57 ドミニクとザーリアの結婚の儀
いろいろあったが、クリスタリア国第一王子のドミニク・クリスタリアと、ガルージオン国第十二王女ザーリア・ガルージオンの結婚の儀は無事に終わった。
ザーリアはこれで、晴れてザーリア・クリスタリアとなったのだ。
ヴィスタルの街はここ数日お祝いムードに包まれている。
昨日、王宮の聖堂で厳かに執り行われた儀式には、第一王子の結婚の儀ということもあってか、国内外から多くの貴族が訪れた。
ザーリアは前回の婚約式の時とは打って変わって真っ白のトレーンドレスを着て儀式に臨んだ。
「ザーリアお姉様、凄く素敵です!」
「ありがとう。ローザちゃん。貴女にそう言って貰えると、本当に嬉しいわ」
結婚の儀の数日前になって、ザーリアの祖国ガルージオン国からは数人の貴族がやって来た。
だが、ザーリア側の親族は、しばらく前からヴィスタルの王宮に滞在しているザーリアの実兄のルーレン・ガルージオンただ一人。
父親である国王は兎も角、母親である第七夫人だけは、もしかしたらクリスタリア国への訪問を許可されるのではないかと、ザーリアは半ば諦めつつも、ほんの少しは期待していたに違いない。
ザーリア国からやって来た貴族の手から、その母親からの祝いの品と手紙を渡された時のザーリアの落胆振りは、見ていて気の毒になる程だった。
聖堂の中央の通路を、ドミニクと並んで長いトレーンを引きずりながらゆっくりと歩くザーリアの姿は本当に美しかった。
聖堂での儀式が終わると、いつものように王家の面々が揃って、バルコニーに立つ。車椅子のルーレンも笑顔で並んだ。
今回は婚約式の時以上に、城の前庭には二人の結婚を祝うヴィスタル市民が押し寄せている。ドミニクとザーリアが手を振る度に大きな歓声が上がる。
一回目の “顔見せ” が終わると、ドミニクとザーリアはヴィスタルの街へと馬車で繰り出して行った。ランドーの四輪馬車に仲良く寄り添って座る二人を一目見ようと、多くのヴィスタル市民が街頭で馬車の通過を待っていたらしい。
屋根の外された馬車はゆっくりゆっくりと観衆の中を進んだと聞く。
今までの婚約式の時と同様に、カルロから集まった市民たちへの振る舞いが用意された。今回は結婚の儀当日だけではなく、王からの振る舞いは三日間続く。
ー * ー * ー * ー
「大丈夫ですか? 姫様」
「……なんとか。でも、ちょっと疲れました」
三回目のバルコニーでの “顔見せ” が終わると、未成人のアスールとローザの二人はお役御免となり、使用人たちに付き添われて東翼へと戻って来た。
ローザは側仕えのエマにティアラを外してもらっているところだ。
アスールもローザも、今回は上から下まで一部の隙なく仕立て上げられた特別な衣装を着ている。王家の一員として、どこで誰に見られても恥ずかしくない、完璧なクリスタリア王家の伝統的な装いなのだと聞かされた。
アスールとしてはそれ程気にならなかったが、確かにローザがぐったりと疲れている。
「ローザ、大丈夫?」
「お気遣いありがとう存じます、アス兄様。今日のドレス。なんだか、とっても、重いのです……」
「ドレスが重いの?」
「……はい」
ティアラを外し終えたローザは、やはり夕食前に別の衣装に着替え直すと言って、エマに支えられるようにしてヨロヨロと退出して行った。
「本日ローザ様が御召しのドレスは、生地が今時の物とは違って、少し特殊な織りなのです。生地自体に厚みもありますし、ドレープを多用したデザインな上、刺繍や縫い付けられたビーズの量ももとても多いので尚更重いと御感じになられたのでしょうね」
「……そうなんだ」
アスールの側仕えのダリオはさらりと説明した。
(ダリオって、女性用のドレスの素材やデザインにまで詳しいんだ……。吃驚だよ)
確かにダリオにそう言われたので、今更ながら自分の着ている服をよく見てみると、凝った刺繍が至るところに施されている。
「お待たせ致しました、アス兄様!」
着替えを終えたローザが、さっきまでのぐったりした様子が嘘だったかのように、軽い足取りで戻って来た。鼻歌混じりで、なんなら踊り出しそうな勢いだ。
「姫様、もう少しお淑やかにお歩き下さいませ!」
ローザの後ろでエマが渋い顔をしている。
「だって、すっごく気分が良いんですもの! それに誰にも見られていないわよ!」
「もう小さな子どもでは無いのですよ」
「でも、まだ未成人だわ!」
「はぁ。こんな時ばかり……」
エマが大きな溜息を吐く。
「では、そろそろ御食事になさいますか?」
ダリオが何事も無かったかのように提案する。
「はい。そうしましょう!」
結婚の儀のこの日。夕食はアスールとローザの二人きりだった。少なくとも三日間は祝いの正餐会や晩餐会、舞踏会が続くので、その間はこうして二人だけで食事をとることになるだろう。
「アス兄様が成人されていなくて幸いでしたわ。私一人だったら、どう考えても耐えられないもの」
「……ローザはいちいち大袈裟なんだよ」
「そんなことありません! ヴィオレータお姉、じゃなかった。ベアトリスお姉様も以前は『公式な場は面倒だから、適当に切り上げて来るわ』なんて仰っていたのに、最近はちゃんと公式行事に最後まで出席されていますよね?」
「ああ。言われてみれば……。そうかもしれないね」
ダダイラ国への留学から戻ったベアトリスは、なんだか醸し出す雰囲気が少し丸くなった気がする、とアスールは最近思っている。
とは言っても、同じ王宮で暮らしていても、東翼に暮らすアスールは、自ら行動を起こさなければ、西翼で暮らす人たちと顔を合わせることは殆ど無いのだが。
「最近ベアトリスお姉様は、よくルーレン様と中庭をお散歩されていますよ」
「そうなの? 知らなかった」
「アス兄様は、図書室以外の場所に足をお運びになりませんものね」
ローザの話では、中庭でルーレンの乗る車椅子を押すベアトリスの姿が、頻繁に目撃されているらしい。
ザーリアの兄のルーレンは、既にこの王宮に三週間以上滞在している。
カルロが用意した一階の部屋などで、ガルージオンの兄妹二人で仲睦まじく過ごしていたようだが、ザーリアが結婚の儀の準備や支度に追われるようになると、ルーレンが一人で時間を持て余すようになってしまった。
そこで、妹ザーリアの代わりに義理の妹になるベアトリスが、ルーレンの話し相手になっていたようだ。
「ルーレン様は、ガルージオン国の学校で “兵法” を学ばれたそうですよ」
「そうなの?」
今日ローザから聞かされる話は、アスールにとって知らない話ばかりだ。指摘された通り、図書室通いしかしないアスールよりも、ローザがの方が余程この城の情報通だ……。
「きっとベアトリスお姉様とお話が合うのでしょうね」
「……そうかもね」
ルーレン・ガルージオンは三の月の初めにはガルージオン国へ戻ると聞いている。
アスールはルーレンが戻る前に、以前ザーリアから聞いたガルージオン国にあるという療養のための施設について話を聞いてみたいと思っていた。
今後の共同研究を進める上でも、薬湯や高温の蒸気で満たされた部屋がどういったものなのかを知りたいのだ。
ただ、歩く機能を失ったルーレンに対して、不躾な質問をすることになるのでは無いかと躊躇う気持ちもあって、なかなか聞けないでいる。
「ベアトリス姉上と中庭で……。か」
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