59 東の鉱山にある泉へ(1)
「へぇ、それでアスールは、ルーレン殿下に怪我のことや治療方法を直接聞いたんだね?」
「いろいろと周りに気を遣ってしまうアスールにしては、驚きの行動力だね。凄いじゃない!」
「ねえ、ルシオ。それって、褒めてくれているの? それとも馬鹿にしている?」
「まさか! 最大級の賛辞だよ」
「それで? どんな話が聞けたんだい?」
アスールはまずはルーレンから直接聞いた、ガルージオン国の王位継承問題に端を発すると思われる馬車襲撃事件の詳細と、その時に亡くなったルーレンの兄のこと、ルーレンの怪我についてをルシオとレイフに話した。
二人はルーレンと直接の面識は無かったが、王宮で車椅子に乗り移動している彼を何度か見かけている。
「まさか、兄弟間で、そんな酷いことが?」
「信じられないよね? 僕も話を聞いた時は、自分の耳を疑ったよ……」
「そんな酷い怪我が、薬湯に浸かることで治るの?」
「ルーレン殿下は、そう信じているみたいだった。……と、いうよりは、信じたいのかもしれないよね」
「薬湯と温泉は、また別だよね?」
「どうなんだろう。アレン先生は、温泉の効果とかも調べることができるのかなあ?」
「行ってみて、相談するしかないよね」
「そうだね」
「ルーレン殿下から聞かせてもらった話が、僕たち三人の共同研究の役にたつと良いね!」
「そろそろ出発するぞ! 馬車に乗り込め!」
ー * ー * ー * ー
早朝に王都ヴィスタルを出発し、途中馬を交代させながら二台の馬車は目的地を目指した。順調に距離を稼ぎ、日が傾き出した頃、手頃な草原で野営することが決まった。
アスールとルシオとレイフの三人は、東の鉱山へ向かう馬車の中に並んで寝転がっている。
フェルナンドは野営をすると言っていたが、その “野営” は、アスールたちが想像していたものとは少し異なっていた。
てっきり星空の下、地面に敷物を敷いて寝袋にくるまって寝るのかと思っていたが、実際には三人はこうして馬車の中に並んでいた。
寝袋には入っているが、馬車の中は思いの外暖かく、意外な程快適だ。
アスールの奥では、フェルナンドが大きな鼾をかきながらグッスリと眠っている。
「護衛の人たちは、順番に焚き火の番をしながら周囲の警戒にあたってくれているんだよね?」
「そうらしい。僕たち三人以外の全員で時間を決めて二人ずつで交代するって話をしていたよ」
「もしかしてフェルナンド様も?」
「そうだよ。ダリオもね」
「えっ、どうして? ダリオさんもなの?」
ダリオのことを “焼き菓子作りが趣味の側仕え” としか思っていないレイフの、戸惑った様子がなんとも面白い。
「ああ見えて、ダリオは凄いんだよ。“鬼の師団長” って通り名で恐れられていた時代があるんだから」
「何なの、それ?」
「あれ? レイフは知らないんだっけ? ダリオさんの凄い武勇伝を。ああ、そうか。あれは秘匿事項だったよね……」
「何? 何の話?」
アスールとルシオは、第二学年の秋に起こったピイリアの盗難未遂事件のあらましをレイフに話して聞かせた。
「そんなことがあったんだ……」
「主犯のルロイ・ドリハンがホルク飼育室に勤務する教師だった上に、侯爵家の関係者だったこともあって、東寮では緘口令が敷かれたんだよ」
「そうそう! あれは、ちょっとしたパニックだったよね。だってさ、アスールの部屋の扉が半分廊下に吹き飛ばされていたんだから」
「扉が半分? ルシオ、それって冗談だよね?」
「冗談? まさか! 事実だよ。目撃者もいっぱい居るよ。ダリオさんは風魔法で、犯人を扉ごと吹き飛ばしたんだから!」
「……信じられない。あの温厚そうなダリオさんが?」
「人は見かけによらぬものって、まさにあの人のことだよね」
「そうだよね。僕もはじめて聞いた時は驚いたよ。まさかあのダリオが、元第二騎士団の師団長だったなんてね」
今東の鉱山に向かっているこのメンバーも、アスールたち三人の学生を除けば、改めて考えてみると凄い人選なのだ。
“金獅子王” と呼ばれ、他国からも恐れられていた先王フェルナンド・クリスタリア。
“鬼の師団長” の異名を持ち、未だ簡単に複数の窃盗犯を一人で制圧することが可能な強力な風魔法の遣い手ダリオ・モンテス。
公爵家の跡取りを誘拐しようとした襲撃犯から御曹司を守り切り、大怪我を負い騎士の職を辞したものの、当時の国王フェルナンドから男爵位を賜ったディエゴ・ガラン。
他に四人の護衛騎士も同行しているが、戦力的には先述の三人の足元にも及ばないだろう。
はっきり言ってしまえば、護衛の任務というよりは寧ろ、少しでも早く現地へ到着するために、馬車を引く交代用の馬を運ぶ任務を遂行する人間が四人必要だったのだ。
もう一台の馬車の中でそんなダリオとディエゴと共に交代しながら眠ることになった護衛の騎士たちは、はたしてグッスリと眠れるのだろうか?
