19 その頃、女子寮の面々は……(3)
「危うく店じまいするところだったよ。今日はいつもと違う顔ぶれだね」
ローザが向かった先は、朝市の一角にある花屋だった。白い顎髭を蓄えた店主らしい老人が、ローザに笑顔で声をかけてきた。
「今日はお友だちをお連れしましたの。配達をお願いしたいのだけれど……。まだマルコスさんはいらっしゃる?」
「ああ、この時間ならギリギリその辺に居ると思うよ。おい、誰かイアンを探して呼んで来てくれ!」
老人が店の奥に声をかけると、一人の若い男が馬車が沢山停められている方へ向かって全力で走って行くのが見えた。
既に何台かの馬車が出発しはじめている。
「今日はもう殆ど売り切っちまったが……。ああ、そうだ、良いのがあるよ! これなんかどうだい? 急なキャンセルが出て残っちまったんだが、かなり質の良いものだよ。嬢ちゃんになら、特別に安くしておくよ」
老人が店の奥から引っ張り出して来たのは、とても大きな白と薄いピンク色の蕾がついた花の束だった。
「残り物なら、少し安くするのは当然では?」
「おや、そっちの嬢ちゃんは言うねえ。ん? あれ? もしかして、そっちの嬢ちゃん、髪の毛のクルクルッとした兄ちゃんの妹かい?」
「えっ。兄もここに来たことがあるのですか? 花を買いに?」
「時々来てくれているよ。やっぱりそうか! 嬢ちゃんとあの兄ちゃん、言うことがそっくりだ!」
「えっ……」
老人の話では、ここにある花はとある貴族の結婚の祝いとして注文が入っていた品物らしい。本来だったらこんな安い値段で買えない高級品だと老人は胸を張った。
何故キャンセルになってしまったのかは知る由もないが、花には罪はない。明日には全ての蕾が揃って綺麗に開花するだろうと老人が言うので、ローザとカレラは勧めてくれたこの花束を買うことにした。
「俺を呼んでいる人が居ると聞いたんだが……。ああ、誰かと思えば、お嬢さんだったのか! いつものように花束を王宮の門番に預ければ良いのかい?」
走って来たイアン・マルコスがローザに気付いて笑顔を見せる。
「ええ、そのようにお願いします!」
店の老人もそうだが、イアン・マルコスもすっかりローザとは顔馴染みだ。
アスールが初めてここに居るイアンに花束を配達してもらってから既に四年が経過している。最初は花束の届け先が王宮だと聞いて狼狽えていたイアンも、今ではすっかり王宮の門番とは気心知れた仲になっているらしい。
「花束はこの二つだけで良いのかい? そっちの二人はどうする?」
イアンがマイラとシャロンの方を見る。
「あの子は私の妹なの。だから一緒で良いわ」
カレラが答えた。
「シャロン様はどうしますか? 私はいつもお母様に花束を贈っているのです。お家まで届けて貰うこともできますよ。イアンさん、王宮以外にも配達をお願いできますか?」
「ああ、もちろん構わないよ」
「いえ、私は結構です。母は、たぶん家には居りませんし……」
「そうかい? じゃあ、この二つをいつものように王宮の門番のところに置いてくるよ。カードは? もう書けてるかい?」
「まだです。すぐに書きますので、すこし待っていて頂けますか?」
「ああ、もちろん」
「このお店でのお勧めは、チャパランという名前のパンと、蜂蜜入りのホットミルクですわ」
花屋の後にローザが三人を連れて来たのは、店内で飲食ができるパン屋『あったかパン』だった。
「チャパラン? 初めて聞く名前ですね」
「チャパランはね、チャパという四角い白パンに、チーズとハムとトマト、それからオニオンを挟んで、上下からぎゅっと潰すようにして焼いたパンなの。とっても美味しいのよ!」
「では、私はそれを」
「私もそれにします!」
「では、私も同じものを」
「飲み物はどうしますか?」
「「蜂蜜入りのホットミルクを」」
「私はミルクティーをお願いします」
注文を終えると、キョロキョロと辺りを見回していたマイラ・バルマーがローザに向かって言った。
「ローザ様は、いろいろなお店をご存知なのですね。それにお店の方とも仲がとてもよろしいのですね。驚きました!」
「実はね、今まで行ったところ、全部アス兄様が初めてリルアンに遊びに来た時のルートそのままなのよ。私が見付けたわけではないの」
「あら、そうだったのですか?」
「ええ。確か、マイラ様のお兄様と、マティアス様との三人で見つけたルートだった筈よ」
「兄と、マティアス様?」
「ええ、そう!」
マティアス・オラリエの名前を聞いて、マイラの表情が一瞬明るくなった。
「ああ、それで、花屋の店主があの兄のことを知っていたのですね! 私と兄は全然似てなどいないのに……」
「そうかしら? カレラ様とルシオ様は似たところがあると……。ああ、いえ、そうでもないかしら? それより、この後はどうしますか? どこかで少しお話しをしたいのですけれど……」
カレラの顔が引き攣るのを見たローザが急に話題を変えた。
「それだったら、このままここで喋っていて構わないよ。今からはそれ程混まないしね」
丁度料理を運んで来た “あったかパン” の女将さんが、そう言いながらチャパランをテーブルに並べていく。
「よろしいのですか?」
「もちろん構わないよ。ちゃんと、寮の門限に間に合うように帰るんだよ!」
「ありがとう存じます!」
「はい、はい。ご丁寧にどうも。ゆっくり食べて、ゆっくりお喋りをしていくと良いよ」
馬車に乗り込んで来た時は緊張の面持ちだったシャロン・ハイレンだったが、朝からローザに引っ張り回されているうちに少しはこの状況にも慣れて来たようで、段々と笑顔を見せるようになった。
それでも、自分からは何も話そうとはしない。
チャパランを食べ終えた四人は、女将さんは「必要はない!」と言ってくれたが、このままここで長居をする分として、それぞれが飲み物のお代わりを注文することにした。
注文を終え、女将さんがテーブルから調理場へと入って行くのを見届けると、シャロンは急に真面目な顔でマイラに向かって話し始めた。
「ずっと言えなくてごめんなさい。階段で、マイラ様のことを引っ張ってしまったこと、そのせいでベアトリス様の側仕えの方に怪我を負わせてしまったこと、凄く反省しています」
そう言い終えた瞬間、シャロンの目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「シャロン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。私、ずっと謝りたかったの……。でもなかなか言出せなくて……。時間が経つにつれて、ますます」
「ええ、分かります。私も人と関わるのが、得意な方ではありませんから。たぶん、シャロン様もそうなのでしょう?」
マイラは自分のハンカチをシャロンに差し出した。
「……ありがとうございます、マイラ様」
マイラは、寮の部屋の扉の隙間に差し込まれたローザからの招待状を受け取れば、いくら頑なに扉を開けないシャロンでも、王女からの誘いを断れる筈はなく、絶対に部屋から出て指示された場所までやって来るに違いないと思ったと告げた。
マイラの作戦は成功したわけだ。
クリスタリア国第三王女のローザと、マイラの姉のカレラは、まんまとマイラの作戦の片棒を担がされたことになる。
「このままでは絶対に駄目だと思ったのです。シャロン様もですが、私も! それから、ギクシャクしてしまっている第三学年生の皆も」
マイラの瞳の奥には、今までとは違い、強い意志の火が灯っているように見えた。
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