8 ロートス王国から来た二人
「うわー。ここって、こんな感じになってたんだね」
「留学生の為に必要な設備は全て整っているから、凄く快適に生活できるよ」
現在のここの住人の一人であるウェルナー・ルールダウに説明を受けながら、興奮気味のルシオがキョロキョロと周りを見回している。
「アスールたち、ここ、来たこと、初めて?」
「そうだね。留学生棟に入るのは初めてだよ!」
「僕たちが留学生と同じクラスになるのは、ゲオルグとウェルナー、君たちが初めてだからね」
アスールとゲオルグ・フォン・ギルデンが中庭のベンチで言葉を交わした翌日、約束通りアスール、ルシオ、レイフの三人は、ロートス王国から来ている留学生二人と昼食を共にした。
お互いに知らない国の話を聞くのは面白く、話は尽きない。短い昼食休憩の時間はあっという間に終わりを告げた。
ゲオルグが言っていた通り、ウェルナー・ルールダウの話すクリスタリア語はほとんど完璧と言って良いレベルで、多言語習得を卒業までの自分の目標としているらしいルシオの闘争心に火をつけたようだ。
昼休み程度では全然喋り足りなかったらしいルシオは、東寮に二人を招いてはどうかと言い出した。どうやらルシオは、以前、談話室で留学生を招いてお茶会をしている最上級生たちを見かけたことがあるらしいのだ。
寮へ戻ると、ルシオは意気揚々と東寮の管理人をしているマルコ・ガイスのところに交渉に向かった。
だが管理人から「先に学院からの許可を貰う必要がある」と言われ、ルシオはあっという間に管理人室から追い出されてしまったのだ。
そうこうしているうちに、アスールたちの方が、こうしてロートス王国の二人が滞在している留学生用の離れへと招かれた。
ー * ー * ー * ー
アスールとルシオとレイフの三人は、ここへ来る前に、前もって入念に打ち合わせをしていた。
ロースト王国から来たゲオルグ・フォン・ギルデンとウェルナー・ルールダウの二人が、どういった立場の人間か分からない以上、こちらから安易に多くの情報を流すことはできない。
二人が、というよりは、二人の家、ギルデン公爵家とルールダウ侯爵家の二家が、といった方が正しいだろうか。
つまり、数年後、もしくはそれまでに、どちらのレオンハルト・フォン・ロートスを支持する立場に立つのか、ということだ。
昨年の夏、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーはクリスタリア国の第二王子と共にクリスタリア王家の大型船に乗り、華々しくロートス王国への帰国を果たした。
その後すぐにヴィスマイヤー侯爵家の家督を相続。
更には、ハクブルム国の宰相を勤めるミュルリル侯爵家の令嬢と結婚。この時には普段離宮に滞在するロースト王国の王太后ヒルデグンデ・フォン・ロートスも非公式にではあるが祝いに駆けつけている。
エルンストはまるで瞬きでもするかのような短い間に、ハクブルム国のミュルリル侯爵家、クリスタリア王家、ロートス王国の王太后と、大きな後ろ盾を三つも得たことになる。
エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーは一気にロートス王国の貴族の最上位へと躍り出たのだ。
当然、これを面白くないと思う者も居る。
その筆頭はヴィスマイヤー侯爵家を我が物にしようと思っていた筈のエルンストの叔父のヘルフリート・フォン・ヴィスマイヤー。
それから、あのキール城襲撃事件の裏で全ての糸を引いていたであろうと思われる人物、現在第一王子のレオンハルトに代わり摂政を務める全権を握る、ザグマン侯爵その人だ。
もしもゲオルグとウェルナーの二人の家がザグマン侯爵を支持する立場にあるならば、子どもを通して急にエルンストの後ろ盾としてロートス国に関わり出したクリスタリア国の情報を得ようと考えている可能性は大いにあり得る。
とはいえ、エルンスト本人が、ゲオルグのクリスタリア語の家庭教師を自ら引き受けたのが事実であれば、おそらく二人の家はこちら側と考えても良いだろう。
