28 光の魔力を帯びた水(2)
執務室にお茶と焼き菓子が運び込まれ、フェルナンドの希望通り、皆は一旦お茶休憩をすることになった。
「ダリオの作ったタルテット程ではないが、これもなかなか美味いな!のぉ、ルシオ」
「そうですね。ですがフェルナンド様、何度も訂正して申し訳ないのですが、ダリオさんの作った焼き菓子はタルテットではなくて、タルトレットですからね……」
そんなどうでも良いような話をしながらも、ルシオとフェルナンドは先を争うようにしてテーブルの上に並んだ焼き菓子を頬張り続ける。
「おい、ルシオ。お前、少しは遠慮しろ!」
「はにうえは、おきらひですか?」
「何だって?」
「やきくぁしれす」
「ああ、もう! 喋るか食べるか、どっちかにしろ!」
ラモス・バルマーは、弟のあまりにも無遠慮な様子に困惑を隠せないようだ。その一方で、弟のルシオはといえば、兄の忠告に従い喋るのをやめて食べることに専念したらしい。
ラモスは呆れ顔で小さく溜息を吐いた。
「良い、良い、ラモス、構わんぞ。お前さんも遠慮せんと、早よ食え!この程度の量の菓子では、すぐに儂とお前さんの弟の腹に収まって、あっという間に無くなるぞ!」
「は、はい。では、頂きます」
そうフェルナンドに言われたラモスは、フェルナンドとルシオ以外はまだ誰も口にしていないテーブルの上の焼き菓子に恐る恐る手を伸ばす。
「どうじゃ? 美味いか?」
「お祖父様、ラモスはまだ食べておりませんよ。尋ねるのが早過ぎます」
ギルベルトが笑いながらフェルナンドに指摘をする。
「ああ、そうか? そりゃ悪かった。ほら、ギルベルト。お前も食え! お前さんもじゃ、アレン・ジルダニア!」
フェルナンドには誰も敵わない。結局その後、焼き菓子が積み上げられた皿が二つ、追加で執務室に届けられた。
焼き菓子を思う存分堪能して、すっかり満足気にお茶を飲むフェルナンドを確認すると、カルロは途中だった話の続きを再開することにしたらしい。
「あの小さな像は、光の女神ルミニスの像だそうだ。それも、三百年、いや四百年近く前か? とにかく、アルギス王の手であの場所に設置された物らしい」
「つまりあの泉は、元々王家にとって特別な場所だったということですか?」
「特別な場所。そうだな。あの場所は、アルギス・クリスタリアが神獣ティーグルを封印した場所なのだそうだよ」
「えっ? 神獣を封印? 何故そのようなことを?」
アレンが戸惑うのも無理はないことだ。
神獣を人間如きが封印するなどということが可能だとは思えないし、そもそもそんなことをする意味が分からないと思っているのだろう。
「勘違いするな、アレン・ジルダニア。アルギス王は神獣の力を奪う目的で封印を施したのではない。神獣の力を温存する目的での封印だったそうだ」
カルロは以前アスールから聞いた、神獣ティーグルが封印された本当の理由を説明しはじめた。
初代の王アルフォンソ・クリスタリアは、物語に語られているように強力な光と雷の属性の持ち主だった。
神獣ティーグルはアルフォンソの人柄に惹かれて彼を守護し、アルフォンソもまたティーグルに魔力を与えて、互いに良き関係を築いた。
アルフォンソの死後も、クリスタリア王家には時折強い光属性を持つ子が生まれ、その度にティーグルは彼らを守護し、代わりに光の魔力を得ていたそうだ。
その時代、王家に限らず、決して多くはないが光の属性の者は存在していた。だがどういうわけだか、いつの頃からか、気付けば光の魔力を持つ者は極端に減っていった。
そんな中、アルギス・クリスタリアが王家に生を受ける。アルギスは過去に光の魔力を持っていた王族の中でも、類を見ない程の強力な光の魔力の持ち主だった。
そのアルギスが自分の余命を悟った頃、王家にも市中にも、アルギスを除いて光の魔力を持つ者は一人も居なかった。
自分の没後を憂いたアルギスは、最期の力を振り絞って自分の光の魔力を溜め込んだ魔石を作り上げた。そしてその魔石の中にティーグルを封じたのだ。
友であるティーグルが、いつか真に光の魔力を持つ者に出会える日が訪れることを願って。魔石の中で深い眠りにつきながらティーグルがその日を待てるようにと。
「その神獣が封印されていたのがあの学院の泉で、光の魔力を持つ者が再び現れた現在、神獣が封印を解いて実在していると、そう陛下は仰るのですか?」
「封印が解かれたのは最近ではない。今から五十年以上前の話だ」
「ここから先は、どうやら儂が話した方が良さそうじゃな」
フェルナンドがティーカップをテーブルに置いた。
「ラモス、お前さん、王立学院の成り立ちを知っておるか?」
「学院の成り立ちですか? 確か元々は王家の夏の離宮だったという話でしたら」
「ああ、そうじゃ。学院設立の話が持ち上がった時に、夏の間にしか使われることのなかった王家の夏の離宮を使用してはどうかと、当時の王であった儂の曽祖父が提案した。そしてその案が通り、学院があの場所に作られた」
「はい」
「最初はそれほど学生の人数も多くなかったので離宮だけでも事足りた。じゃが、年を経て学生が増えるに従い元々の離宮だけでは当然だが手狭になる。やがて奥の森が開墾され、新しい建物や施設が増えていったのだ」
ラモスにとっては初めて聞く内容も多かったようで、ラモスは真剣な表情でフェルナンドの話に聞き入っている。
「学院開校から数年が経った頃、開墾の途中で森の中に巨大な貴石が埋まっているのが発見された。森の近くに鉱脈は無い。その貴石は本来そこにあるはずのものではなく、明らかに人の手により埋められたものだと推測されたが、それだけ巨大な貴石であるにも関わらずその貴石の存在など、王家に伝わる文献のどこにも記されていない。取り敢えず調査も兼ねて、その貴石を掘り出してみることにしたそうじゃ」
「もしかして、その貴石というのが?」
「そうじゃ。アルギス王が神獣を封印したあの魔石だった」
「あれっ?」
「どうした、ラモス?」
「あ、あの。いえ、何でもありません。申し訳ありませんでした。どうぞ続けて下さい」
ラモス・バルマーは、自分がフェルナンドの話の腰を折ってしまったことに気付いたようで、慌てて話の続きを促した。
「なんじゃ? 何か気になることでもあるのか? 知りたいことは、その場その場ですぐに解決していくのが良いぞ」
「その魔石というのは、もしかして今図書室の奥に置かれている物のことですか? あの巨大な貴石は、昔学院内の土地で掘り出された物だと聞いたことがあります」
「おお、そうじゃよ! あの貴石をラモスも見たことがあるのか?」
「はい」
「ああ、あの石ことですか!」
アレン・ジルダニアも貴石を見知っているようだ。
「その石を掘り出してみると、まるでその石が栓にでもなっていたかのように、地中から水がじわじわと溢れ出て溜まったそうじゃ。やがてそれは枯れることのない泉となり、今ではそこから湧き出た水があの一帯の土地をを豊かに潤しておる」
「あの泉の水に疲労回復効果があったのは、そのせいだったのですね」
「そういうことじゃな」
「ですが、フェルナンド様のお話によると、石は偶然掘り出されたことになりますよね? アルギス王が願った、光の属性を持つ人物の出現とは無関係に」
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