26 アナスタシア・フォン・ヴィスマイヤーの回想(2)
次に私が意識を取り戻した時、何故か私は知らない部屋のベッドの上に寝かされていました。
はじめは気のせいかとも思いましたが、なんだか部屋全体が揺れているような気がするのです。どうやらそこは船室のようでした。
恐ろしい事に、その部屋の何処にもお子様たちは見当たりません。
私はベッドから起き上がり、とにかくお子様たちを探さなくてはと思い扉を目指しました。ですが、発熱のため思うように動けず、船が揺れたと同時に倒れ込んでしまったのです。
その音を聞きつけられたのでしょう、慌てた様子で部屋に飛び込んで来られたのはバルマー伯爵でした。
「ああ、気が付かれたのですね」
「はい。あの……私の赤ちゃんは……」
「三日程高熱が続き貴女の意識が戻らなかったので、二人は私どもが預かってちゃんとお世話をしております。どうぞご安心下さい」
「ありがとう存じます。それで、あの、失礼ですが、この船は……」
私がなんとなく言葉を濁すと、バルマー伯爵はきちんと順を追って説明して下さいました。
私たちを助けて下さったのがクリスタリア王家の方だったことを知り、私は驚きとともに神の深い愛を感じずにはいられませんでした。
「いろいろ聞きたいことがあるとは思いますが、まずは貴女自身の体調を整えることが大事です。熱が下がり、落ち着いた頃に我が主とも話が出来るでしょう」
「……はい」
私が再び王子殿下と姫様のお顔を確認することが出来たのは、船がクリスタリアに到着する前の日でした。
カルロ王太子殿下の船室に呼ばれたのです。
王太子殿下の船室には殿下の他に、バルマー伯爵とディールス侯爵のお二人がいらっしゃいました。
「顔色も良くなりましたね。傷は痛みませんか?」
「大丈夫です。すっかりお世話になりましたこと感謝しております」
初めてお顔を拝見したカルロ王太子殿下は、従兄弟ということもあってやはりどことなくスサーナ様と似ておられ、私はスサーナ様と、それからあの日の惨状を思い出し、どうにも感情を抑えることが出来ずに泣き出してしまいました。
「申し訳ありません……」
「構いませんよ」
王太子殿下はバルマー伯爵に王子を私に見せるようにと仰って下さり、伯爵が抱っこして王子殿下を私のところまで連れて来て下さいました。
お元気そうなご様子の王子殿下のお顔を再び見ることが叶って、私は本当に安心致しました。
「王女の方はあまり容態が芳しくないので別の部屋で寝かしている。部屋へ戻る前に顔を見に寄ると良い」
「ありがとう存じます。そうさせて頂きます」
「では本題に移ろう。フレド」
「はい。では、ここからは私から。私共も、あの日あの国で何があったのか正確なことが分からないままキールを出航せざるを得ず、正直かなり戸惑っています。分かる範囲で構わないので、お辛いとは思いますが、是非貴女の知る事実を話して頂きたいのです」
私は私の知る限りの全てをお話致しました。
王太子殿下も伯爵も侯爵も、その余りにも悍ましい事実を受け入れ兼ねているご様子でした。
「アナスタシア殿の話を聞く限りでは、賊は赤ん坊の命をも狙っていたことになる。もしくは、二人の身柄を強引にでも確保しようとしていたかのどちらかだろう。……だとすれば、子どもたちが我々の手元に居るという事実は誰にも知られない方が良いのだろうな」
「そのようですね」
「貴女には不自由をかけるが、先ずはロートスの現状を探らねばならない。しばらくの間、我が国に留まってもらうことになるが、よろしいか?」
「理解致しております。お世話になります」
そしてその後私は名をアナスタシア・フォン・ヴィスマイヤーから唯のアンナに変え、この国で暮らすことになりました。
ー * ー * ー * ー
全てを話し終えると、アンナは席を立ち、アスールの前に跪いてそっとアスールの手を取った。
「殿下と姫様に私の知る真実をずっと何年も黙っていたこと、本当に心苦しく……申し訳なく思っております。それから、スサーナ様のことも……」
アンナの手も声も震えていた。
「決して貴女のせいではありません。どうか謝らないで下さい。僕と、それから僕の大切な妹を王宮から救い出してくれた事、心から感謝しています」
俯いたアンナが泣いているのが分かった。
「この件に関しては、今ここにいる者の他は極々限られた者しか知らぬ。秘密というものは知る者が多くなればそれだけ秘密ではなくなるからだ。この国に於いてこの真実を知るのは、お前の生みの母であるスサーナの実家であるスアレス公爵家の者たち。先代公爵の故ロベルト公、現公爵ニコラス、その夫人のベラ」
「2年前にこの世を去ったロベルト。あれがお前の本当の祖父だ。お前とローザをものすごく可愛がっておった……。覚えておるだろ?」
フェルナンドが優しい口調でアスールに語りかける。ロベルトは先王フェルナンドの弟で、兄とは違って物腰が柔らかく、余り目立つことを好まなかった。
だが其の実、政治的な面では影から兄王をずっと支えており『クリスタリアの良心』と呼ばれていたほどの人物だ。
「はい」
公爵家に遊びに行く度に自分と妹を非常に可愛がってくれたその人をアスールは思い出していた。
急に熱いものがまた込み上げて来るのを感じたが、皆の視線が自分に集まっているのを知っているアスールはそれをぐっと堪えた。
「それから、お前の乳母をしてくれていたダリレイ子爵夫人のマリア。彼女はイズマエルの妹だ。子爵にはこの件は伝えていない。それから王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵。最後の一人はローザの養育係のエマ 。彼女がフレドの姉なのは知っているな?」
「はい」
「ああ、後二人いたな。家を捨てたと言っていたが、元公爵家長女のリリアナ・オルケーノ。彼女はお前の伯母だ。それからその夫のマルコス・オルケーノ。以上だ」
誰も口を開かなかった。重たい空気が部屋を支配する。
「そうだな。ここからは家族の話になるな。お前たちは退出して良いぞ」
カルロが側近たちを促す。
「では、我々は失礼致しましょう」
バルマー伯爵が声をかけると、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー、アーニー先生はすぐさま席を立った。
ディールス侯爵が俯いたままソファーに座っているアンナ夫人を支え、四人は静かに部屋を出て行った。
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