ただ、どういう理由かは分からないが、カルロからもフェルナンドからもこの件に関してアスールは何の情報も得ていない。
アスールたちはロートス王国からの二人の留学生を自分たち自身の目でもって、慎重に見極めなければならないのだ。
ー * ー * ー * ー
「でもさ、こんな広い建物にウェルナーとゲオルグの二人きりなんて、ちょっと寂しくない?」
「僕たちはロースト王国から、僕たち二人だけで来たからね。それは仕方が無いよ」
王立学院の敷地内には、留学生用の離れが二棟ある。
ルシオが言うように離れはそれなりに立派な建物で部屋数も多いが、同じ建物内に複数の国からの留学生が同居することはない。
留学生が王族や高位貴族だった場合、留学生本人以外に、側仕えや料理人、場合によっては護衛騎士も同行して来ることがあるので、トラブルを避けるべく、国ごとに別の離れで暮らしているからだ。
「聞いた話だと “騎士コース” の二人の方は、こことは違って随分と大所帯らしいよ」
もう一つある離れを現在利用しているのは、ジング王国の第四王子とその従者の侯爵家の令息だ。彼ら二人は “騎士コース” に席を置いている。
その第四王子が従者以外にジング王国から連れて来たのは、側仕えを二人、数名の料理人、少なくない人数の護衛騎士、その他にも居るとか居ないとか。
あちらの離れは、こちらとは打って変わって手狭なくらい大勢の人が居るという話だ。
「そうみたいだね。まあ、僕たちと違って、あちらは王族だしね」
ウェルナーはそうはいうが、彼らだって侯爵家と公爵家のご令息である。
「ねえ、二人は食事はどうしているの? 料理人も国から連れて来ていないんだよね? まさか自分たちで用意してるとか?」
「それなら心配要らない。食事は学院の食堂の料理人が作って、きちんとここまで届けてくれているよ。お茶くらいだったら、自分たちでも用意できるしね」
それどころか、側仕えも使用人の一人も連れずとも異国で生活できる立派なご令息だ。
離れのダイニングにアスールたちを案内すると、ウェルナーが慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。
お茶菓子は、この日のためにダリオが用意してくれた焼き菓子が数種類。
五人は誰の目も気にせず、寛いだ雰囲気の中でお喋りを楽しんだ。
「アスールから聞いたのだけれど、君たちのクリスタリア語の先生はヴィスマイヤー侯なんだってね?」
「ゲオルグはそうだけど、僕は違うよ」
ルシオの質問に対して答えたのはウェルナーだ。
「僕はキール。ロートス王国の王都にある貴族の子が通う高等学院の授業で学んだんだ。ゲオルグは領地には高等学院は無かったから、キールに出て来てからヴィスマイヤー侯に個人的にクリスタリア語を習ったんだよね」
「そうだよ。でも、全然、時間足りなかった」
そういってゲオルグが項垂れている。
アスールからしてみれば、わずか半年でこれだけ話すことができるなら充分だと思うのだが、ゲオルグにとっては不満らしい。これだけ意欲的ならば、留学を終えて帰国する頃にはかなりの上達が見込めるだろう。
「ゲオルグがヴィスマイヤー侯から習ったのは、クリスタリア語だけなの?」
「そうだよ。先生、他にも何か教える?」
「アスールとローザちゃんは、ヴィスマイヤー侯から絵を習っていたよね」
「絵を?」
「ヴィスマイヤー侯は、絵も凄くお上手だよ! 他にも数ヶ国語を自由自在に操るし、各地を旅しているせいか知識は豊富だし、剣の腕前も素晴らしいって話だし。人柄も良い! 兎に角、凄い人なんだよ!」
ルシオがエルンストについて熱っぽく語る。
「ヴィスマイヤー侯は、当然お元気なんだよね?」
「もちろん! 夏の終わりに彼、父親、なるよ」
「「「本当に?」」」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。