21 その頃、女子寮の面々は……(5)
いろいろとあって部屋に閉じ籠ることが多くなっていたシャロンのところへ、ある日突然祖母のイレーナ・ハイレンがやって来たそうだ。
「部屋がノックされたので扉を開けてみると、学院内で見かける方たちとは、まるでかけ離れた派手な服装をした祖母が、満面の笑みを浮かべてそこに立っていたのです。私は自分の目を疑いました」
王立学院の学生は、学院内では決められた制服で過ごしている。寮に居る間も、東寮に暮らす貴族の子どもたちであっても、学生らしい装いをすることが伝統になっているようで、無駄に華美な服装をした者を見かけることは殆ど無い。
先生や事務室の職員たちも同じで、家柄等に関係なく、皆が動きやすく、働きやすい格好をしている。
そんな中にあって、イレーナ・ハイレンの服装は人目を引くことこの上ない。
流石に最近では、ローザの側仕えであるエマから服装に関して何度も指摘を受けたらしく、学院内で派手な色味のドレスが悪目立ちすることは少なくなってきてはいるが、それでも側仕えの自覚があるとは思えないようなゴテゴテとした装飾の付けられたドレスを着て歩いていることがある。本人がそれに関してどう思っているかは分からないが、傍目には相変わらず働き辛そうに見える。
あの格好では、どう頑張っても階段から転げ落ちそうになっている少女を助けることは不可能だろう。もっとも助けようとイレーナ・ハイレンが思うかどうかも疑問だが。
「正直に申し上げて、私は家族の中で、この祖母が一番苦手なのです……」
「……ああ(まあ、そうでしょうね……)」
「その祖母が、毎日のように私の寮の部屋の扉をノックするのです……」
「……そうらしいですね」
ただでさえ居心地の悪い状態のところへ、追打ちをかけるかのように現れた祖母に、シャロンは打ちのめされたと言う。
大好きだった学院の授業も休みがちになり、このままどうして良いのか途方に暮れていた時に、扉の隙間から差し込まれていた封筒に気付いたそうだ。
「勇気を出してみて良かったです。こんな私のことを気遣って頂いて、本当にありがとうございました」
「シャロン様。こんな私なんてこと、絶対に言っては駄目よ!」
「えっ?」
それまで黙ってじっとシャロンの話を聞いていたローザが突然口を開いた。
「自分のことを私なんてと貶めてはいけないわ。貴女のことは、貴女が一番大好きでいてあげないと!」
「ローザ様?」
「貴女の敬愛するベアトリスお姉様も、いつもこう仰っていますわ。自分のことは、誰よりも自分が一番理解している。だから、自分の夢を叶えられるのは自分だけ。自分に正直に、自分の望むように生きるべきよ!って」
実際、ベアトリスは常にその信念を実行し続けている。
周りの反対をよそに “淑女コース” でありながら殆ど “騎士コース” に近い科目を選択し、翌年には周囲を説得した上で、学院を休学してダダイラ国へと旅立って行った。
ベアトリスは卒業後には、二人の兄と同じように、父親である国王陛下の役に立てるような仕事に就きたいと考えているようだ。
ベアトリスの目指す “役に立つ仕事” がどういったものなのかローザには見当もつかないが、貴族のご令嬢方の多くが結婚する迄の間にするような “花嫁修行” のような物でないことだけははっきりと分かる。
結婚にしたところで、ベアトリスは、王家の一員として望まれるような縁談は断固として拒否するに違いない。自分が良いと思える相手と出会えなければ、おそらく結婚もしないだろう。
「ベアトリス様は学院を卒業された後に、お仕事をなさるおつもりなのですか?」
「そうお考えなのだと私は思っているわ」
「それを、国王陛下はお許しになられるのですか?」
「お父様が許すか許さないかなんて、お姉様には関係ないのよ。ベアトリスお姉様は、こうと決めたら、絶対にやり遂げる方ですもの」
「ふふふ。それはそうですわね」
カレラが笑いながら同意する。マイラも姉の横で小さく笑っている。
カルロの側近であるフレド・バルマーの子どもたちは、多かれ少なかれ、小さい頃から家族ぐるみで付き合いのあるクリスタリア王家のちょっとした騒動に、皆巻き込まれてきた経験があるのだ。
「シャロン様。貴女は何か考えていることがあるの?」
「何かとは、どういったことでしょうか?」
「卒業後のことよ。例えば、既に婚約者が決まっているならすぐにご結婚される方もいらっしゃるし、家業のお手伝いをなさる方もいらっしゃるし、どこかにお勤めされる方もいらっしゃるでしょう?」
「卒業後の進路ですか……」
シャロンは思ってもみなかったローザからの問い掛けに戸惑っているようだ。
「カレラ様は、王宮府でのお仕事に就きたいとお考えなのよね?」
「はい。できれば」
「そうなのですか? 侯爵家のカレラ様が? お仕事をされることを、お家の方たちは反対されたりしないのですか? もしかして、まだ内緒のお話ですか?」
「いいえ。この件に関しては家族とも話をしています。長兄のラモスは既に王宮府で働いておりますし、おそらくは次兄のルシオも王宮府に入ると思います。光栄なことに兄たちは二人とも王子殿下の側近候補ですので」
ラモス・バルマーもルシオ・バルマーも、いずれは父であるフレド・バルマーのように王子たちの右腕として活躍を期待される人材なのだ。
「私は、兄たちとは違って、王家のためではなく、この国の子どもたちの為に何かしたいのです。『王家のためではなく』なんて、王女であるローザ様の前で言うのも憚られますけどね」
そう言ってからカレラはペロリと舌を出した。それを見てローザが笑っている。
「あの、カレラ様。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「子どもたちの為の仕事とは、例えばどういうことでしょうか?」
「私も実際に王宮府で皆がどんな仕事をしているのか、私がそこで何ができるのかを知っているわけではないのよ。でも、もし叶うのならば、子どもの未来に希望が作れる仕事がしたいの。そうね、例えば、今ある学校制度をもっと良くするとか、生活改善をするとか、医療制度を整えるとか……そんな感じかしら」
シャロンはカレラの話を目を丸くして聞き入っている。
「貴族の家の娘でも、王宮府でそういったお仕事が、本当にできるのですか?」
「できるかできないか、ではなくて、やるのよ!」
シャロンの中では、貴族の家の娘が仕事に就くなんてことは考えてすらみなかったことなのだろう。おそらくハイレン侯爵家では、そうなのだ。
「シャロン様はご存知ではないかしら? スアレス公爵家のエミリア様のこと」
「ええと、お名前だけなら」
「エミリア様はね。王立学院を卒業と同時に、魔法師団にお入りになられたのよ」
「魔法師団にですか?」
「ええ、そうなのよ。今は野生のホルクの保護活動をされているわ」
強力な風の魔力の保持者でもあるエミリア・スアレスが、公爵令嬢という立場でありながら魔法師団へ入ったことは、その当時、貴族社会で大きな話題となった。
それまでは、学院卒業後に結婚を選択せずに、外で仕事をしようなどと考える高位貴族の令嬢は少なかったようだ。
だが、公爵家の令嬢であるエミリア・スアレスが先陣を切ったことで、それ以降は、毎年数名の貴族令嬢が王宮府や魔法師団での仕事を得ている。
「その代わり、王宮府や魔法師団に入るには、それなりに優秀な成績で学院を卒業することが条件として求められるわよ」
カレラがそう言ってシャロンに向かってウィンクをして見せた。
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