29 光の魔力を帯びた水(3)
「ですが、フェルナンド様のお話によると、石は偶然掘り出されたことになりますよね? アルギス王が願った、光の属性を持つ人物の出現とは無関係に」
「そうじゃな」
「つまり、その時代に光の魔力を持つ人物は居なかった」
「そうじゃ。少なくとも学院にはの」
フェルナンドのこの発言は、例え神獣ティーグルであっても学院から遠く離れた地であれば、光の魔力を持つ者を見つけ出すことはできないということを示唆している。
「そんな風に封印が解かれてしまったのだとしたら、中で眠っていた神獣はどうなってしまうのですか?」
ラモス・バルマーが心配そうに尋ねた。
「光の魔力を分け与えてくれる者が側に居らねば、魔石に込められたアルギス王の魔力を少しずつ食らうしかない。新たな光の属性持ちが現れるのを待ちながら、どうにか生き永らえていたそうじゃ」
水、火、地、風、氷、雷。そういった自然界に普通に存在しているものを糧として取り入れ生きられる他の神獣たちとティーグルとでは生きる術が違うのだ。
「今も、その身を削りながら生きていると、そういうことですか? 光の魔力を持つ人間が存在しているなんて話は……。聞いたことがない!」
アレン・ジルダニアは両手をぎゅっと硬く握り締めながらそう言った。それから、アレンはふと何かを思い出したようにぽそりと呟いた。
「図書室の奥に設置されている貴石。確か、昔は学院本館の中央ホールに飾られていませんでしたか?」
「ああ、そうじゃよ」
「やはりそうか! 私が学院に在学中、あの石は『奇妙なことに時々色が変わる!』だとか『中に何かが潜んでいるんじゃないか?』などと時々噂になっていた。だが、あの頃は……もっと別の色味だった気がするんだが。あの貴石の色は徐々に薄くなってるいるのか? まさか! それがアルギス王の光の魔力だと?」
フェルナンドは、アレン・ジルダニアが導き出していく答えに満足しているのだろう。ぶつぶつと独り言を呟き続けるアレンを、なんとも愉しそうな笑みを浮かべながら眺めている。
アレンの思考は止まらない。
「教師となって学院に戻って来てから久しぶりに見た図書室のあの石は、もはや色なんて殆どついていないも同然のような薄い色だった……。つまり、神獣は光の魔力をもう既に殆ど使い尽くしてしまったということなのか?」
「心配は要らんよ。神獣ティーグルは、新たな契約者を得て、既に力を回復している」
フェルナンドがあっけらかんと言った。
「えっ? 今、何と仰いましたか?」
「ティーグルには、既に契約者が居るんじゃ。ローザじゃよ。儂の孫娘、ローザ・クリスタリアが学院入学直後に、神獣ティーグルと契約を結んでいる」
「えっ? ですが、確か彼女は、地属性クラスの所属ではありませんでしたか?」
「それは……まあ、そうじゃな。そうなんじゃが、お前さんがさっき言っておったのではなかったか?『王家お得意の機密保持による秘匿』と。まさにそれじゃよ!」
「本当は光の属性なのに、それを悟られないように地属性クラスに所属していると?」
「少し違う。ローザは強力な光の属性の持ち主であり、光よりは適性はずっと弱いが、地属性持ちでもあるのじゃ」
「まさか、そんな……」
アレン・ジルダニアはフェルナンドの口から語られたこの事実を俄かには信じられないらしく、あんぐりと口を開けている。
アスールが学院に入学する直前、王宮に魔法師団顧問のカーリム博士がやって来て、アスールとローザの魔力量とその属性を調べてくれた。
その時にローザには、強力な光属性と、弱い地属性との二属性に適性があると判明している。
その当時、ローザの魔力量は、アスールのそれを上回っていた。弱い地属性とはいっても、ローザのその力は平凡な魔力量の地属性持ちに匹敵するか、もしくはそれ以上だといえる。
つまり、普通に地属性のクラスに参加していても、ローザは特に支障もない程度には対応できるのだ。実際、地属性クラスを受け持っている学院の教師は、ローザが地属性持ちだと信じて全く疑ってすらいないのだとフェルナンドは笑いながらそう言った。
「本当に? では、学院の教師たちは、誰もこの真実を知らないのですね?」
「流石にそこまでは不可能だ。学院長にだけは入学前に詳しい説明をしてある。きちんと了解を得た上で、ローザの入学許可を得ているよ」
フェルナンドに代わってカルロが答えた。
「ああ。……まあ、それはそう、ですよね」
それから、カルロはアレン・ジルダニアとラモス・バルマーに、ローザが光の属性持ちだという事実を隠しているのには、ちゃんと訳があるのだと言った。
ずっと長い間一人も存在していなかった光の属性の持ち主が突然現れたとなれば、おそらく相当な騒ぎになるだろうことは間違いない。
それが王女だとなれば、この国だけでなく、他の国までも巻き込んだ騒ぎになってもおかしくはないのだと。
「どこの国の王家も、こぞってローザを嫁に欲しがるだろうよ。まあ、そんなこと、儂が絶対に許さんがの」
フェルナンドが冗談っぽい口調でそう言った。だが、フェルナンドの顔も目も笑ってはいない。
ローザは光の魔力を持っているだけでなく、今や神獣ティーグルの契約者だ。
仮に、ローザが他国へ嫁ぐことになれば、ローザから力を得ている神獣ティーグルもまた、その国へ一緒について行くことになるだろう。
真偽の程は定かではないが、神話上では、ティーグルは国の一つくらい簡単に滅ぼすことができる程の力を持っているとされている。そんな神獣を絶対に手放せる筈はないのだ。
ー * ー * ー * ー
「温泉の話で呼び出されただけだと思って王宮へ行ってみれば、まさか、あんなとんでもない秘密を明かされるとはね……。驚いたなんてものじゃないな」
学院へ戻る馬車の中で、アレン・ジルダニアは大きな溜息と共にそう言った。
これでアレンも、ある意味 “大きな秘密の共有者” になったのだ。
「それで? 普段神獣はどうしているんだ? あの図書室の貴石の中に潜んでいるのか?」
「いいえ。普通にローザと一緒に暮らしていますよ。東寮の部屋で」
「おいおい、今なんて言った? 寮の部屋で暮らしているって言ったのか?」
「はい」
アレンは天を仰ぎ見た。とは言っても、ここは馬車の中だが。
「嘘だろ? そんなことがあって良いのか?」
「先生も、もしかしたらどこかで目撃したことがあるのではないですか?」
「何をだ?」
「ティーグルですよ」
「まさか! それだったら俺が覚えていない筈ないだろう?」
「先生は、いったいどんな姿を想像しているのです?」
「そりゃ、神獣ティーグルといえば……。雪のように白く美しい毛皮に覆われた大きな動物だろう? 確か、薄桃色の縞模様があって青い美しい瞳をしているって書かれていた筈だ」
「あれま。意外と神獣に詳しいにですね!」
ルシオが驚いたようにそう言った。
「まあな」
「本来のティーグルの姿は先生が今仰った通りです。確かにその状態で寮の部屋で暮らすことは無理ですよね。ティーグルは姿を変えられるんですよ!」
「まさか、人型なんじゃないだろうな?」
「流石にそれは……」
アレンはアスールの答えを聞いて、少し残念そうな顔をした。
(いったいアレン先生は、レガリアに何を期待しているんだ?)
アスールは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「残念ながら人型ではありません。見かけは……そうですね、殆ど猫ですよ」
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