26 久しぶりに戻ってみれば(3)
「悪い、悪い。待たせてしまったの」
そう言いながら最後に執務室へと入って来たのはフェルナンドだった。
「えっ? あれ? 先生? どうして、ここに?」
ルシオが驚きの声をあげた。
フェルナンドの後ろからヒョッコリとアレン・ジルダニアが姿を現し、先にソファーに座って待っていたアスールたちに向かい、笑顔で手をヒラヒラと振っているではないか。
「儂が呼んだんじゃよ。どうせ話をするのなら、一度にまとめて皆に話してしまった方が手っ取り早いだろうと思ってな」
この日、カルロの執務室に集められたのは、王立学院からアスール、ルシオ・バルマー、それにアレン・ジルダニアの三人。レイフ・スアレスはホルクの雛を引き取ったばかりで寮を離れられない為に不参加だ。
呼び出しをかけたカルロとフェルナンドの他、今後 “温泉” 事業を統括することになったギルベルトも居る。加えて、王宮府からフレドとラモスのバルマー侯爵父子が呼ばれていた。
皆が集められた理由は、もちろん東の鉱山付近に見つかった “温泉” に関しての今後の話をする為だ。
冬期休暇中、アスールたちは三つ見つかった泉から、それぞれいくつかの地点で水の採取を行い、それらを持ち帰って、学院のアレン・ジルダニアの研究室で水に含まれる成分の解析を進めていた。
その過程で、一番温度の高い泉の水に高濃度の魔力が含まれていることが分かり、魔力の質の解析に関してはアスールたちの手に負えず、魔法師団本部に任せることになったのだ。
「ここに魔法師団本部から届けられた書類がある」
そう言ってカルロは、細かい字や、図やデータのような物がびっしりと書き込まれている紙の束をテーブルに置いた。
「詳しく知りたければ、後で見ると良い。解析の結果、含まれていたのは、やはり “光の属性” の魔力だということだ」
「光、ですか……」
「そうだ。それもかなり膨大な量のな……」
カルロが魔法師団からあがってきた報告書の大まかな内容を掻い摘んで話している間、アスールの真正面のソファーに座るアレン・ジルダニアは目を瞑り、腕組みをしたまま身動きひとつせずに黙りこくっていた。
「ねえ、アスール。まさか、不敬罪に問われたりしないよね?」
「えっ? 何の話?」
「アレン先生だよ! ほら、陛下の御前だというのに、ずっとああしてむすっとしたまま、ソファーに踏ん反り返って座っているけど……」
アスールの隣に座っていたルシオが、小さな声でアスールに耳打ちをする。
「ああ。まあ、大丈夫じゃないかな、たぶん……」
「たぶん、って……」
その時、二人の心配の種が静寂の中、大きく息を吐いた。
「今回もまた、王家お得意の機密保持による秘匿ですか……。でしたら、今回の件に関して私は何も喋るつもりはありませんし、私の研究室に今置いてある解析途中のサンプルも全て返却致します。ということで、私はこの返で失礼させて頂きます」
そう言って、アレンはソファーから立ち上がった。
あの様子からして、アレンは過去にも何かしら王家と揉めたことがあるようだ。
「まあ、待て、待て。アレン・ジルダニア!」
フェルナンドは慌てて今にも部屋から出て行きそうな勢いのアレンを引き留めた。
「そのまま座っておった方が良いと儂は思うぞ。話はまだ終わってはおらん。ここからが、今日の本題じゃからの」
それでも尚突っ立ったままでいるアレンを見上げ、フェルナンドは自慢の顎髭を弄りながら不敵な笑みを浮かべている。
アレンはそんなフェルナンドの顔をじっと見つめ、今度は小さく短い息を吐くと、ドサリと大きな音を立ててソファーに再び腰を下ろした。
「ねえ、アスール。今度こそ不敬罪適用だよね?」
ルシオは自分たちの先生のことを心配をしているのか、はたまた面白がっているだけなのか……。
「今回の “温泉” に関しては、規模が大き過ぎる為、今アレン・ジルダニアが指摘したような “機密保持による秘匿” なんてものは到底無理だな……」
カルロが苦笑いを浮かべながらそう言った。
(機密保持による秘匿? さっきから、いったい何の話をしているんだろう?)
「詳しい話を進める前に、ここに居る全員に対して、最も強固な “機密保持” を約束してもらう必要がある。全員とは言っても、それに該当するのはラモス・バルマーとアレン・ジルダニアの二人だけなのだが……」
急に自分の名前があがったラモスは、驚いた顔をして周りの人たちを見回している。一方のアレンは身じろぎ一つせずにカルロを見据えていた。
「どうする二人とも? 話を聞かずに、今すぐこの部屋から出ていく事も可能だぞ?」
カルロの問いかけに、一瞬の間も置かずにアレンが答えた。
「もちろんお約束させて頂きますよ。この場に留まれば、なんだか面白そうな話が飛び出してきそうですしね」
「わ、私もお約束致します!」
ラモスも慌ててアレンに同調する。
「分かった。では、話そう……」
ー * ー * ー * ー
カルロの話は、主に、クリスタリア王家と光の魔力、それから神獣ティーグルに関する内容だった。
「神獣ですか……。神話の中に出てくる架空の存在と思っていたあのティーグルが実在していた? それもこの国に? 俄には信じ難い話ですね……」
そう呟くと、アレン・ジルダニアは困惑した表情を浮かべながら右手でガシガシと頭を掻いた。
初代クリスタリア国王となったアルフォンソ・クリスタリアが強力な光と雷の属性の持ち主で、その二つの属性でもって国を作り上げ、国を導いていったという話は、この国に生まれ育った国民であれば誰もが知っている逸話だ。
小さな子どもの絵本としても広く親しまれているし、戯曲にもなっているので舞台で上演される事もある。
だが、そのどこにも今カルロが語ったような
『ティーグルはアルフォンソの人柄に惹かれて彼を守護し、アルフォンソもまたティーグルに魔力を与えて、互いに良き関係を築いた』とか
『アルフォンソの死後も、時折強い光属性を持つ子がクリスタリア王家に生まれ、その度にティーグルは彼らを守護してきた』なんていう内容は出てこない。
「今のお話は、王家にのみ伝わる“秘話”なのですか?」
ラモスがカルロに尋ねた。
「“秘話” どころか、私自身もこの話を知ったのは、つい三年程前のことなのだよ」
「えっ?」
「まさか!」
「いろいろと調べてはみましたが。光の属性の持ち主が過去に王家に生まれていたという記録は、王家が管理する文献のどこにも記されてはおりません」
フレド・バルマーが静かに言った。
「当然だが、初代クリスタリア王のアルフォンソが、光の属性の持ち主だったという明確な証拠もない」
「えっと、どういうことでしょうか?」
アレンもラモスも、明らかに戸惑っているように見える。
「記録は一つもないのに、陛下は、この話をどうやって知ることができたのですか? この話を信用する根拠は?」
「根拠ならある。神獣が我々の前に姿を現したんだよ」
「今、神獣と仰いましたか?」
「ああ。光の女神ルミニスに仕える神獣の王、ティーグルがね」
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