27 家族の絆
「どれ、お茶のお代わりでも頼んでくるかな」
フェルナンドが「どっこらしょ」と、深く沈み込むようにして座っていたソファーから重たい腰を上げようとすると、シアンがそれを遮った。
「お祖父様、そのままお座りになっていて下さい。お茶のお代わりでしたら僕が頼みに行ってきますよ」
「おっ。そうか? だったらついでに厨房へ寄って、何かつまめる物でも頼んでくれ。小腹が空いてかなわんからの」
「つまめる物ですか……もしかするとお祖父様はお茶よりもお酒の方がよろしいのでは?」
「はは、そりゃ良いなあ。頼めるか?」
「はい。しばらくお待ち下さいね」
シアンが部屋を出て行くと、しばらく押し黙っていたカルロが口を開いた。
カルロの口から語られた『家族の過去』は、ここに居る皆にとって余りにも辛いものだった。
ー * ー * ー * ー
カルロがあの惨状から “ロートスの双子” をなんとか自分の国に連れ帰ることが叶った数日前、ヴィステルの王城でも静かに悲劇が訪れていた。
クリスタリア国民に祝福され王家に産まれて来るはずだった第三王子の出産は不幸にも死産という形をとったのだ。王が不在中のこの不幸な出産は、王の帰城まで厳重に秘匿されていた。
港から急ぎ帰城したカルロを待っていたのは『息子の死』という受け入れ難い現実と、妻である王妃のすっかり憔悴しきった姿だった。
我が子を失いすっかり気落ちしている妻の元へ、最悪のタイミングで双子を連れ帰ってしまったことになる。カルロはすっかり困惑し、寝室で伏せっている妻にその事実を告げることが出来ずにいた。
そこへ飛び込んで来たのはまだ三歳になったばかりのシアンだった。
「母さま、赤ちゃんが居るよ! それも二人も!」
シアンはすっかり興奮しているようで、すぐにシアンを追いかけて入ってきた侍女の制止も聞かずにパトリシアに話し続けた。
「天に帰ってしまった僕の弟の代わりに、きっと神様がよこしてくれたんだ」
「どういう事なの? いったいなんの話?」
それまでカルロの顔を見るなり、ただただ泣き続けているだけだったパトリシアがやっと言葉を発した。
「小さな男の子と、もっとずっと小さな女の子だよ。父さま、母さまは具合があまり良く無いから、僕がリラ姉さまと一緒にあの子たちの面倒を見てあげるよ!」
そう言い残すとシアンは部屋を飛び出して行った。
カルロはパトリシアにロートスでの惨事をありのままに話して聞かせた。パトリシアはただ静かにカルロの話を聞いていた。
ー * ー * ー * ー
シアンが使用人たちと一緒に部屋に戻って来た。
フェルナンドとカルロの前にはワインと燻製肉とが用意された。フェルナンドがシアンに「良くやった!」と言わんばかりに満面の笑みでもって合図を送っている。
お酒とお茶の支度を終えた使用人たちが部屋を出て行くと、カルロがまた話を続ける。
「幼いシアンのあの言葉と、それから赤ん坊だった二人に家族は救われたんだ……。お前たちの命を懸命に繋ごうとパトリシアは再び生きる気力を取り戻した。お前たちを守り育てることで家族はそれまで以上に互いを思い合うようになった」
「そうよ、シアン。貴方は私の大切な宝物よ」
自分では無い本物の第三王子が存在していて、すでにその子がこの世を去っていたなんて……。アスールは何をどう言ったら良いのか全く分からなかった。
後から後から溢れ出てくる涙を必死に堪えていた。
「あの日初めて会ったアスールは小さくて、本当に可愛いかったわ。貴方の小さな手が私の指をギュッと握って、なかなか離してくれなかったのを今でも鮮明に覚えているわ」
姉のアリシアがアスールの横に来て座る。アリシアは優しくアスールの頭を撫でる。この姉はいつだって本当に優しかった。
「貴方は私の大事な大事な弟よ。もちろんそこに居るシアンも。それから可愛いローザも私の大切な妹だわ」
(妹。……そう、ローザは妹)
アスールには父親から最初に真実を聞かされた時から、ずっと引っかかっていることが一つだけあった。
