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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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22 ローザと小さな雛

 これは、おそらく王立学院の東寮の歴史上初の出来事に違いない。男子寮の廊下を女子学生が歩いている。


「こちらです」


 東寮の管理人のマルコ・ガイスは、四階の北側の一番端の部屋の扉の前で足を止め、その扉をノックする。


「御待ちしておりました。どうぞ御入り下さい、姫様」

「お邪魔致します!」


 ピイリアの産んだ卵から二羽の雛が無事に孵ってから三週間後の土の日の今日。ローザが引き取る雛を決める為にアスールの部屋を訪ねて来たのだ。


 東寮だけでなく、学院にある全ての寮では、男子の暮らす階と女子の暮らす階が分けられている。男子は女子の階へ、女子は男子の階へと足を踏み入れることは、各寮の管理人から厳しく禁じられている。それは例え兄弟姉妹であってもだ。


 ピイリアの雛が孵った日の朝、アスールの側仕えのダリオは、アスールとルシオに向かって「秘策がある」と言っていた。

 一週間後、学院から寮に戻って来たアスールとルシオを管理人のマルコ・ガイスが呼び止めた。


「特例として今回に限り、ホルクの雛の選定の為、ローザ・クリスタリア様と、その側仕えのエマ・ジスリム様両名の男子寮への立ち入りを認めます。正式な日程は後日改めて設定すると言うことで宜しいですね?」


 あの日、確かにダリオは一週間時間が欲しいとアスールに言った。本当に丁度一週間で、ダリオはあの気難しいマルコ・ガイスから、過去に一度も前例など無いであろう女子学生の男子寮への立ち入り許可を得たのだ。


(いったいどんな手を使ったのだろう?)



「用事が済みましたら、管理人室までお声掛け下さい。私がまたこちらまでお二人をお迎えに参ります。ローザ様もジスリム様も、決して勝手に廊下へはお出になられませんようにお願いします」

「はい」

「では、失礼」


 そう言い残して、マルコ・ガイスはアスールの部屋を出て行った。


 部屋の入り口付近で真面目な顔をして管理人の指示を聞いていたローザが、扉が閉められた瞬間にパッと顔を輝かせた。


「アス兄様! ピイちゃんたちは何処ですの?」

「ピイリアと雛はこっち、この中に居るから覗いてごらん」


 ローザとアスールのよく似た顔が並んで巣を覗き込む。


「あら? ピイちゃんだけ? ですか?」

「ピイィ」


 ローザに向かってピイリアが返事をする。


「雛たちは、ピイリアのお腹の下に居るんだよ。出て来ないってことは、今は昼寝をしているんじゃないかな」

「お昼寝中なのですか?」

「そのうち起きて揃って出てくるよ。それまでお茶でも飲んで待っていれば良いよ」


 既にダリオはお茶の用意をしている。

 手持ち無沙汰のローザは、アスールの部屋を観察することにしたようだ。


「アス兄様のお部屋の間取りは、ベアトリスお姉様と同じですね」

「そうだろうね。ここは姉上の部屋の丁度真上だからね。ローザの部屋だって、たいした違いは無いだろう?」

「……そうですね。窓の位置といろいろな物の配置が、少し違うくらいです」


 このアスールの部屋も、今はレイフ・スアレスが使っている元シアン第二王子の部屋も、パトリシアが全ての家具を選んで整えてくれたのだ。あの兄の部屋も、だいたい似たような雰囲気だった。

