30 最後の夏期休暇の計画を立てよう
「ねえ、レイフ。この感じだと、今年の夏期休暇はやっぱり “温泉” の実地調査かなぁ?」
「そうなるかもね。ただし、僕たちの都合が優先されるかどうかは疑問だよ。王宮府からの調査団は常にあの地に入っているって話なんだよね? そうなると、宿泊できる施設が足りないんじゃないかな」
「ああ、そうかも」
「前回泊まったあの建物以外に、別の場所に宿泊所が増えたって話は聞かないよね? ルシオは? 君の兄さんから、何か聞いていないの?」
ルシオの兄のラモス・バルマーは、第二王子のギルベルトと共に、将来的にあの泉のある地を町として発展させるべく動いている。
カルロは東の鉱山を守るために、あの地に王家の離宮を建てると言っていた。
離宮建設にはまず王都からあの地までの道路の整備が必要だ。その前に、まずは諸々の作業を担う人員の確保もしなければならないだろう。
ラモスは毎日鬼のように働いているようだと、以前ルシオは笑って言っていた。
「最近は、特に何も聞いてないよ」
アレン・ジルダニアの研究室には、今日もいつものメンバーが顔を揃えている。
「アスールは? 何か新しい話題はないの?」
「何も。ただ、お祖父様が今週から現地に入っている筈だから、何か新しい情報を持ち帰られる可能性は大いにあると思う」
「じゃあ、その新情報待ちだね!」
これまでのアスールたちの調査の結果分かったことは、一番温度の高い泉の水にはかなりの量の “光の魔力” が含まれているということだ。
ただ、この魔力の元を突き止めるまでには未だ至っていない。
その理由は、泉の温度が高すぎることにある。とてもじゃないが、人が泉に潜って、光の魔力を含んだ水が湧き出している場所を直接見て調べることなど到底不可能な位の高い温度なのだ。
「潜るどころか、指先だけだってほんの一瞬しか浸せないよ!」
ルシオが言った台詞は大袈裟に聞こえるが、実際にそうなのだ!
一番高温の泉は、大きさ自体は然程大きくない。森の奥深くにひっそりと隠されるようにあった。今回、アレン・ジルダニアが一人でこの森の奥まで調査に入って泉を見つけなければ、おそらく今後何十年、もしかしたら何百年も人の目に触れることはなかった可能性もある。
「あの泉の周辺って、本当に霧が深くて、迷ったら二度と帰れないんじゃないかと思う程だったよね」
「あの霧の発生理由は、やっぱりあの高温の泉だよね?」
「そうだと思うよ」
「野生動物があの霧のせいで道に迷って、そのまま泉に落ちたりはしないのかな?」
「もしそうだったら、あの泉に含まれているのは光の魔力じゃなくて、美味しいスープだよ。そもそも周囲の状況変化に敏感な野生動物が、あれだけ高温の泉に近付く筈はないと思うけど」
「ああ、確かにそうだね。スープな泉かぁ。アスールもなかなか面白いことを考えるね! 想像したらお腹が空いてきたよ」
「まったくルシオは!」
三人は声を上げて笑った。
「ねえ、ところでアレン先生はどこへ行ったの?」
「さっき慌てて飛び出して行ったけど、行き先は、特に何も言っていなかったよ」
「荷物は置きっぱなしだし、すぐに戻って来るんじゃないかな」
「そうかな、アレン先生だったら荷物のことなんて忘れて、そのまま戻ってこないことだってあり得るでしょ」
「「ああ、確かに……」」
ー * ー * ー * ー
結局その日、アレン・ジルダニアは研究室には戻らなかった。
「アス兄様。前にお約束した件ですが、明日の放課後でしたよね?」
その日の夕方、食事を終えて食堂を出たアスールの元へローザが近づいて来てそう言った。
「ああ、そうだったね。明日、ローザは大丈夫?」