「父上、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何だ? もちろん構わないよ」
アスールは思い切って父親に対しずっと頭の隅から離れないその疑問をぶつけてみることにした。
「“ロートスの双子” の “小さな男の子” が僕なのは分かりました。でしたら、もう片方の “もっとずっと小さな女の子” は? その子はどうなってしまったのですか?」
「ん? 何を言っている?」
「えっ?」
アスールとカルロのやり取りをワインを片手に聞いていたフェルナンドが突然大声を上げて笑い出した。
「ローザに決まっとるじゃろ! アスール、お前さん何を惚けたことを言っておるんじゃ。あれはスサーナ、お前たちの産みの母親に瓜二つだ!」
「えっ? だって……」
アスールは混乱していた。
「アスールは自分とローザが双子のはずが無いと思ったんだよね? そもそも二人は年齢だって違うしね?」
シアンが助け船を出してくれた。
「そうです!」
「ああ、そう言うことか……。お前たちは生まれた時から、と言うよりは生まれる前から随分とその成長に差があったんだよ。私が最初にお前たちに会った時も、ローザはお前よりもかなり小さかった。まあ、双子とは総じてそういうものらしいが……。ロートスからクリスタリア迄の船旅でそれは更に顕著になった。端的に言えば、ここまで連れ帰る間の栄養状態が非常に悪かったということなのだが」
「私が初めて見たローザは、正直、命を繋げているのがやっとという状態だったわ。この子を助けるのは無理なのでは無いかと思ってしまうほどに……」
パトリシアは当時を思い出したようで、目には薄っすら涙が浮かんでいる。
「私は亡くなった第三王子の代わりにお前をクリスタリアの “第三王子アスール” として国民に発表した。ローザのその後の成長に大きな不安があったこともあるが、このタイミングで我が国に双子が誕生したとなれば、他国から余計な詮索を受けるかもしれない。当時はロートスからの情報も限られていたし、危険は出来るだけ排除すべきだとの考えからだ」
それが正しい選択だったのだろうとアスールにも容易に理解出来た。実際こうして今無事に生活していられるのがその証拠だろう。
「ローザの存在に関しては厳重に秘匿したよ。パトリシアやアナスタシアの他、極限られた者たちの懸命な看病の甲斐もあって、非常にゆっくりではあったが、ローザの成長をどうにか感じられるようになった時にはあの日から一年近くの月日が流れていた」
「それでローザは僕の一つ年下の妹になったのですね?」
「まあ、そう言うことだ」
「……ローザにも一年後にこの話をするのですか?」
カルロはアスールの問いに対し、しばらく考え込んでいるように見えた。それから意を決したかのように再び口を開いた。
「いや。あの子にはこの件に関して何も伝えるつもりは無い。少なくともローザが成人するまでは黙っているつもりだ。皆にもそのつもりいて欲しい」
アスール以外のその場に居た一同がカルロの提案を了承するかのように頷いた。
「あれは感情が全て表情に出るからな……。知らなければそれも防げる! 事実を知ろうと知るまいと何も変わらないのだからそれで良いじゃろ。もちろんお前もだぞ、アスール。お前は明日以降も儂等の大事な家族の一員である事に何ら変化は無い。分かっておるな?」
フェルナンドはアスールにいつもと変わらぬ笑顔を向けた。
ちょっとだけお酒が入っているせいか涙のせいなのか、フェルナンドの目が少しだけ赤いようにも思えたが、アスールは気付かない振りをした。
「力をつけろ、アスール。いつか不条理に奪われたお前のものを取り返すその日のために」
フェルナンドのその言葉がアスールの心に深く染み込んだ。
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