28 最後の稽古と一つの提案
学院入学二週前の雷の日。アスール、ルシオ、マティアスの三人はディールス侯爵による学院入学前最後の稽古を受けていた。
訓練場で三人が侯爵ただ一人に翻弄されていると、城の方から段々と話し声が近付いて来る。背を向けていてもアスールには分かった。声の主のうち、一人は兄のシアンだ。
三本の木剣が宙を舞い、息も絶え絶えの三人が各々の木剣を拾いにいく。アスールが拾うべき木剣の先には丁度東屋があり、シアンたちが座っているのが視界に入った。シアンが笑顔でアスールに向かって手を軽く上げたのが見えたが、なんとなく気不味くて、アスールは気付かないふりをした。
(無様に剣を飛ばされてる姿なんて、兄上に見られたくないのに……)
シアンはアスールにとって、ほんの小さな子どもの頃から憧れの存在だった。
少年期に於いて三歳の年の差は非常に大きいものだろう。魔力量でも剣術でも確実に自分の上をいく兄をアスールは誇らしく思うと同時に羨ましくも思っていた。
(どうせだったら、もっと上手く闘えてる時に来て欲しかったな……)
数分もしないうちにまた三人の木剣は宙を舞った。
三人で指導を受けるようになってからというもの、侯爵は訓練の前にその日の課題を各々に述べさせ、訓練後にその課題点をきちんと踏まえた上で訓練が出来たかをきちんと確認することを常としていた。
最後の稽古になる今日もまた侯爵は、稽古後に生徒それぞれの改善すべき点、足りない部分を次々と列挙し、それに対しどう対処すべきかを皆で検討させた。
最後に「学院入学後も鍛錬を怠ることが無いように」と優しい表情で念を押して侯爵は訓練を終えた。
ディールス侯爵がいつもと同じようにきっちりとした足取りで去って行くのを見送った後、アスールは東屋から自分に向かって手招きをしているシアンに気が付いた。アスールは片付けを後回しにして兄の元へ向かう。
「お疲れ様。ずいぶん剣の扱いが上手くなったね。驚いたよ」
「……そうですか?」
「うん。夏とは大違いだね」
「ありがとうございます。自分ではよく分からないから、そう言って頂けると嬉しいです」
まさか褒めてもらえるとは思っていなかったので、アスールは顔が自然とにやけてしまう。それでもなに食わぬ風を装った。
「アスール。こっちの二人に会うのは初めてじゃないよね? 」
「はい」
「じゃあ紹介は後にするとして……今日はあっちの二人も含めて、君たちにも教会のバザーの手伝いを頼めないかと思って来たんだよ」
「教会のバザー?」
「そう。今度の光の日、明後日なんで急な話なんだけど……どう?」
「僕は大丈夫です。でも二人には聞いてみないと……」
「そうだよね! じゃあアスールから二人に聞いてみてくれるかな? 僕が聞いたら多分断れないと思うからね。……あっ、そう言えばアスール、さっきは僕に気付かないフリ、したよね?」
そう言うとシアンはアスールに向かって悪戯っ子のような笑顔を浮かべてみせた。
カルロ王にとって、ディールス侯爵やバルマー伯爵がそうであるように、今シアンと共に行動してる二人は王子の最も有力な側近候補のようだ。
シアンはまずその二人を極々簡単にアスールたち三人に紹介してくれた。と言うのも、それぞれに非常に近しい関係性になるからだ。
一人目はバルマー伯爵家の長男のラモス。シアンとは同学年、ルシオの三歳年上の兄だ。
ルシオとそっくりの明るい栗色の髪と瞳だが、ルシオが母親似なのに対してラモスの見た目は父親にそっくりだった。
「兄貴の性格は親父とは違い真面目一辺倒!」といつもルシオは言っている。今日もいつも通りの無表情だったから、多分ルシオの言うことは本当なのだろうとアスールは思った。
二人目はディールス侯爵家長男のアラン。マティアスの従兄弟だ。
アランはシアンよりも二歳年上なので、王立学院を卒業したばかり。
来月からは騎士団に所属するのが決まっているので、教会のお手伝いに参加するのもこれで最後になるそうだ。だから尚更今後のことも考えてメンバーを増やしたかったらしい。
アランは背が高く、キリッとした顔立ちだが愛想は非常に良く「これぞ好青年!の見本」のようだとアスールは常々思っている。
侯爵もこの息子くらい愛想が良ければ……なんてことは口が裂けても言えないけどね。とアスールは心の中で考えていた。
「ありがとう。助かるよ。詳しいことは現地に行ってから説明があると思うから、各々その指示に従って欲しい。ただ、一つだけ先に言っておきたいのは、教会付属の修道院と孤児院のためのバザーなのでシスターからいろいろと頼まれることになるけど、シスターが平民だからと言って横柄な態度で接するのはやめて欲しいってこと。それが無理だと思うのならば、今回は参加してくれなくて良いよ」
シアンはアスール、ルシオ、マティアスの顔を順番に見つめる。当然、誰も「否」とは言わなかった。
「大丈夫そうだね。良かった。それじゃあ、当日はよろしく!」
シアンは他の二人と共に城の方へと戻って行った。
その後ろ姿が見えなくなると、マティアスが「はあああぁぁ……」と大きく息を吐く。
「マティアスどうした?」
「緊張したんでしょ。前に王妃様にお茶会に誘われた時もこうだったよね」
アスールの問いに対してマティアス本人ではなくルシオが笑いながら答える。マティアスはルシオの背中を小突いて形ばかりの反撃をした。
「だって王子殿下だよ! 緊張するだろ? 普通は……」
「あのさマティアス。君はたぶん忘れているかもしれないけど、アスールだってその “王子殿下” だからね!」
「「確かに!」」
三人は声を上げて笑った。
三人でディールス侯爵の鍛錬を受け始めて四ヶ月位だろうか。
週に三回も顔を合わせ、お互い切磋琢磨する日々はアスールにとって、いや、ルシオにとってもマティアスにとっても掛け替えのない日々であったに違いない。
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