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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第一部 王家の子どもたち編
36/394

29 教会のバザー(1)

 よく晴れた気持ちの良い日だった。

 教会はヴィスタルの中心部からは少し離れた、住宅もそれほど多くない地区にある。広い敷地の中にいくつか大きなテントが張ってあり、そこではすでに調理が始まっているようで良い匂いがしている。


「鶏肉と野菜のシチューを作るって言ってたね」


 ルシオが鼻をクンクンさせている。

 このシチューやその他の料理、寄付された品物などを売って、その利益を孤児院の運営資金に充てるのが今日の目的だ。


「では、お三方にはこちらのテントのお手伝いをお願いいたします。シスター・テレサ。後はお願いしますね」


 アスールたちを案内してくれた年配のシスターは、それだけ言うと忙しそうにすぐに別のテントの方へ行ってしまった。


「今日はありがとうございます。一日どうぞよろしくお願い致します」


 テレサと呼ばれたシスターはまだ若くて、アスールたちとそれ程変わらない年ではないだろうか? 大人しそうな、ちょっとオドオドした印象を受けた。


「こちらこそ今日はよろしく頼む。皆こういったことは初めてなので、分からないことだらけだ。どんどん指示して欲しい」

「は、はい。で、では、こちら、を……お、お、お願い致します」

「殿下! もう少し優しく!」

「えっ?」


 ルシオに指摘されてアスールは戸惑った。アスールは家族と城の使用人以外の女性とほとんど口を聞いたことがない。ルシオが必死に笑いを堪えているのがすぐに分かって、アスールはますます戸惑った。


(ん? 口調か? 怒ってるみたいに聞こえるのか?)


「すまぬ……」

「いえ、大丈夫です。アスール様はこちらの箱を。マティアス様はそちらのを。ルシオ様はあちらをお願いします」


 シスター・テレサは真っ赤になりながら三人に「箱の中身をテーブルに並べて欲しい」と早口で伝えると、すぐに自分の分の箱を開けて中に入っている品々を並べ始めた。とりあえずアスールたちはシスターがやっているのを見ながら同じように並べることにする。



「これは寄付された物ですか?」


 ルシオは気軽にシスター・テレサに話しかけている。シスターは真っ赤になりながら「はい……」とだけ消え入りそうな声で答えた。相変わらず箱の中身を一心不乱に取り出して並べていく。


「シスター・テレサは照れ屋さんですね」


 ルシオの独り言のような台詞に、シスターは驚いたようにその声の主、ルシオの方を見た。シスターの顔は本当に真っ赤だった。


((ルシオ、それはアウトだろ!))


 アスールとマティアスは同時に心の中でルシオに駄目出しをした。




 バザー開始の時間よりも前から教会の入口付近には沢山の人が集まり始めていたらしく、予定よりも少しだけ早くバザーは始まった。

 大勢の人がより良いものを得ようと、アスールたちのテントにもドッと押し寄せて来る。


「想像してたより凄いね」

「だな」

「はい、全部で二千五百三十リル。小銀貨二枚、大銅貨五枚、中銅貨三枚ね」


 どうやら三人が期待されているのは彼らの “計算能力” のようだ。


「お次の方は……八百七十四リルだね。大銅貨八枚、中銅貨七枚、小銅貨四枚。ん? おつり? もちろん大丈夫! 小銀貨一枚貰って、お釣りは百二十六リル。はい、大銅貨一枚、中銅貨二枚、小銅貨六枚! ありがとねー」

「兄ちゃん、えらく計算早いなあ。もしかして学院の学生さんかい?」

「あー、そうです。まあ、来月からだけど」


 ルシオはすっかりこの場に溶け込んでいる。

 今日は “敢えて貴族っぽく見えないような服選び” をしてきた。お互いに気まずい思いをしないための配慮も必要だとシアンが言っていたからだ。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「これ下さいな」


 小さな可愛らしい兄妹が色違いのスープ皿をそれぞれ一枚ずつ持ってきて、それをアスールに手渡した。


「両方合わせて三百リルだよ。大銅貨三枚」


 兄の方がポケットから小銭を出して、掌の上で数え始めた。妹はアスールに皿を渡すとすぐに兄の背後に隠れてしまった。兄のシャツの裾をしっかりと掴んで、恥ずかしそうにアスールを覗き見ている。

 小銭を数えていた兄の方がちょっと考えてからアスールに尋ねた。


「大銅貨二枚と中銅貨だったら何枚?」

「中銅貨だったら十枚だよ」

「……だったら、ピンク色のお皿だけでいいです。緑のはいらない」


 アスールと兄のやり取りを兄の後ろでじっと聞いていた妹が慌てたように兄のシャツを引っ張った。


「それじゃあお兄ちゃんのお皿がないよ。緑のもいるでしょ?」

「マーヤいいんだ。兄ちゃんは前のがあるから、やっぱりいらなかったんだよ」

「えーー、だってお揃いね! ってさっき言ったのに……」


 ギュッと強く握りしめられた兄の手を見ていたアスールは、兄だけ聞こえるような小さな声で兄に尋ねる。


「中銅貨は何枚あるの?」


 兄は驚いた顔をしてアスールを見た後、消え入りそうな小さな声で答えた。


「……六枚」


 妹は兄の服をギュッと掴んだまま、全然納得いかないと言う表情で兄を見上げていた。

 アスールは意を決して、隣にいたマティアスに声をかける。


「ねえ、マティアス。この緑色のスープ皿なんだけど、ちょっとここ見てよ。なんだか汚れがついてて、さっきから拭いてるんだけどちっとも綺麗にならないんだ。これなら百五十リルじゃなくて、百十リルでも良いと思うだろ?」


 アスールはマティアスが自分の意図に気付いてくれること願って、わざとらしく大袈裟な身振りまで付けて問いかけた。

 マティアスは一瞬キョトンとした表情でアスールを見つめていたが、アスールの目の前にいる小さな兄妹に気付いて、どうやらこの “茶番” を理解したらしい。


「ああ、もちろんだとも。これなら百十リルだ!」

「だよね! だったらピンクが百五十リルで緑が百十リルの合計二百六十リル。大銅貨二枚と中銅貨六枚!」

「本当に?」


 兄が不安そうな表情でアスールに問いかけた。


「ごめんね。綺麗なのが無くて」

「そんなことない! ありがとう! はい、大銅貨二枚と中銅貨六枚!」

「お兄ちゃんの緑のも買ったの?」


 妹が兄に尋ねる。兄は飛び切りの笑顔を妹に向けた。


「ああ、買ったよ」

「じゃあ、お揃いだね」

「ああ、お揃いだ!」


 兄は大事そうにアスールから買ったばかりの二枚の皿を受け取り、妹の手を取ると、今にも駆け出しそうな勢いで帰って行った。

お読みいただき、ありがとうございます。

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