「ええ。明日は園芸クラブの活動もありませんし。授業が終わったらすぐに寮に戻って、ウィリディに餌をあげたらすぐにレガリアと一緒にアレン先生の研究室をお訪ねしますね」
王宮からの帰りの馬車の中で、神獣に興味津々のアレン・ジルダニアに対して、アスールは「近いうちにレガリアと引き合わせる」と半ば強引に約束させられていたのだ。
「面倒をかけて悪いね。よろしく頼むよ。ところで、ウィリディは元気にしているの?」
「はい、とっても!」
ローザは引き取ったホルクの雛に “ウィリディ” と名前をつけたのだ。ホルクの背中を覆う美しい翡翠色から取ったようだ。ウィリディとは古代語で “緑色” を表す言葉だ。
ウィリディはもちろんローザにも懐いているが、レガリアのことをかなり気に入っていて、鳥籠から出ている時はたいていレガリアの上に乗ったり、寝転がっているレガリアの下に潜り込んだりして遊んでいるらしい。
「そんな状態で、ウィリディだけを部屋に残して、レガリアを外へ連れ出しても平気なの?」
「それは大丈夫です。ずっとウィリディを部屋に離しているわけではないですし。ちゃんと鳥籠の中でお留守番くらいできますよ」
「それなら良いけど」
ローザの話を聞いたアスールは少し考え込んだ。
「もしかして母鳥と離すのが少し早過ぎたのかな……。レイフは特に何も言っていないけど、元々ウィリディの方がピイリアにべったりだったし、レガリアを母鳥と勘違いしているとか?」
「それはないと思いますよ、流石に。見ていてすごく可愛いし、レガリアが乗られたりするのを嫌がっていないようなので今は放っておいていますが、そんなことができるのも、きっと後少しだけですからね」
今はウィリディもまだ小さい雛だが、成鳥になれば小さい姿のレガリアよりもホルクの方がずっと大きくなる。ローザがいうように、そうなるまでは本当にあっという間だろう。
「そういえば、ピイリアも時々レガリアが部屋に遊びに来ると、本来の大きな姿の時に毛の中に潜ったりしているな。チビ助はサスティーのふわふわの毛が好きみたいだったし、もしかしてホルクの習性なのかな?」
「ふふふ。どうでしょう。もしそうだったら、なんだか可愛いですね」
ローザが楽しそうに笑っている。
「ねえ、ローザ。今年の夏期休暇の予定は決まっているの?」
「特にまだ何も。お母様の体調が良ければ、一緒に夏の離宮に行くかもしれません。それか……」
「テレジアへ。島へ、行きたい?」
「そうですね。もしもご迷惑でなければ、お母様も一緒に」
「母上かぁ。船に乗るのはどうだろう……」
「……ですよね」
三年前、パトリシアは第一王女のアリシアの婚儀のためにハクブルム国を訪れた。その帰り、数日に渡る船旅で体調を崩して以来、パトリシアはすっかり船というものが苦手になってしまったようなのだ。
「アス兄様は? 今度の夏期休暇がアス兄様にとって、学院生としての最後の夏期休暇ですよね?」
「そうだね。僕もできれば最後に島へ行きたいと思っているけど」
「無理そうなのですか?」
「どうかな。“温泉” の現地調査にも行かなくちゃならないと思うし、まだ何も決められそうもないよ」
「そうですか」
学院を卒業してしまえば、長期間どこかへ遊びに行くことも難しくなるだろう。ギルベルトを見ていればそれが良く分かる。
王宮でのカルロの仕事の手伝いや、所属する第二騎士団の訓練などもあって、島や離宮でのんびりと休暇を過ごすといった時間的な余裕も、精神的な余裕も今のギルベルトにはなさそうだ。
「僕にとって最後の夏期休暇かあ。分かってはいたけど、改めてそんな風に言われると、なんだか考えちゃうな。どうしようかな……」
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