17 その頃、女子寮の面々は……(1)
「あの、ローザ様。少しだけで良いので、お時間を頂くことはできますか?」
「あら。マイラ様。もちろん大丈夫よ! 談話室でよろしいかしら?」
夕食を終え、自室へ戻ろうとしていたローザに声をかけて来たのは、バルマー侯爵家四兄妹の一番下のマイラ・バルマーだ。
マイラはローザの提案に対して、否とは言わなかったが、一瞬だけ瞳を曇らせた。ローザはそれを見逃さなかった。
「ああ、そうだわ! アス兄様から焼き菓子を頂いたのを忘れていたわ。それを頂きながら、談話室ではなく、私のお部屋でお話をするのはどうかしら?」
「はい!」
「カレラ様も一緒でも、大丈夫かしら?」
マイラは姉のカレラの方へチラリと視線を送っている。カレラが小さく頷くのを確認すると、安心したような表情を浮かべて答えた。
「もちろんです」
「今日はね、アス兄様の側仕えのダリオが最近良く作っているという、フィナンシェという焼き菓子を沢山頂いたの」
ローザの側仕えのエマが、三人分のお茶を用意し、数種類の小さなフィナンシェが綺麗に並べられた皿をテーブルの上に置く。
「まあ、随分といろいろな種類があるのですね!」
「そうなの! いろいろな種類を楽しめるようにと、一つ一つを小さめにしたそうよ」
「それは素敵なお心遣いですね!」
「そうでしょう? ダリオは本当に凄いのよ!」
ローザの部屋へ到着して以降、喋っているのは専らローザとカレラの二人だ。マイラは元々おとなしい性格なのに加え、二人よりも年下なのもあってか、この日もひどく遠慮がちだ。
「マイラ様もどうぞ召し上がって。これは細かく刻んだ紅茶の葉が入れられているのよ。こっちはチョコレート、これはナッツ入りで、オレンジでしょ、それからプレーン。どれも凄く美味しいのよ」
「ありがとうございます。頂きます」
マイラはチョコレート味を一つ取って口に入れた。
「あっ、美味しい……」
「ふふ。そうでしょう。ダリオが作るお菓子は、どれもとっても美味しいのよ」
嬉しそうに言うローザの膝の上に、レガリアがふわりと飛び乗った。
この場ではレガリアはあくまでもローザの飼い猫の振りをするつもりらしく、愛らしい仕草でローザに焼き菓子をねだっている。
ローザは最も親しい友人のカレラにさえ、レガリアが神獣ティーグルである事実を伝えてはいない。カルロからそれを許されていないからだ。
ローザは自分の周りに居る者に対して、自分が珍しい光の属性の持ち主であることや、レガリアが本当は猫ではなく神獣であることを隠している。というよりは、隠しておくようにと言われている。
それに関しては、ローザとしては多少の不満もある。だが、ローザが光の属性であることが第三者に漏れることで、ローザ自身の身に危険が及ぶ可能性があるとカルロやフェルナンドから言われてしまえば、ローザとしても口を閉ざすしかない。
その一方で、カレラの兄であるルシオ・バルマーや、レイフ・スアレス、マティアス・オラリエの三人はレガリアの正体を随分と前から知っている。
理由は、ルシオたちが第三王子であるアスールの側近候補であり、彼らがアスールを絶対に裏切らないという確信をカルロが持っているからだ。
慣例として、王家を継ぐ意思(結果として後継者になれるかなれないかは別問題)がない者に対して側近候補は選出されない。ローザにその意思はない。
故に、ローザの友人であるカレラが、ローザの側近候補になることはないのだ。
自分の秘密をこの友人に永遠に打ち明ける日は来ないかもしれないと考えると、ローザはなんとも言えない気持ちになるのだった。
そんなローザの遣る瀬ない気持ちに気付いたのか、レガリアがローザに甘えるかのようにその身を擦り寄せた。
「ありがとう、レガリア。大好きよ」
「ねえ、マイラ。そろそろ今日、貴女がここに居る理由をはっきりさせた方が良いと思うわよ」
