18 その頃、女子寮の面々は……(2)
「シャロン様は、悪い人では、ないのです……」
マイラ・バルマーは小さな声でそう言った。
「マイラ。貴女は人が良すぎるわ! 今回はたまたまベアトリス様の側仕えの方が貴女を庇ってくれたから貴女は怪我をしないで済んだけれど、状況が少し違えば、貴女は今ここに居なかったかもしれないのよ!」
「それは、そうなのですが……」
「だいたい、きちんと謝罪もしないような人間が “良い人” だとは、私には思えないわ!」
カレラの言うことも正しい。
ハイレン侯爵家の使用人が療養中のアニタのところへやって来て、侯爵家の用意した見舞金を支払って帰っていったという話はバルマー侯爵家にも伝えられた。
それに対し、ハイレン侯爵家からバルマー侯爵家に対しては謝罪の一つも無いらしい。これに対してカレラも、それからルシオも非常に腹を立てている。
「確かにマイラは怪我をしていないわ。でも、だからといって謝罪くらいはすべきよね? まして同じ学院の、同じ学年なのよ! まして、同じ寮で暮らしているのよ。その気になりさえすれば、いつでも簡単に謝れる筈だわ!」
「確かに、そうね」
ローザも同意する。
「シャロン様は、皆が考えているよりも、ずっと臆病な方なのだと思うのです。……私と同じで」
それでも、マイラはシャロンを庇うつもりのようだ。
「毎回お騒がせの張本人の孫娘なのに?」
「……はい」
「確か、シャロン嬢の兄君も学院執行部ではあまり評判が良くないけど?」
入学以来ずっと女子としては初となる学年主席の地位をずっと守り続けているカレラ・バルマーは、大方の予想通り執行部入りを果たしている。
カレラは、執行部で起きた過去のいろいろな出来事についてが自然と耳に入って来る立場に居るのだ。
「シャロン様の兄君?……そうなのですか? でも……」
「ああ、もう分かったわ。マイラはそういう子よね。知ってる! だったらどうしたいの? どうするつもり? マイラのことだから、もう、何か考えがあるのでしょう?」
諦め顔のカレラの台詞に対し、マイラは笑顔を浮かべ大きく頷いた。
ー * ー * ー * ー
「シャロン様。いらっしゃいますか?」
数日後。
マイラ・バルマーはシャロン・ハイレンの部屋の扉を何度かノックし続けていた。扉は開けてもらえそうもないが、中に人が居る気配は確かにある。
シャロン・ハイレンは毎日授業には出ているものの、授業終了の鐘が鳴るとすぐに一人で寮へと戻り、そのままこんな風に部屋にずっと籠っているらしい。
「マイラ・バルマーです。扉の隙間からお手紙を入れさせて頂きますね」
「お食事はどうしているのかしら?」
「食堂の料理人がシャロン様の部屋まで運んでいるようです」
「毎回?」
「いいえ。夕食だけ。たぶん朝食は抜かれているのではないでしょうか」
「そうなの? 昼食は、ちゃんと学院の食堂で食べているのよね?」
「食堂の隅でお一人で食べている姿を何度かお見かけしましたから、そうなのだと思います」
マイラの話を聞いた姉のカレラ・バルマーが、額に手を当て大きな溜息を吐いた。
「どれだけ周りに迷惑をかけ続ける気なのかしら……」
ー * ー * ー * ー
「あら。今日は流石にちゃんと来たのね」
「あ、あの……」
「さあ、早く乗って頂戴! 皆、馬車の中で待っているから」
ローザが手配した馬車はリルアンに向けて走り出した。
王立学院の周りを囲む森を抜けてリルアンの町が近付いて来ると、車窓からの景色は一変する。道の両側に広がるのは湿地を上手く利用した一面の花畑だ。
花畑とは言っても、そこにある花はまだ咲いていない。蕾の状態で刈り取られ、リルアンの市場を通して王都に運ばれ、それぞれの花屋の店先に並ぶのだ。
「あの、えっと、今日はいったいどういったご用件でしょうか?」
カレラに促されるがまま馬車へと乗り込んだシャロン・ハイレンは、馬車が走り始めるとすぐに既に車内に座っていたローザと軽く挨拶を交わした。だがその後はというと、自分が今どういう状況に置かれているかも分からないまま、こうしてただ馬車に揺られている。
車中ではローザとカレラの二人が外の景色を楽しみながら、ずっと他愛のないお喋りを続けていた。
そして遂に、ただ黙って座って二人の話を聞いていることに耐え切れなくなったのだろう、シャロンがやっと口を開いたのだ。
「用件? そうね、今から私たち、リルアンの町までお買い物とお食事に行くの。部屋に一人で籠っていても良いことなんて起きないと思うのよ。だからね、今日は私のお気に入りの場所に案内するわね!」
「私を、ですか?」
「ええ、そうよ!」
シャロンは戸惑った表情を浮かべて、目の前に座っているローザを呆然と見つめている。
第三王女のローザとは学年も違う。これまでもすれ違えば挨拶をする程度の接点しかなく、親しく会話をするような関係ではない。
ましてこれから一緒にリルアンの町を仲良く散策するだなんて……。シャロンにとっては理解の範疇を超えた事態に違いない。
二日前の夜。マイラ・バルマーはシャロン・ハイレンの部屋の扉の隙間に一通の手紙を差し込んだ。差出人はローザ・クリスタリア。中身は今日の外出への招待状だった。
招待状とはいっても、待ち合わせの時間と場所、それからローザ・クリスタリアと美しい文字でサインがされただけのカードが一枚入っていただけだ。
流石に第三王女のサインの入ったものを無視することもできず、シャロンは取り敢えず指定の時間に指定の場所へ向かったのだ。まさかそこで待っていたのがカレラ・バルマーで、有無を言わさず馬車に乗せられるとは思いもせずに。
「食事はね、とても大事よ!」
「えっ?」
「朝食を食べていないと聞いたけれど、本当のことなの? もしかして今朝も食べていないのかしら?」
「……はい」
「ああ、それは駄目だわ! でも大丈夫! まず最初に向かうのは朝市よ!」
「朝市、ですか?」
丁度リルアンに到着したようで、馬車が止まった。
「そう! と言っても……もう朝ではないわよね。だから、急ぎましょう!」
馬車を下りると、ローザは手慣れた様子で御者に迎えの時間と場所とを伝えた。その様子をシャロンは、驚きと賞賛の込められた瞳でじっと見つめている。
もっとも、手慣れているのはローザではなく御者の方だ。
彼はアスールがリルアンへ出掛ける際にいつも送迎を頼んでいる御者で、実はローザは、アスールに指示されたことをそっくりそのままその御者に伝えているだけなのだ。
「さあ、行きましょう!」
朝市は既に半分以上の店が閉まっている。残りの半分も店じまいの最中のところが多い。
ローザは目当ての露店を見つけると、三人を待たせて一人で商品を買っている。
「さあ、これを食べてみて! 胡桃の蜂蜜掛けよ。すっごく甘いから四人で一袋で充分だと思うわ」
そう言ってまずはローザが一つ取り、その後で三人の目の前に小さな紙の袋を差し出した。
「甘い!」
「本当に甘いですね」
「指がベトベトだわ。さあ、次に行くわよ!」
四人は、まだかろうじて開いている露店を眺めながら朝市の奥を目指す。目的の場所へはすぐに到着した。
「おや、嬢ちゃんじゃないか。随分と久しぶりだね! 今日はいつもの兄ちゃんたちは一緒じゃないのかい?」
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