 きっとローザの部屋も、この部屋と同じようにパトリシアの趣味が反映された部屋なのだろう。



 アスールは雛たちが起き出して来るまでの間に、お茶を飲みながら、今後の予定をローザに説明することにした。


「雛の引き渡しは、学院のホルク飼育室で行うことになるよ。そうだね、来週の後半かな」

「はい。ベアトリスお姉様の時と同じようにですね?」

「そうだね。兄妹間の無償譲渡であっても、正式な契約書を交わさないと駄目らしいから、ちょっと面倒だけどね」

「その件に関しては、お祖父様からお話を伺っています」

「そう。それから……。ああ、そうだ! 鳥籠の手配はしておいたよ。雛を持ち帰る時には必要だからね」

「ありがとう存じます」

「鳥籠の代金と、初期費用を、その日にホルク飼育室に支払う必要があるのだけれど……」

「それでしたら、全てこのダリオが代行させて頂きます。御心配には及びません」


 ダリオがニッコリ微笑んだ。


「だ、そうだよ」

「そうなのですか? 助かります」


 それからダリオは、アスールの部屋に置いてあるピイリアの鳥籠を使って、ローザとエマに鳥籠とスタンドの取り付け方法を指導しはじめた。

 二人とも思いの外取り付けに苦労している。そうこうしていると、巣の方から雛たちの小さな可愛らしい鳴き声が聞こえはじめた。


「ローザ。雛たちが起き出したよ!」

「本当ですか?」


 ローザとアスールが再び並んで巣の中を覗くと、今度は二羽の雛たちの可愛い顔がピイリアのお腹の下から並んで突き出ている。


「うわぁ。なんて愛らしいのかしら!」

「ピュィ」


 ローザの声に反応するかのように、片方の雛が小さな声で鳴いた。


「もしかして、お返事をしてくれたの?」

「ピュィ」

「アス兄様! 今の、お聞きになりまして? この仔、ちゃんとお返事をしてくれているわ!」

「あはは。そうみたいだね。じゃあ、決まりかな?」

「決まり? 何がです?」

「何って……。ローザは今日ここに何をしに来たの?」

「ピイちゃんの産んだ卵から孵った二羽の雛を見に、ですか?」

「……まあ、間違ってはいないけどね」

「ピュィ、ピュィ」


 雛が何かを訴えるかのように小さく鳴きながら、モゾモゾと母鳥(ピイリア)のお腹の下から懸命に這い出して来ようと奮闘している。


「そうでした! 私が引き取る雛を選びに来たのでしたね」

「良かったよ、思い出したみたいで」

「ええ。私、この仔に決めましたわ!」

「ピュィ!」


 雛が鳴きながらヨタヨタとローザを目指して歩き出した。


「おやおや。どうやら雛の方も、姫様を御望みのようですね。この雛は……。後から孵った方ですね」

「まあ、ダリオには雛の違いが分かるの? そっくりよね?」

「この仔の方がほんの少しですが小振りですし、鳴き声が高いのですよ」

「そうなの?」

「ええ。もう一羽の方が出て来てくれると大きさの微妙な違いも比べ安いのですが……。どうやらその気はないようですね、残念ながら」

「そうね。でも、良いのよ、ダリオ。私はもう、こっちの()に決めましたから!」


 ローザはダリオにニッコリと微笑んだ。


「本当に? ちゃんと、二羽を見比べなくても、良いのかい?」

「ええ、アス兄様。なんだか私、ピンと感じるものがありましたもの」


 そう言うと、ローザはそっと優しく小さな雛に手を伸ばした。雛の方もローザの指先に頭をゆっくりと擦りつけている。


「ああ、分かるよ、それ! 僕もホルク飼育室でピイリアを最初に見た時にそう感じたから!」

「ピィィ」

「だよね、ピイリア!」


 あの日、ホルク飼育室でアスールがゲント先生から言われたように、ローザとこの小さな雛も互いに選び選ばれたということなのだろう。



「じゃあ、さっきまでの続きを話そうか。ええと、鳥籠の設置は大丈夫そう?」


 アスールは、ローザが雛と戯れている間も必死に鳥籠とスタンドと格闘していたエマに声をかけた。


「ええ、お任せ下さいませ。私が完璧に組み立ててお見せ致しましょう! とは申しましても、殿下もダリオ様も殿方ですので、ローザ様のお部屋に私の成果をご覧になりにいらっしゃることは、絶対に叶いませんけどね」

「あはは。確かにエマの言う通りだね」

「そう言えば、ダリオはどうやってあの管理人さんからローザとエマがこの部屋に立ち入る了承を取ったの? 秘策があるって、確か言っていたよね?」


 アスールは疑問を口にした。二人が兄妹とは言え、あの堅物のマルコ・ガイスがよく女子学生(ローザ)の男子寮への立ち入りに許可を出したものだ。


「買収したのですよ。彼は私の作るタルトレットの虜ですからね」

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