24 久しぶりに戻ってみれば(1)
「久しぶりね、アスール。元気だった?」
「はい、母上。長い間王宮に戻って来られず、申し訳ありませんでした」
「仕方ないわよ。貴方のピイリアの雛、二羽とも無事に育っているのでしょう? 良かったわね」
「ありがとうございます。一昨日、ローザとレイフに引き渡しました。今後はローザがしばらく王宮に戻って来られなくなりますね……」
「それも仕方のないことね。あの子がホルクの雛を育てるのをずっと楽しみにしていたのを私は知っているから、寂しいけれど、しばらく我慢するわよ。ローザが戻れない分、貴方がこうして帰って来てくれるのでしょう?」
「そうですね。善処します」
アスールは、久しぶりに王宮へと戻って来ていた。
雛の世話をする必要が無くなったということもあるが、フェルナンドから昨日「早急に王宮に戻って来るように!」とのホルク便がアスールのところに届いたのだ。
フェルナンドからの呼び出しの理由は “温泉” に関することに違いない。というのも、レイフとルシオにも同じようにフェルナンドから呼び出しがかかったからだ。
ただ、ローザ同様、レイフは雛の世話をしなくてはならない為学院をしばらくは離れられない。フェルナンドの呼び出しにはアスールとルシオの二人で応じることになった。
「僕は家族の顔を見たいから一旦自宅へ戻って、明日の昼過ぎに王宮へ向かうよ。それで、話し合いが終わったら、そのまま一緒に学院に戻ろう!」
「分かった」
アスールの想像では、ルシオが一旦自宅へ戻ったのは家族の顔を見たいというよりは、王宮に泊まった翌朝に毎回行われるフェルナンドの剣の訓練に参加するのを回避したいというのが本当の理由なのではないだろうか。
相変わらずルシオは、フェルナンドの訓練になんらかの理由をつけては、上手く逃げ回っているのだ。
カルロとフェルナンドだが、相変わらず多忙らしく、夕食の時間になっても二人とも姿を見せなかった。
普段だったら、誰かが学院から王宮へ戻って来ていれば、どんなに短い時間であっても必ず孫の顔を見に来るフェルナンドさえ姿を見ないのだ。余程忙しいのだろう。
「兄上もお忙しいのですか?」
「そうだね。でも、父上やお祖父様ほどではないよ」
そんなわけでこの日の夕食は、アスールとギルベルトとパトリシアの三人だけとなった。
「ギルベルトはね、私が独りぼっちで食事をすることがないように、こんな風に時間を作ってくれているのよ。本当は凄く忙しいみたいなのに」
「そんなことはありませんよ、母上。折角なら食事はゆっくり楽しみたいですし」
「そうね。その方が良いわね」
「つまり、父上もお祖父様も、ゆっくり食事をしている場合ではないということですか?」
「次から次へと、お二人のところにはいろいろな問題が持ち込まれるからね……」
ギルベルトが苦笑いを浮かべている。
「いろいろな?」
「そう、いろいろなね。ああ、ところで、ベアトリスは元気にしているかい?」
「姉上ですか? ええ、たぶん」
「たぶん?」
「実は、姉上とは最近余りお会いできていなくて……。放課後は、以前にも増して剣術クラブの練習に参加しているようですよ。夕食を終えるとすぐに自室に戻ってしまわれますし、ローザとは互いの部屋を行き来しているようですが、僕は姉上とほとんど話をしていないのです」
「……そうなんだ」
「何か問題でも?」
「問題ってことでもないけどね」
「隠す必要はないと思うわよ、ギルベルト。アスールに話しておいた方が、いろいろと都合が良いのではなくて?」
パトリシアにそう諭され、ギルベルトは大きな溜息を一つ吐いてから話し始めた。
「ジング王国から今学院に留学中の王子のことなんだけどね……」
ギルベルトの話によると、ベアトリスと同じ第五学年の “騎士コース” に留学生として席を置いているジング王国の第四王子の留学の本当の目的は、クリスタリア国の王女との婚約を取り付けることだというのだ。
「まさか! 冗談でしょう?」
「それが、どうも冗談ではないらしい」
そういわれてみれば、以前ローザから少し話を聞いた覚えがある。
ジング王国からの留学生としてやって来た第四王子と、その従者の二人が、王宮に挨拶に来た時の話だ。その訪問とまるでタイミングを合わせたかのように、ジング王国からの使者がカルロに面会を求めて突然王宮を訪れた。
使者はジング王からの書簡をカルロに手渡し、その場に居合わせたフェルナンドがその書簡を読んで激怒して、王宮から使者を叩き出したとあの時ローザが言っていた。
まさか、その書簡に書かれていたのは婚約の打診だったとは……。
「その書簡に書かれていたのは、今学院に留学中の第四王子とベアトリス姉上の婚約と言うことですか?」
「うーん、そうなのだけど、そうとも言えないかな……」
「ええと、どういうことですか?」
「ジング王国としては、クリスタリア国との繋がりさえ持てれば、相手は誰でも良いらしいよ。取り敢えず手っ取り早く同じ学年に居るベアトリスと第四王子なのだろうけど。もしベアトリスが駄目なら、他の誰でも構わないらしい。ローザでも、僕でも、それからアスール、君でもね」
「えっ?」
「酷い話だろう? お祖父様がお怒りになって使者を叩き出したのも頷けるよ」
この国の第一王女のアリシアは、三年前にハクブルム国へと輿入れをしている。結婚相手のクラウス・ハクブルムはクリスタリア国への留学経験があり、実際にその留学期間中にアリシアと出会っている。
その事実を知ったジング王は、息子を留学生として送り込み、あわよくば王女のどちらかを婚約者としてジング王国へと連れ帰って来て欲しいとの思惑を持ったようだ。
クリスタリア国の王女のジング王国への輿入れが無理ならば、逆にジング王国の王女をギルベルトかアスールに嫁がせるのもやぶさかではないと書簡にはあったそうだ。
「僕でもですか?」
アスールは驚きの余り、手に持っていたフォークを落とした。
「あっ、申し訳ありません!」
「そんなに動揺しなくても、王家としては学院に在学中の貴方たちに対して、勝手の婚約者を見繕ったりはしないから安心して大丈夫よ、アスール」
狼狽えるアスールを見てパトリシアが笑っている。
「そ、そうですよね。はぁ、それにしても、ジング王国はいったい何を考えているんだか……。ちなみにその時、兄上はその場にいらっしゃったのですか?」
「いや、後から父上から話を聞いただけだよ」
あくまでもこれは非公式な話ではあるが、第一王子のドミニクがガルージオン国の第十二王女のザーリアを娶っていることもあって、クリスタリア国としては、第二王子のギルベルトの婚約者に関しては他国の王族からではなく、クリスタリア国内の令嬢から選定するだろうと真しやかに囁かれているのだ。
それは以前ギルベルトがハクブルム国を訪問した際に「クリスタリア国の第二王子は、クリスタリア国の方針で他国から花嫁を迎え入れる予定は無い」とクラウスが軽い噂話として流したことに端を発しているのだろう。
当のギルベルトも、王家としても、その噂話を否定しないので(肯定もしていないが)少なくとも今のところ今回のジング王国の馬鹿げた提案を除けば、他国からギルベルトに縁談が持ち込まれてはいないようだ。
(縁談かぁ。年齢的にいえば、次はギルベルト兄上だろうな。もしくはベアトリス姉上か? 姉上はまだ学院に在学中の身だが、既に成人はしているし……)
「私の感なのだけれどね、ベアトリスちゃんには、既に想い人が居ると思うのよ」
「「えっ?!」
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