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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第六部 王立学院五年目編
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12 新たな問題(3)

 ローザから話したいことがあると言われていたアスールは、アレン・ジルダニアの研究室で今日の分の成分分析を終え、寮へと戻り手っ取り早く夕食を済ませた。それからローザとの約束の場所、談話室へと向かう。


 談話室奥にあるいつものソファーに既にローザは座っており、そのローザの隣には、珍しく側仕えのエマも並んで腰をおろしている。


 今はローザの側仕えをしているエマだが、ダリオが正式にアスールの側仕えとして就任する以前は、エマがまだ小さかったアスールとローザの二人分の世話をしてくれていた。

 エマ・ジスリムは、カルロの側近で王宮府副長官でもあるフレド・バルマー侯爵の年の離れた実姉だ。ロートス王国の双子の存在を最初から知る数少ない人物のうちの一人でもある。


 談話室へと入ってきたアスールに気付いたエマが、静かに立ち上がって、和かにアスールに会釈をした。



「あれ? もしかして……。ダリオも一緒の方が良かったのかな? 呼んでこようか?」

「いいえ。アス兄様だけで大丈夫です」

「……そうなの?」


 ローザがこの場にエマを同席させているのには、きっと理由があるのだろう。取り敢えず、アスールはローザの目の前のソファーに腰を下ろすことにした。



「それで? 改まって話がしたいだなんて、いったいどうしたの?」

「実は、ベアトリスお姉様のことなのですが……」

「姉上? 姉上に何かあった?」

「いいえ。お姉様本人ではなくて……」


 ローザは周りの席の様子が気になるようで、キョロキョロと周りを見回した。

 この日の談話室はほぼ満席に近い状態で、あちこちから楽しそうな話し声が聞こえてきている。


 見たところ、お喋りに花を咲かせているのは低学年の女の子が多いようだ。学院の生活にも、親元を離れての寮生活にもそろそろ慣れてきて、談話室で友人たちと語り合う時間と精神的な余裕が出てきたのだろう。


「皆、自分たちの話に夢中で、僕たちを気になんてしていないよ」

「そうでしょうか?」



 ローザの話によると、先日からベアトリスの新しい側仕えとして学院にやって来たイレーナ・ハイレンが、ベアトリスの側仕えとしての責任を殆ど果たしていないらしいのだ。


「そうなの? じゃあ、姉上のお世話は今も相変わらずエマが?」

「いいえ。ベアトリス様は余程のことでない限り、お支度等、殆どのことをご自身でなされているようなのです」


 エマは困ったような顔をしてそう言った。


「本当に?」

「側仕えを連れずにダダイラ国へと留学されたことで、ベアトリス様は勉学だけでなく、多くのことを学ばれたのでしょうね。留学前と今とでは、随分と雰囲気も変わられましたので」

「ああ、そうだね。それは僕も感じるよ」

「ベアトリス様が全く不満を漏らされていないようなので、イレーナ様も今の状態でも良いのだと勘違いされてしまっているのだと思います」

「ねえ、エマ。貴女は、この件に関してどこまで詳しく知っているの?」


 アスールは、今回のベアトリスの側仕え交代劇に関して詳しい内情を知らないのだ。

 ベアトリスの側仕えがアニタからイレーナに代わると知ったのはイレーナが着任した翌日だったし、そのイレーナがアニタに怪我を負わせたシャロン嬢の祖母だったと知ったのは、更にその数日後のことだ。


「ハイレン侯爵が陛下のところへ「是非とも実母をベアトリス様の側仕えに!」と直接売り込みに来られたということは聞いております。ですが私も詳しいことは特に」

「……そうなんだ。でも彼女、どう考えても “側仕え” ってタイプじゃないよね?」

「そうですね。誰かに仕えるよりは、仕えさせる側の人間でしょうね」

「だよね。僕もそう思うよ」


 寮内を歩くイレーナ・ハイレンをアスールも何度か見かけているが、廊下を歩く時もイレーナは堂々と中央を闊歩しているので、逆に周りを歩く学生たちの方が気を遣ってイレーナに道を譲っていた。