それまでずっと和かにお茶を飲んでいたカレラが、急に真面目な顔付きで妹のマイラに向き直った。
「えっと、あの……」
「貴女、何かローザ様に相談したいことがあったのではなくて?」
「ええ、そうなんですが……。あの、実は……」
マイラは口籠る。
「マイラ。はっきり言ってしまったらどう?」
「カレラ様、そんなに慌てなくても、まだまだ時間は充分ありますから。ね、マイラ様」
「ローザ様……」
ローザはテーブルの上の皿を少しだけマイラの方へ押し動かすと、にっこりと微笑んだ。
「もう一つ如何? 私のお勧めは、そうね、ナッツ入りかしら」
その後、やっと話し出したマイラによると、第三学年の女子学生たちの間で、ここ数日時々諍いが発生しているらしいのだ。些細な諍いのようだが、どれも根っこは同じなのではないかとマイラは言う。
「マイラ、もっと詳しく話して頂戴!」
「カレラ様!」
「ああ、ごめんなさい。つい……」
「こんなこと、ローザ様に本当に言っても良いのかどうか……。でも……」
「良いのよ。何でも仰って」
「実は、シャロン様が……」
「シャロン様って、まさかハイレン侯爵家の?」
「……そうです」
「はぁ。またなのね。またハイレン侯爵家絡みなの? それで? シャロン嬢がどうしたの? マイラ、きちんと順序立てて説明して頂戴! 貴女、また何か厄介事に巻き込まれているの?」
「あの、ええと……」
「カ、レ、ラ、様!」
「ああ、そうでした。つい……。ごめんね、マイラ。ゆっくりで良いわ。私たちにも分かるように説明して」
弁が立つ姉と、口が重い妹。姉は妹を思うあまり、責めているつもりはないのだが、ついつい強い口調になってしまうようだ。
「一時期、シャロン様が学院を欠席されていた時期があったのです。最近は、またちゃんと授業には出ているようなのですが……どうもクラス内でシャロン様が浮いてしまっているようなのです」
「……そうなの? 浮くって……どんな状況なのかは、分かる?」
「私も今年は同じクラスではないので、詳しくは分かりません」
どの学年もひとクラスの人数はだいたい二十五人。そのうち女子は十人前後だ。その十人のうち貴族は二人か三人。
シャロン・ハイレンのクラスにもシャロン以外に男爵家の令嬢が二人在籍しているそうだ。その男爵令嬢二人とシャロン・ハイレンの間に軋轢が生まれているらしいとマイラは言った。
「男爵家の令嬢の二人。ああ、成る程ね。なんとなく分かったわ」
「ええと、カレラ様、何がお分かりになったの?」
ローザは、マイラの話を聞いてもまるでピンと来ないらしい。
「たぶん、先日の一件が影響しているのではないかしら」
「先日の?」
「ええ。兄のルシオが、面白おかしく話していたではないですか。ノーチ男爵家のヴァネッサ様が水魔法でイレーナ様のドレスを綺麗にされた件です」
「ああ、それなら覚えているわ。でも、それがどう関係するの?」
あの時、イレーナ・ハイレンは男爵令嬢であるヴァネッサのことを酷く馬鹿にした態度を取ったとルシオも言っていた。
あの時あの場所には、下級貴族の子息令嬢が何人も居合わせた筈だ。イレーナへの反感が孫であるシャロンに向かってもおかしくはない。
「まあ、可哀想だとは思うけれど、私は、シャロン嬢に同情はしないわね。きっかけがお祖母様の発言だったとして、そうされるだけの理由が、きっとシャロン嬢本人にもあるのでしょう?」
カレラは、マイラが大怪我を負っても不思議ではなかったあの状況に対し、謝罪もせず有耶無耶にしているシャロン・ハイレンに良い印象を持っていないのだ。
「でも、こうなってしまった発端は、やっぱり、あの階段での事故、ですよね?」
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