの目の前に腰を下ろしたアレンは、訝し気な顔をして優雅にお茶を飲んでいるローザを一瞥し、それからローザの周囲をキョロキョロと見回しはじめた。

 それから、意を決したようにアレンはローザに話しかけたのだ。


「あの……」

「はい、なんでしょう?」

「今日は、神獣をここに連れて来て下さるという予定ではありませんでしたか?」

「はい。その通りです」

「えっと……。では、神獣はどこに?」

「えっ? ここに!」


 ローザは戸惑ったような表情を浮かべて、自分の右横、ソファーの上に視線を落とした。

 ローザのその答えを聞いたアレンは、ローザよりも更に戸惑ったような表情を浮かべた。


「レガリア。巫山戯ていないで、ちゃんと先生に姿を見せてあげてよ!」


 アスールがそう言った瞬間、ローザの右脇に白い猫のようなものが姿を現した。相当驚いたのだろう、アレンは目を大きく見開いたまま固まっている。


「なんだ、どこに居るのかと思ってたけど、そんな近くに座ってたのか!」


 ルシオが言った。


「もしかして、レガリアの姿、皆様には見えていなかったのですか?」

「ちゃんと見えていたのは、この中でローザ一人だけだったんだと思うよ。ねえ、レガリア、そうなんでしょ?」

「……そうだ」


 カシャンと派手な音がして、アレンが手に持っていた筈のティーカップがソーサーの上に落ちた。


「先生!? あわわ。ティーカップは大丈夫ですか? まさか、欠けたりしていませんよね?」

「ん? ああ、たぶん大丈夫だと思う」

「はぁぁ。もう! 気を付けて下さい」

「……すまん」


「ぷはっ。レイフ! 心配するとこはそこなの? やっぱり君って、本当に最高だよ!」


 ルシオがそう言って大笑いをする横で、レイフが真面目な顔をして答えた。


「そりゃあ、そうだよ! だって、そうだろう? 給湯室のおばさんに怒られるのは、食器を借りた僕なんだから!」



「フェルナンド様から、姿()()()()()()()とは聞いていましたが、まさか姿()()()()()()()()()()とは思っていなかったので……」

「私は、私にしかレガリアの姿()()()()()()()()とは思っていませんでした……」


 レガリアは今は()()()()()姿()でローザの横にぴったりと寄り添うように座り、ローザから焼き菓子を貰って食べている。


「僕は、たぶんローザは気付いていないのだろうな、とは思ったよ」

「僕も! 僕も!」

「アス兄様もルシオ様も、そう仰って下さればよろしいのに!」

「だって、その方が面白いし。ね、アスール」

「……まあ、そうだね」

「もしかして、レイフ様もですか?」

「そうかなぁとは思ったよ。だって、連れて来るって約束をしたにも関わらず、ローザちゃんがその約束をすっかり忘れて、優雅に一人お茶を飲んでいる筈、ないもんね?」



 アレン・ジルダニアはこの姿のレガリアのことなら、既に何度か目にしたことがあったようだ。

 まさか神獣が姿を偽って学院の中をのんびりと散歩していたり、中庭の大きな木の下で呑気に昼寝をしたりしているなどと考える者などいないだろう。


「てっきりどこかから迷い込んだか、誰かの飼い猫くらいに思っていました……」

「ですよねー。この姿だと、ちょっと貧相なただの白猫にしか見えないもんね」


 ルシオの失礼極まりない発言に、レガリアがフンと鼻を鳴らした。


「ルシオ様! 貧相だなんて……。レガリアは、この小さい姿でも、優雅で気品のある猫ちゃんに見えますわ!」

「猫ちゃん。そこは否定しないんだね……」

「えっ? はい。何か問題でも?」

「良いよ、良いよ。ローザちゃんはそれで!」


 ローザは不思議そうな顔をして、ルシオとレガリアを交互に見ている。


「ねえ、レガリア。焼き菓子を食べ終えたなら、()()()姿()をアレン先生に見せてあげてよ」


 アスールにそう促されたレガリアは、面倒くさそうにソファーから飛び降りる。そして、次の瞬間には堂々たる神獣の姿でその場にいた。


 おそらく、そのレガリアの姿は、アレンが想像していたよりも遥かに大きかったのだろう。もしくは、その存在感の大きさに圧倒されたのかもしれない。アレン・ジルダニアは一瞬身を強ばらせた。


「これで満足か?」

お読みいただき、ありがとうございます。

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