4 四人の留学生
今年も王立学院では例年通り留学生を受け入れている。
以前フェルナンドから留学希望者は七人だと聞いていたが、入学式後に学院長が紹介した留学生は全部で四人。全員アスールと同じ第五学年生で、全員男子学生だった。
「ねえ、アスール。あの時フェルナンド様は、留学希望者は七人居て、その中に女の子も含まれているって話されていたよね?」
「ああ、確かにそうだね」
「なのに、なんで全員男なの?」
ルシオは不満気だ。
「可愛い女の子の留学希望者は、いったいどこに行っちゃったわけ?」
「さあ、留学を向こうが断ってきたか、こっちが断ったか、そのどっちかなんじゃないの? それにお祖父様は、可愛い子が来るとは一言も仰ってなかったと思うけど?」
「あれ? そうだった?」
今年の留学生は全部で四名。
二名がジング王国からの留学生で、そのうちの一人はジング王国の第四王子だと学院長は紹介していた。つまりもう一人の方が王子の従者ということだろう。この二人は、揃って “騎士コース” で学ぶらしい。
そして、残り二名の留学生は、なんとロートス王国の出身者だった。
「ねえ、アスール。フェルナンド様は何も仰っていなかったけど、あのロートス王国の二人のこと、陛下からも何も聞かされてはいないの?」
「特に何も」
「……そうなんだ」
ルシオが気にするのも無理はない。ロートス王国からの留学生は二人ともアスールたちのいる “分科コース” に在籍することになったのだ。
二人は、教室の一番前の中央の席に並んで座っている。
「留学生って、たいてい “騎士コース” に在籍するって話を聞いていたから、まさかこのクラスに留学生が来るなんて思ってもみなかったよ」
王立学院の授業は、当然だが全てクリスタリア語で行われている。その授業に参加しなくてはならないのだから、留学生の受け入れ基準は、授業に参加できる程度のクリスタリア語を習得しているということだ。
だが、実際にはすんなり授業についてこられるレベルのクリスタリア語を身につけた上で留学してくる者は殆どいないのが現状だ。
だから、過去に留学してきた学生たちは、剣術や馬術などの実技科目の多い “騎士コース” に在籍して、合間の時間にクリスタリア語の補習を受けていたそうだ。
多くの場合、留学を希望する学生の目的は自国以外での学生生活を経験することであって、専門科目の習得では無いということなのだろう。
「流石に “騎士コース” で四人全員の受け入れは無理だったから、半分は “分科コース” で受け入れることになったんじゃないの?」
「……そうなのかもね」
新学期が始まって数日。ロートス王国から来た留学生二人は、既に数年学んだゲルダー語の実力を試してみたいとか、純粋に留学生に興味があるらしいクラスメイトたちに、休み時間の度に取り囲まれている。
敢えて話しかけるつもりが無いわけではないのだが、教室の一番後ろに陣取っているアスールたちは、積極的に輪の中に割って入って行くつもりもなく、なかなか話しかけるタイミングを計れずにいる。
先生の都合で、午後の最初の授業が急に自習になった。
課題のプリントが数枚配られたが、それ程時間を要するものでもなかったため、しばらくすると課題を終わらせた者たちの喋り声が教室のあちこちから聞こえ始めた。
ロートス王国の二人もどうやら無事に課題を終えられたようで、振り向いて、すぐ後ろの席のクラスメイトたちと何やら喋り始めたのが見える。
アスールは、そんな彼らを観察することにした。
前の方の人集りから漏れ聞こえて来る話からすると、ロートス王国から来ている二人は、どうやら従兄弟同士だそうだ。
そう言われて見れば、確かに二人は似ているかもしれない。
アスールは初めて教室でロートス王国の二人を見た時から、なんとなく懐かしいような気がしてならないのだ。もしかすると、どことなく二人がアーニー先生に似ているからかもしれない。
アーニー先生もそうだったが、二人ともすらりと背が高く、とても色白だ。
「ロートス王国の人たちって、皆、あんな感じなのかなぁ……」
「えっ?」
アスールの呟きに、ルシオが不思議そうな顔をした。
「あの二人を見ていると、アーニー先生を思い出すんだよね……」
「アーニー先生? ああ、ヴィスマイヤー卿のことか! 似てる? そうかな? うーん。確かに三人とも背が高くて、痩せていて、色白で、まあまあ美形だよね」
「それが、ロートス王国の人の特徴なのかもしれないね」
レイフが言った。
「アスールも最近急激に背が伸びてきたし、痩せているし、色白だよね」
「レイフ! まあまあ美形が抜けてるよ!」
「ぶはっ。まあまあ? よく見てよ、ルシオ。アスールは結構な美形だよ!」
「あっ、本当だ! よく見るとアスールはかなりの美形だった!」
「なんだよ、二人とも!」
ルシオとレイフのどうでも良いやり取りに、思わず三人は声を上げて笑い出した。
その笑い声に反応するように、ロートス王国からの留学生たちの視線がアスールたちに向けられた。留学生の一人とアスールの目が合った。
(うわっ。じっと見ていたの、気付かれたよね……。取り敢えず、笑顔で誤魔化せ!)
「アスール、なんでそんなにニヤニヤしてるの?」
ルシオが笑いながらアスールの肩を叩いた。
「別にニヤニヤなんてしてないよ!」
「そう? まあ良いけどね」
ー * ー * ー * ー
「アス兄様!」
「ああ、ローザ」
寮へ戻ると、アスールは玄関ホールでローザと出くわした。
「今週末なのですけど、アス兄様は王宮へはお戻りになれませんよね?」
「そうだね。しばらくはずっと寮に居ることになると思うけど」
「……ですよね」
ピイリアが抱卵中なので、アスールは当分の間、寮にピイリアを残して自分だけ王宮へ戻ることはできないのだ。
「何か問題でもあるの?」
「実は、週末にジング王国からの留学生が王宮へ挨拶に来ることになっていると、お父様からベアトリスお姉様のところに連絡があったのです。それで、ベアトリスお姉様は必ず戻って来るようにと書かれていたようで……」
「へぇ、そうなんだ」
「お姉様は、できれば寮に残りたいらしくて……」
「剣術クラブの練習もあるしね」
「……ああ、そうですね。それもありますね」
おそらく、留学生が挨拶に来るから戻って来るようにというのは口実に違いない。カルロは入学式の二日前に起きた事故についてを確認するために、ベアトリスを呼び戻したいのだ。
まあ、カルロがというよりは、エルダがベアトリスを王宮に呼び戻したいのだろう。
ベアトリスが王宮に戻りたくない理由は確実にこれだ。
「僕がしばらく寮を離れられないのは、父上もお祖父様もご存じの筈だよ」
「ええ、そうですよね」
もちろん頼めば、週末くらいならダリオかルシオのどちらかが寮に残ってピイリアの面倒をみてくれるとは思うが、アスールにその気は全く無い。
まして、ベアトリスの問題に首を突っ込むことになるのだけはご免被りたい。とはいっても、毎回毎回最終的にはアスールは必ずといって良いほど巻き込まれているのだが……。
「ジング王国のお二人と同じクラスなのはベアトリス姉上だけだし、今回は僕が戻らなくても支障はないと思うよ。それより、ローザはゆっくりしておいでよ」
「はい、そのつもりです」
ピイリアの雛が無事に孵れば、今度は雛の世話をするために、ローザが寮を離れられなくなるなるだろう。
「そうだ! ローザに頼みたいことがあるんだけど良いかな?」
「なんでしょう?」
「荷物を届けて欲しいんだ」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。