16 ダリオの秘策
その晩、大方の予想を裏切って、深夜前には小さな雛が相次いで卵の殻から少し濡れた顔を覗かせた。
仲良く並んだ卵の中にいる雛が外に出ようと力を入れると、二つの卵がまるで互いを励ますかのようにぶつかり合い、それぞれの殻にできたヒビを大きくしていく。
「頑張れ!」
「後ちょっとだよ!」
見ている方も思わず力が入る。
今回はルシオは最初からアスールの部屋に泊まって雛の誕生の瞬間に立ち会うつもりで、いろいろと準備も万端で乗り込んで来ていた。
「前の時は、雛が完全に殻から出て来た時には殆ど夜が明けかけていたけど、今回はこの調子だともっとずっと早そうだね」
「そうかもしれないね」
ダリオも同じ考えのようで、今晩は自室へと戻らず、アスールの部屋の定位置でずっと本を読んでいる。
その時、片方の雛が片羽を出そうとグッと大きく動いて、その揺れにもう一方の卵が押される形で横に転がった。
「わあぁ。大丈夫?」
ルシオのあげた声にダリオも近付いて来て、巣の中で奮闘中の雛たちの様子を覗き込む。
倒された卵の雛が殻を付けたままモゾモゾと動いている姿が余りにも可愛くて、アスールたちは思わず声を上げて笑った。
「ピィィ」
止まり木から雛たちの様子をじっと見つめていたピイリアがふわりとアスールの肩に飛び移り、まるでアスールを非難でもするかのように小さく鳴いた。
「ごめんよ、ピイリア。でもさ、可愛いんだから仕方ないよね?」
「ピッ」
日付けが変わってすぐぐらいに、最初の一羽が完全に卵から這い出て来た。
雛は卵の側に寄り添っていたピイリアのお腹の下にそのまま潜り込んでしまい、疲れて眠ってしまっているのだろう、ちゃんと生きているのかが心配になるくらいに静かだ。
残されたもう一羽の方は、卵が二個揃っていた時の頑張りはどこへ行ってしまったのだろう、その後はちっともひび割れが広がらず、小さな頭が出たり入ったりするものの、それ以上はなかなか進まない。
「ねえ、これって、このまま待っていても大丈夫なの? この雛、ちゃんと生まれて来られるよね?」
普段はおちゃらけているが、ルシオは意外に心配性なのだ。
「大丈夫だと思うよ。前の時だって随分時間はかかったし、さっきの雛がたまたま早かっただけかもしれない」
「そうだよね。そうなら良いけど……」
「御二人とも、少し休憩を御取りになっては如何でしょう? 御茶が入りましたよ」
「ありがとう」
ダリオが淹れてくれたミルクティーは蜂蜜入りでとても美味しい。
「はあ。身体が温まって、なんだか少し気分が落ち着いてきたかも……」
「落ち着きすぎて、このままソファーで眠ちゃわないでよ!」
「あっ、それ、あるかもね!」
その時、ピイリアのお腹の下に隠れていた最初の雛が、モゾモゾと這い出して来た。
もう生まれたての、しっとりと濡れた羽毛の下に地肌が透けて見えていた、なんとも情けない姿ではなく、柔らかそうな如何にも雛らしい羽毛に包まれている。
「キュッキュ」
雛が卵に呼びかけた。
その途端、しばらく動きの止まっていた卵が左右に揺れ、クチバシが勢いよく飛び出した。その勢いでひび割れが大きく広がる。
「うわぁ。兄弟の声に、俄然やる気を出したね! 頑張れっ!」
チビ助も近付いて来て、卵の側で雛の誕生を見守っている。
そこから一時間近くをかけて、二羽目の雛が無事に孵った。本能なのだろうか、二羽目の雛もすぐにピイリアのお腹の下へと潜り込んで行った。
「ふわぁぁぁぁ。ほっとしたら急に眠くなって来たよ」
ルシオが大きな欠伸をして言った。
「僕は自分の部屋に戻るよ。チビ助は……まだここに居るよね?」
「……そのようだね」
