7 いろいろとありそうな、なさそうな
夕食を食べようと食堂へレイフたちと並んで入って行くと、アスールはその日王宮から戻って来たばかりローザに後ろから呼び止められた。
ローザは真剣な顔付きで、夕食後にアスールと二人だけで談話室で話がしたいと言ってきた。
「成る程ね。了解! それじゃ来週になったら、姉上の新しい側仕えが学院に来るってことだね?」
新学期が始まる数日前、ベアトリスの側仕えのアニタが階段から転げ落ちて、足に酷い怪我を負ってしまった。
アニタは高齢の為、ベアトリスのダダイラ国への留学にも同行しなかった。
留学からベアトリスが戻り、王立学院で過ごす最終学年生としての一年間に限り、アニタは学院でベアトリスの側仕えとして復帰。
ベアトリスが学院を卒業するタイミングで、アニタは側仕えとしての職を完全に辞することが決まっている。
ローザの話によれば、アニタの足の怪我は思っていた以上に重症で、平らな場所を歩くのは兎も角、階段の上り下りができるまでに回復するのに相当な時間を要するらしい。
ローザやベアトリスが暮らす女子寮は二階。階段の上り下りは必須。つまりアニタの側仕え復帰はどう考えてもすぐには不可能ということになる。それで、このタイミングで側仕えが交代することになったようだ。
ローザはアスールにもこの件を伝えておくようにと、カルロから言付かって来たらしい。
「お父様のお話では、そうらしいですわ」
「誰が姉上の側仕えになるのか、ローザは聞いたの?」
「いいえ。お姉様はお父様から名前を知らされたようでしたが、私は伺っておりませんので……」
ローザがカルロからこの話を聞いた時には、その場にベアトリスは同席していなかったそうだ。
ローザはカルロから、もうしばらくの間ローザの側仕えのエマが、ローザとベアトリス二人分の世話をしなければならないので、そのつもりでいて欲しいと告げられたらしい。
それから、新しい側仕えとベアトリスの間に万が一にも問題が起きそうな場合は、すぐに王宮にホルクを送って伝えるようにと言われたそうだ。
「ホルクを送って? なんだかそれって、明らかに不穏な感じだよね? 父上は何か起きそうだって思っているってことでしょ?」
「やはりアス兄様も、そう思われますか?」
「うん。絶対に何か起きそう……」
「……ですよね。やはり、どなたがお姉様の側仕えとして学院に来られるのかを、私が聞いてくれば良かったのですよね……」
「まあ、聞いたところで、僕たちには結局何もできないと思うよ」
「確かにそうですけど……」
ローザは小さな溜息を吐いた。
「それより!」
ローザは急に何かを思い出したかのようにそう言ってから、慌てて自分の口を両手で押さえた。自分で思っていたよりも大きな声が出てしまったのだろう。
それからローザはそっと後ろを振り向いて、談話室で寛いでいる他の学生たちの様子を確認している。
アスールとローザの二人が座っているのは談話室の一番奥、王族とその友人だけが座ることの許されている少し他からは隔たったスペースだ。
その為、こちらが余程大きな声で話しているか、向こうが聞き耳を立ててでもいなければ、話している内容が聞こえるとは思えない。
それでもローザが周りを気にするということは、今から話そうとしているのは余程聞かれたくない内容なのだろう。
「アス兄様は、ジング王国からの留学生と、お話しをされたことはありますか?」
「それって、第四王子のこと? 入学式の日に挨拶をして、軽く自己紹介をした程度だよ。今日、ロートス王国から来ている二人のうちの片方とは友人になったけど、ジング王国の二人とはクラスも違うし、特に僕とは接点がないよ」
「そうですか……」
「何かあったの? あの二人なら、今日王宮へ、父上のところへ挨拶に行っている筈だよね?」
「はい。私もその席に居りました」
「やはり、何かあったんだね?」
「……はい。今日お城に挨拶にいらしたのは、留学生のお二人だけではなくて……」
ローザは小さな声で話し始めた。
「最初はちゃんと和やかなお茶会という感じだったのです。ですが、途中でお父様のところに急ぎの知らせが届いて……」
まるでジング王国の第四王子とその従者が挨拶に来るタイミングを計ったかのように、ジング王国の王の使者と名乗る者たちが、突然カルロに面会を求めて来たそうだ。
本来であれば、いくら他国の王の使者とはいえ、こんなふうに突然面会を求めてくることなどあり得ない。正式な書面等のやり取りをした上で、前もって会合の日程を調整するのが通例なのだから。
念の為第四王子に確認したところ、面会を求めて来た二人が本物のジング王国の人間だと分かり、カルロはその使者たちに同席を許可したそうだ。
その場には第四王子が留学生ということもあって、カルロとフェルナンドの他、学院生であるベアトリスとローザ、それから数人の王宮府関係者が同席していたらしい。
「それで、どうなったの?」
「その使者がジング王からの書簡をお父様に手渡しました。それを読んで、お父様はなんとも複雑な表情を浮かべて、こう仰ったのです『この件に関してはすぐに返答することはできない』と」
「それで?」
「その後お父様の返答を聞いたお祖父様が、すぐにその書簡を奪い取るようにして読まれて……。お祖父様はもの凄くお怒りになって、そのまま使者二人を王宮から追い返しました。というよりは、むしろ叩き出したといったという感じでした」
「ええっ。どういうこと?」
「その時は私も、何が起きているか全く分かりませんでした。兎に角、その場は凄く気不味い雰囲気になってしまって、すぐに留学生のお二人は学院へとお帰りになりました」
「まあ、そうだよね。そのまま和やかにお茶会を続けましょうとは……どう考えてもならないよね」
「ええ、そう思います」
ローザにも明らかにフェルナンドをこうまで不機嫌にした理由が、その書簡にあると分かったが、書かれていた内容に関しては聞いても教えて貰えなかったそうだ。
「ところで、あの話はどうなったの?」
「あの話、とは?」
「アニタが怪我をした原因を作ったハイレン侯爵家の……。名前、何だったっけ?」
「シャロン嬢のことですか?」
「そう、そんな名前だったね。何か進展はあった?」
「お父様とベアトリスお姉様とで、その件に関して長い時間お話し合いをされていたのは私も知っていますが、その内容に関しては分かりませんわ」
「そうなんだ。ルシオがかなり気にしているんだよね」
「そうですよね。マイラ様が大怪我をしていてもおかしくなかったのですもの。ルシオ様が気にかけるのは当然ですわ!」
「姉上は父上と話し合ったっていったよね? その姉上からは何も聞いていないの?」
「お姉様は先に学院へお戻りになってしまったので……」
「ああ、成る程ね」
今日の帰りの馬車も、ベアトリスは剣術クラブの練習に参加したいからといって、お茶会が終わるとローザを残して先に一人で学院へと戻ってしまったそうだ。
ローザはギリギリまで王宮で母のパトリシアに甘え、側仕えのエマと、レガリアと一緒に寮へ戻って来たらしい。
「そういえば、馬車に乗る前にお祖父様が『ジング王国の二人とは余計な接触はするな!』と仰っていました」
「そうなの?」
「話しかけられても適当に遇らうようにと。きっとあの書簡絡みですよね? どういうことでしょうね?」
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