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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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閑話 シャロン・ハイレンの独白

 はぁ。どうしてこんなことになってしまったのでしょう……。いったいどこで私は、向かうべき道を間違えてしまったのかしら。


 私はシャロン・ハイレンと申します。つい先日、王立学院の第三学年生に進級したばかりの十二歳です。

 ハイレン侯爵家の三女です。


 こんなこと、大きな声では言えませんが、私は自分の家、ハイレン侯爵家が好きではありません。


 侯爵である私の父のダリル・ハイレンは、とても尊大な人物です。

 侯爵という高い身分を笠に着て、父が自分よりも身分の低い者をぞんざいに扱う姿を、私は小さな頃から何度も目にしてきました。家の使用人に対しての扱いも酷いもので、父が暴言を吐いている姿もしばしば見かけます。


 母は、そんな父のことを快く思っていないようですが、父を諌めたりするようなことはありません。

 言ったところで父が聞く耳を持たないことが身に染みて分かっているからなのか、そもそも使用人に対して寄せる関心すらないのか、父の理不尽な叱責を目の当たりにしても、ただ黙って見ているだけの人です。


 私には二人の姉と一人の兄がいます。


 姉は二人とも私とは随分と歳が離れていて、私がまだほんの小さい頃に他家へと嫁いでいます。

 時々その姉たちは “お里帰り” と称して、子どもたちを連れて家にやって来ますが、大抵は子どもたちの面倒を人に任せて買い物出掛けたり、流行りのお芝居を見ると言って劇場へ赴いたり、友人たちと遊び歩いたりしています。


 その姉たちは、二人とも王立学院へは通っていません。何人かの家庭教師が家に来て、必要な教育を受けていたと聞きました。

 姉たちがそう望んだのか、それが当たり前と思っていたのか、父が決めたことにただ従っていたのか、私にはわかりません。

 姉たちが家庭教師から受けていた授業は、マナー、ダンス、刺繍、音楽、絵画……。所謂淑女のための教育です。



 私よりも三つ年上の兄グスタフは、ハイレン侯爵家にとって待望の男児だったそうです。

 二番目の姉を出産した後、母は長いこと子宝に恵まれず、当時父は、ハイレン侯爵家を存続させるために親戚から養子を迎えることを検討していたと聞きました。

(二人の娘のどちらかに婿養子を迎える選択は父の頭の中には全く無かったようですが、私にはその理由も分かりません)

 妹である私の目から見ても、両親の兄に対する溺愛振りはちょっと尋常ではないと思います。

 父も母も、兄のグスタフのすることを褒めることはあっても、咎めることは決してないのです。例えどう考えても兄に非がある場合でもです。


 私は小さい頃からずっと、そんな兄の理不尽を受け入れなくてはならない立場にいました。

 大事にしている物を取り上げられるなど日常茶飯事。父に泣きついても取り合ってもらえず、母は無関心。そんなことをしても、結果的には私が更に兄の不興を買うだけなのです。

 私は次第に、できるだけ穏便に暮らすため、自分の存在を気付かれ難くする術を身に付けるようになりました。



 この窮屈で屈折した家から逃げ出す唯一の方法は、私が王立学院を受験することでした。もしも学院に合格することができれば、少なくとも五年間は家を離れ、寮で生活することが叶いますから。


 私は、今までの人生でこれ程まで一生懸命になったことがないくらいの熱心さで、娘を学院へ行かせる気など全く無い父を説得することにしました。

 あまりの私の執念さに根負けしたのか、私の相手をするのが面倒になったのか、最終的に私は父から受験の許可を得たのです。

 おそらく父は私が合格するなどあり得ないと思っていたと思います。私は家に来る父が選んだ家庭教師の授業に興味はなく、全然熱心ではありませんでしたから。

 だって私が学びたいものは、我家に来る家庭教師が絶対に教えてくれないようなことなのですから。



 私は学院で教えてもらえる全ての授業に参加することが、楽しくて楽しくて仕方がありません。学ぶこと、新しい知識を得ることは喜びです。

 それ以上に私がこの学院に入学して得た喜びは、第二王女のヴィオレータ様(今はお名前が変わりベアトリス様ですが)の存在を知ったことです。

 ヴィオレータ様はご自身の王女であるという絶対に逃れられない境遇にも屈せず、ご自身の望む道をご自身の手で切り拓いておられました。ヴィオレータ様は私の憧れの女性であり、私の生きる道標(みちしるべ)なのです。


 ですが、私は取り返しのつかない過ちを犯してしまいました。

 ヴィオレータ様にどうしても話しかけたい一心で、結果的に、ヴィオレータ様とは二度と言葉を交わすことのできない事態に陥っています。

 ヴィオレータ様のお側使えのご婦人に怪我をさせてしまったのです。

 それだけではありません、その時にヴィオレータ様以外にその場に居合わせた方たちは、第三王女のローザ様と、ローザ様のご友人でバルマー侯爵家のカレラ様と、妹のマイラ様。

 バルマー侯爵といえば、普段から父が一方的に目の敵にしている人物。思わず私は、謝罪することもせずに、その場から逃げ出したのです。今となっては、とても後悔しています。


 マイラ様とは昨年は同じクラスでした。クラスには貴族の家の女子が私を含めて三人。

 マイラ様は授業の時以外は第一学年の時に同じクラスだったご友人たちと一緒にいることが多く、私とはあまり話す機会もありませんでした。

 第三学年に進級したマイラ様とクラスが一緒になったら、絶対にすぐに謝罪しようと心に決めていたのです。ですが、私たちは同じクラスにはなりませんでした。

 そのまま意気地無しの私はズルズルと謝罪できないまま日々を過ごしていました。



 そこに、祖母のイレーナがベアトリス様の新しい側仕えとしてやって来たのです。

 私は両親以上に、この祖母が苦手なのです。自己中心的で気位が異常に高い祖母は、絶対に側仕えの器では無いはず。どうしてこんなことになったのか、私には訳が分かりません。


 祖母の見た目も、振る舞いも、寮の方々から良く言われていないことは分かります。ベアトリス様は何も不満を仰られないようですが、祖母が役に立っていないことは明らかです。

 その上、数日前から、時間を持て余している祖母は、寮の私の部屋を訪ねてくるようになりました。本当に嫌で嫌でたまりません。

 折角ハイレン侯爵家から逃げ出して来たのに、何故その先で祖母の相手を私がしなくてはならないのでしょう?

 学院でも評判の悪かったグスタフ兄上が、やっと卒業していったところだというのに……。


 毎日毎日扉をノックする音に悩まされています。学院の授業に行くこともできません。私は頭がおかしくなりそうです。

 誰か、誰でも良いから、私を助けて!

お読みいただき、ありがとうございます。

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