小さな巣の中にピイリアとチビ助がぴったりと寄り添って座っている。ここからでは見ることはできないが、二羽の親鳥のお腹の下に二羽の雛が揃って眠っているのだろう。
「また明日、朝食で」
「そうだね。っていうか、もう今日だけどね。もし朝食の時間になっても僕が部屋から出て来なかったら、アスールが起こしに来てね。よろしく!」
「了解!」
今から寝て、ルシオが自力で起きて来るとは思えない。アスール自身も正直自信がない。
「私がしっかり起こして差し上げますよ」
やはりダリオは頼りになる。
ー * ー * ー * ー
「お祖父様! ピイちゃんが! ピイちゃんがテラスに来ています!」
ローザは近くに居た使用人にテラスへと続く扉を開けてもらい、勢いよくテラスへと飛び出していった。
「ピイリアが? そんな筈あるまい。あれは、まだ抱卵中だろうに……」
「ほら! 本当にピイちゃんですよ!」
ローザが肩にピイリアを乗せて室内へと戻って来た。
「なんじゃ、もしかして卵を温めるのに飽きて遊びに来たのか?」
「そんなわけないですわ。ほら、足にお手紙の筒が!」
「おお、本当じゃ。どれどれ、儂が取ってやろう」
フェルナンドはピイリアの足に付けられた筒から手紙を取り出すと、それを広げた。
「何と書いてある? 皆小さな字で書きすぎじゃ。もっと大きな文字で書いてくれんと読めんではないか!」
「お祖父様、お貸し下さい。それは絶対に私宛のお手紙ですわ! ね!」
ローザがピイリアの首に取り付けられているセクリタを指差した。確かにそのセクリタは濃いピンク色だ。
ローザは小さな手紙をフェルナンドから奪い取る。
「まあ! お祖父様、昨晩、無事に雛が孵ったそうです! 二羽ですよ! 凄いです!」
「ほう、それを自分で知らせに飛んで来たのか。それはご苦労じゃったな」
「お祖父様、何かピイちゃんにご褒美のオヤツになる物をお持ちではないですか?」
「ここには……無いな。今、誰かに取って来させよう。待っとれ」
そう言い残してフェルナンドは部屋を出て行った。この祖父はとことん孫娘に甘いのだ。
「ピイちゃん、偉かったね。今お祖父様が何か美味しい物を持って来て下さるから、楽しみに待っていましょうね」
「ピィィ」
ー * ー * ー * ー
「ねえ、アスール。ローザちゃんは、どうやってこの二羽から自分で育てる一羽を選ぶんだい?」
「ええと、どういうこと?」
朝食を無事に食べ終え、アスールがピイリアに手紙を付けてローザのところへと飛ばした後、ルシオは再びアスールの部屋に来ていた。
「だって、ローザちゃんはこの部屋には来られないよね? だったらどうやって雛を見せるの?」
「ああ、確かにそうだね」
東寮だけでなく、学院にある全ての寮では、男子の暮らす階と女子の暮らす階が分けられている。男子は女子の階へ、女子は男子の階へと足を踏み入れることは、各寮の管理人から厳しく禁じられている。それは例え兄弟姉妹であってもだ。
「だったら、談話室に雛を連れて行って、そこで選んでもらうとか?」
「雛を動かせるまで待って? そうなると、随分と先のことになるよね?」
「……確かにそうだね」
「ローザちゃんの雛が決まらないと、レイフもいつまで経っても雛を見に来られないよ」
「それは、そうなんだよね……」
「どうしよう」
「どうしようか……」
「その件でしたら御心配には及びませんよ。私が何とか致しましょう」
ダリオがお茶を淹れてくれながら請け負った。
「「どうやって?」」
「一週間程御待ち頂けますか? 私には秘策が御座います」
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