27 光の魔力を帯びた水(1)
「光の女神ルミニスの神獣が姿を現した?そんな馬鹿な話をいったい何処の誰が信じるって……。あっ、これは、その……」
アレン・ジルダニアもこれ以上の発言は流石に不敬にあたると気付いたようで、慌てて口を噤んだ。
「この話。世迷言だと、思うのか?」
「それは、その……」
「まあ、君のその反応は当然だろうよ。神獣なんてものは物語の中だけに出てくる架空の生き物だと、そう信じて疑う者などいない。誰もが君と同じ反応をするだろう。そんな馬鹿な話があるわけない! とね」
カルロはアレン・ジルダニアから向けられる真剣な眼差しに対し、目をそらすことなく、真っ直ぐに見返した。
「ここから先の話は、先程君が “王家お得意の機密保持による秘匿" と言って不信感を顕にした件とも関わってくる。以前君は、王立学院の裏庭にある泉の水の解析依頼を魔法師団に頼んだことがあるだろう?」
「はい。あの泉の水に疲労回復の効果があるのではないかと思い、採取した水を魔法師団に持ち込みました」
(ああ、やっぱり! 父上が仰っていた今の話って、きっとあの時のことだ!)
あれは……。そう!アスールがまだ第一学年生の時だ。
アレンが受け持っていた魔導実技基礎演習の授業中に、今カルロが話題にした泉の水の採取を、アスールはクラスの皆と一緒に手伝っている。
あの時、アスールを含めた数名が「泉の水には、疲労回復効果があると思う」と発言し、アレンは水の詳しい解析を魔法師団に依頼すると言っていた。
ところが、しばらく経ってからその件のことをアレンに確認してみたところ「気のせいだったようだ」との返事が来て、クラスの皆でガッカリした覚えがある。
「疲労回復効果がある。つまり、その水は光の魔力を帯びているということだ」
「そうですね」
「君はこの国に、そういった水がどれだけあるかを知っているか?」
「“奇跡の泉” と “神の流した涙” の二箇所でしょうか?」
「そうだ。王都からかなり離れた地にある教会がそれぞれ管理している」
教会が管理しているとカルロは言ったが、実際には光の魔力を帯びた水が湧き出ていた地に、後から教会が建てられたのだ。
その水を求めて、怪我や病気に苦しむ人々が集まる。ただし、その水も万能ではない。怪我や病気が完治するほどの力はない。
「学院の裏庭にある泉の水にも、今名前があがった二箇所程の量ではないが、魔法師団の解析の結果、光の魔力が含まれていた」
「やはり、そうでしたか……。このことが公になれば、水を求めて人が押し寄せ兼ねない。だから公表することはできない。そういうことですか?」
「まあ、概ね正解だ。他の二箇所の泉とは違って、学院は王都からも近い。この事実が公になり、人が押し寄せるようなことになれば、学院は学びの場ではなくなってしまう恐れもある」
「……でしょうね」
魔法師団から「疲労回復効果は認められない」という解析結果を受け取った時点で、アレン・ジルダニアにもなんとなく想像はついていたのだろう。
場所が場所だけに公にはできないことも。だからあの時は黙って魔法師団の見解を受け入れたのだ。
「君には申し訳ないことをしたと思っているよ。事実を隠蔽したわけだからね」
「理由が理由ですし、理解はできます」
「そうか」
「ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私が随分と前に解析依頼をした学院の水の話と、陛下が神獣が現れたと仰った話のどこに接点があるのか、今のところ全く理解できないのですが……」
「ああそうだな。確かにあの時点では、我々の誰もが真実を知らなかった。あの時、君の提出した水の存在を認めなかったのは、ただ単に発見場所が学院内だったからだ」
「はい」
「その後、半年以上経ってから、何故あの水に光の魔力が含まれていたのか、それが明らかになったんだよ。アレン・ジルダニア。君はあの場所のすぐ近くに、古い女神の像が祀られていることに気付いていたか?」