まあ、若い騎士たちは、特に高齢なダリオの現在の腕前など、知る由もないかもしれないが。
翌朝三人が目を覚ますと、交代で寝ずの番をしながら守った焚き火を使ってダリオが朝食を用意してくれていた。
四人の護衛騎士たちも、慣れた様子でダリオを手伝っている。
「驚いているみたいですね」
話しかけてきたのはディエゴ・ガランだった。
「騎士たちは野営をすることにも慣れていますからね。ダリオさんまでとはいかなくても、ある程度皆簡単な料理ならできますよ」
「じゃあ、ディエゴさんも?」
「そりゃあ、もちろん! とは言っても、本当は、随分と長いこと料理なんてしていませんけどね」
ー * ー * ー * ー
翌日の昼過ぎ。アスールたちを乗せた馬車は街道を大きく外れて、本当にこの道で合っているのか不安になるような細い荒れた道を進んでいた。
「後どのくらいこんなデコボコ道が続くんだろう……」
「……お尻が痛くなってきたよ」
「なんじゃ、情けないのぉ。もう間もなく到着だと思うぞ」
フェルナンドはもう随分前にも同じ台詞を言っているが、一向に目的地は見えて来ない。
「はぁ。良いなあ、チビ助とピイリアは」
ルシオがそう言いながら、馬車の覆いを捲って空を見上げている。
小道に入ってから余りにも揺れが酷くなったのを機に、それまでずっと静かに鳥籠の中にいたピイリアとチビ助の二羽が騒ぎ出した。
仕方なく、アスールとルシオは二羽のホルクを空に放ったのだ。
「あれっ? アスール。ピイリアが居ないんだけど……」
「えっ。どういうこと?」
「チビ助はこの馬車の上空を飛んでいるけど、ピイリアはどこにも居ないよ」
ルシオにそう言われ、アスールも覆いを捲って空を見上げた。確かに上空にはチビ助の姿しかない。上空とは言っても、左右の森の木々に邪魔されてはっきりと確認できるのは空の一部分だけだ。
「その辺におるじゃろ。心配せんでも」
「……そうですね」
アスールは覆いをおろした。
「あの、お祖父様。一つ気になっていることがあるのですが、お聞きしても宜しいですか?」
「ん? なんじゃ?」
「今向かっている場所に名前は無いのですか?」
「名前?」
「はい。毎回 “東の鉱山の近くの泉” とか “例の泉” とか呼んでいますけど……」
「ああ。この辺りには町も無いし、王家の直轄地じゃが、地名は定められておらんな」
「……やっぱり。ですが、地名が決まっていないと、今後、この場所を呼び難くないですか?」
「まあ、言われてみれば、そうかもしれんな」
「フェルナンド様! だったら、僕たちで名付けましょうか?」
「ルシオ、それは流石に駄目だと思うよ」
「えっ、そうかなあ」
馬車の中が陽気な笑い声で包まれた。
そうしているうちに、馬車のスピードが落ちたのか揺れが小さくなり、やがて馬車は止まった。外から聞き慣れた声が聞こえて来る。
「「「「アレン先生の声だ!」」」
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