「なぜ姉上は、世話をしもしない側仕えに文句を言わないのだろう?」

「ベアトリス様は、それすらも面倒だとお思いなのではないでしょうか?」

「面倒?」

「はい。私も何度か側仕えの心得に関してのお話しをイレーナ様にさせて頂きましたが……」

「全く噛み合わないのよね、エマ?」

「はい。左様でございます」



 エマは、側仕えとしての仕事を軽視しているようなイレーナに対して、既に何度か苦言を呈したらしいのだが、話が一向に噛み合わず、話し合いにすらならない状態なのだと嘆いている。

 その他にも、今回ローザとエマが気にかけている点はあるらしい。



「実は、シャロン嬢のことなのです」

「シャロン嬢? それって、事の発端になったあの子のことだよね? まだ何かあるの?」


 シャロン・ハイレンは、アニタに怪我を負わせた張本人のことだ。マイラ・バルマーとは新学期から別のクラスになったと聞いている。


「マイラ様の話では、ここ数日、シャロン嬢は学院の授業を欠席しているそうなのです」

「体調でも崩したのかな?」

「それが、よく分からないらしくて……。ただ、丁度その頃からシャロン嬢の部屋に頻繁に訪れている人物が目撃されています」

「……もしかして、それってイレーナ・ハイレンだったりしないよね?」


 アスールは心底うんざりとした表情を浮かべて、ローザに尋ねた。


「残念ながら、アス兄様の想像されている通りですわ」


 ローザの方も苦笑いを浮かべながら、そう答えた。



「やっぱりか……。あの人はいったい何をしにこの学院に来たんだ? 本来側仕えとして仕えるべきベアトリス姉上ではなくて、孫娘の面倒を見ているだなんて!」

「それが、面倒を見ているかどうかは、どうも微妙みたいなのです」

「だったら、彼女は何をしているの?」

「私の部屋とは反対側ですので、詳しいことまでは分かりませんわ。ただ、近くのお部屋の方たちのお話ですと、誰かが訪ねて来てもシャロン嬢は部屋の扉を開けないことも多いようなのです。それでもしつこくノックを繰り返す音が聞こえてくるので、周りの部屋の方たちはとても迷惑しているそうですわ」

「それは、そうだろうね。姉上はそのことをご存知なの?」

「おそらくはご存知ないと思います。ベアトリスお姉様は、毎日門限ギリギリに寮へお戻りですから」


 新学期が始まって以降、ベアトリスは放課後はほぼ毎日剣術クラブの練習に参加しているそうだ。


「ねえ、アス兄様。これって、お父様かお祖父様にご相談すべき案件だと思われますか?」

「ローザは何かあったら連絡するようにとお祖父様から言われているんだったね?」

「はい」

「私はこの件を含めて、早急にお伝えすべきと思います」


 エマが珍しく強い口調でそう言った。


「今の状態では、ベアトリス様の側仕えなど居ないも同然。これ以上この寮内で問題を起こされる前に、イレーナ様にはご自宅へお帰り願った方が賢明かと思われます」

「そこまで?」

「はい。イレーナ様の存在がベアトリス様に害を成す前に、絶対に手を打たれるべきです」

「はぁ。そこまでか……。だが、伝えるとしてもどうやって? ホルク便で知らせるには、(いささ)か内容が込み入っているよね? 僕は、今はしばらく寮を離れられないし……」

「でしたら、私がエマと一緒に王宮へ戻りますわ!」


 ローザの横でエマも頷いている。


「もしそうするとして、姉上には、この件をどう伝えるつもり?」

「伝えなくても良いのでは?」

「ローザ。それ、本気で言ってるの?」

「ええ。だって、お姉様が王宮へ戻ることになれば、絶対に彼女(イレーナ)は王宮へ一緒に行くと言いますよね? こんな時だけ側仕え然とした態度で」


 今日のローザはなかなか辛辣だ。


「ははは。そうかもしれないね。あり得るよ!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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