「ああ、そう言われてみれば、確かに花に埋もれるようにして小さな像があった気が……。まさか、あれが女神ルミニスの像ですか?」
「そうだ」
「えっと、あの場所は……何か特別な?」
カルロは返事はせずに、黙って頷いた。
「のぉ、カルロ。この辺りで少し休憩でもせんか? 儂は喉が渇いたよ」
突然フェルナンドがそう言って、ギルベルトの方へ視線を送った。
ギルベルトは小さく頷くと、立ち上がって執務室から出て行く。おそらく誰かにお茶の用意を頼みに行ったのだろう。慌ててラモス・バルマーもギルベルトの後を追いかけるように執務室を出て行った。
「ギルベルトではなくて、アスールを行かせた方が良かったかの?」
「申し訳ないのですが、今日はお祖父様のご期待には添うことはできませんよ。今回は呼び出しが急でしたので」
「ああ、そうか。そうじゃったな」
フェルナンドは、すっかりダリオの作る焼き菓子に魅了されているようで、アスールが王城へ戻る度に手土産としてダリオの焼き菓子を所望するようになっていた。
ダリオも心得たもので、アスールの帰城に合わせて、毎回焼き菓子を用意してくれる。ただ今回に関しては、急なフェルナンドからの呼び出しに応じる形だったので、流石のダリオも焼き菓子をたっぷりと用意する暇が無かったのだ。
「あれ? でもアスールちゃんと持ち帰る分は用意していたよね? 僕に『やっぱりそれは食べちゃ駄目!』って言っていたあれはどうしたのさ?」
ルシオがそう指摘する。
フェルナンドから「帰城するように」とのホルク便をアスールが受け取った丁度その時、お腹を空かせたルシオがいつものようにアスールの部屋に遊びに来ていたのだ。
フェルナンドからのホルク便さえ来なければ、もしくは、もう少しホルク便の到着が遅ければ、あの日アスールの部屋にあったダリオの作った焼き菓子は、全てルシオのお腹に収まっていたことだろう。
「あれなら、もうとっくに……」
「うん。今回のも美味かった! あれは何と言ったかな? タルテレ? タルトル?」
「タルトレットです、お祖父様」
「ああ、そうじゃ! タルトレット。あれは美味いな、アスール」
「そうでしょうね。あのタルトレットは本当に特別な四種類だったのですからね!」
ルシオが言った。
以前ダリオが東寮の管理人のマルコ・ガイスを買収するために作った三種類のタルトレットに、ルシオの要望のイチゴのタルトレットを加えた四種類をダリオが焼いてくれていたのだ。
「ん? 四種類? それはおかしいな。確か、タルトレは三種類しか無かったぞ。赤いベリーと青いベリーと、後は何じゃったかのぉ」
「フェルナンド様。タルトレではなく、あれはタルトレットです! それから赤いとか青いとか……。ああ、もう! ラズベリーとブルーベリーと洋梨ですよ!」
「なんじゃ、ルシオは随分と焼き菓子に詳しいの。もしかしていつもあんなに美味い焼き菓子をお前さんも食べておるのか?」
「僕が食べたのはイチゴのタルトレットだけ!それもたったの一つ。一つだけですよ!」
「イチゴか? ほぉ、それも美味そうじゃな!」
「全く、これだから……」
「ん? ルシオ、何か言ったか?」
「いいえ。何でもありません」
ルシオは好きなものは先ず最初に食べるタイプだ。
ところがあの時は、悩みに悩んだ挙句いつもとは違って、食べたことのないタルトレットを後の楽しみにと、取って置くことにしたのだ。
ああ、もしかするとアスールがそう思っただけで、ルシオは普段通りに一番好きなイチゴのタルトレットを最初に食べたのかもしれない。とにかく、他の三種類ではなく、先ず最初にイチゴから口に運んだのだ。
「本来だったら、僕の分だったのに……」
ホルク便を受け取ったアスールは、翌日には帰城しなければならないことに気付いて、イチゴのタルトレットに舌鼓を打っていたルシオに大慌てで「悪いけど今回は一つで我慢して!」とストップをかけたのだ。
結果、ルシオはラズベリーとブルーベリーと洋梨のタルトレットを味わうことができなくなった。
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