56 ザーリアとルーレン・ガルージオン
ザーリア・ガルージオンの兄がやって来た。
ルーレン・ガルージオン。ガルージオン国第十六王子。ガルージオン国王の第七夫人の次男で、ザーリアの同腹の兄にあたる。
「ルーレンお兄様!」
「ザーリア。元気そうだね。また会えて嬉しいよ」
ルーレンが足が不自由だということに関しては、冬の宴の後で夕食を共にした時にザーリアから予め聞かされてはいたが、アスールは「事故で怪我を負った」という程度の情報しか持っていない。
ザーリアの様子からして、それが唯の事故とも思えなかったが、あの時はそれ以上話を続けられる雰囲気では無く、気にはなるものの、そのまま詳しい話を聞けないままでいた。
アスールがザーリアと顔を合わせるのは、あの日以来だ。
実際に目の当たりにしてみて初めて、足が悪いというのがどういうことなのかをアスールは理解した。
ルーレンは自力で馬車から降りることはできず、従者に抱えられて馬車から降ろしてもらっていたのだ。
ザーリアの侍女としてガルージオン国から共にやって来たマーラ・ガインが、皆から少し離れた場所に立って、目に涙を浮かべながら降りて来るルーレンを見つめている。
マーラにとっては、ルーレンもザーリアと同じくらい大切な甥っ子なのだ。
「出迎え感謝します。ガルージオン国第十六王子、ルーレン・ガルージオンです」
「ヴィスタルへようこそ。クリスタリア国第一王子のドミニク・クリスタリアです」
ザーリア・ガルージオンの実兄と、未来の夫は、互いに満面の笑みを浮かべがっちりと握手を交わした。
「ここは寒いですし、弟たちの紹介は後回しにして、取り敢えず城の中に入りましょう」
ルーレン・ガルージオンは、両側に大きな車輪が取り付けられたしっかりとした作りの椅子に座っている。
その椅子の背の部分には持ち手が付いている。従者の男がその持ち手を握り、後ろからその椅子を押すと、アスールたちの目の前で、思いの外その椅子は廊下を滑らかに進みはじめた。
「とても良くできているね」
「えっ?」
「ほら、あの椅子だよ。座り心地も良さそうだし、動きも悪くない。どういう仕組みだろうか」
魔導具好きのギルベルトが、ルーレンの座る椅子に興味を示している。
「あれは “車椅子” と言うそうですよ」
「車椅子?」
「はい。ザーリアお姉様が前に教えて下さいました。それに、あの椅子は魔導具ではありませんよ、ギルベルトお兄様」
ローザが小さな声でそう言った。
この王宮で、ザーリアと一番仲が良いのはおそらくローザだろう。ローザとザーリアは定期的にお互いの部屋を行き来しているようだ。
アスールと同様、ローザもあの夕食の時までザーリアの兄の足の話は全く知らなかった筈。
だがローザは、ルーレン・ガルージオンが “車椅子” というものを利用していることを、この短期間でザーリアからしっかりと聞きだし、そのことをカルロとパトリシアに報告したと思われる。
それを踏まえてカルロは、ルーレンとザーリア兄妹の為に王宮の一階部分に、彼ら用の部屋を用意した。この件に関しては、素晴らしい連携と手際の良さだと認めざるを得ない。
「いつもの謁見の間を、今回に限って使わないのはどうしてかなと思ってたけど、そういうことだったんだね。流石に車椅子で階段の上り下りは難しいか。それにしてもあの椅子は素晴らしい!」
ギルベルトが呟いた。
普段他国からの賓客などを迎える時に使用する王宮の謁見の間は、大理石で造られた豪華で長い大階段を上がった二階にあるのだ。
今回はそこを使用せずに、代わりにセレモニーの間で謁見が行われる。
ガルージオン国第十六王子ルーレン・ガルージオンを乗せた車椅子は、そのままカルロたち王家の面々が待ち構えているセレモニーの間へと入って行った。
「ザーリアの兄、ガルージオン国第十六王子ルーレン・ガルージオンです。この度はお招きありがとうございます。それから、私に対し格別なるご配慮を頂きまして、心より感謝申し上げます」
ルーレンは、よく通る感じの良い声で挨拶をした。
ルーレン・ガルージオンは(車椅子に座っている為断言はできないが)立てばスラリと長身に違いない。室内に居る時間が長いせいだろう、とても色白だ。
温かい印象を受ける茶色の髪と琥珀色の瞳は、妹のザーリアととてもよく似ていて、ああして横に並んでいると、誰が見てもすぐに兄妹だと分かる。
ルーレンとザーリアは時々互いの顔を見てはニッコリと微笑み合っている。兄妹の仲はとても良さそうだ。
そのルーレンだが、同じザーリアの兄でも婚約式の時にこの国にやって来た第二王子のバルワン・ガルージオンとは随分と雰囲気が違う。
バルワンは黒髪で、背も然程高くなく、どちらかといえば筋肉質で逞しい身体付きだった。
その上、口を開けば自慢話をするか、周りを不快な気分にしていることにさえ気付かずに妹のザーリアを貶めるような言葉を発していた。
正直、ザーリアや、ガルージオン国から嫁いで来たエルダには大変申し訳ないが、バルワンの言動のせいで、アスールはガルージオン国の王族に対して良いイメージが全く無かったのだ。
だがルーレンという人物は、馬車を降りてからのほんの短い時間で、アスールの中のガルージオン王家に対する悪いイメージを充分に払拭させた。
母親が違うということは、こんなにも人間の中身にも、見た目にも、大きく差が出るものなのだろうか?
アスールはすぐ横に立っているギルベルトと自分が、似ているのか似ていないのかが気になって仕方がなかった。
(母親どころか、僕とギルベルト兄上とでは父親も違うもんな……。でも、僕と兄上と同じ条件のローザとアリシア姉上は、ヴィオレータ姉上よりもずっと見た目も性格も似ている気もするし……)
「アス兄様。どうかされましたか?」
「ん? ああ、なんでも無いよ」
ー * ー * ー * ー
「結婚の儀まで、後三週間程ですね」
「そうだね。きっとあっという間だよ」
ルーレンの謁見が無事に終わると、アスールとローザはパトリシアと三人で東翼へと戻り、ダイニングルームで寛ぎながらお茶を飲んでいた。
「アス兄様は、最近なんだか楽しそうですね」
「えっ?」
ローザが意味あり気な顔でアスールを見ている。
「そう思いますよね、お母様?」
「ふふふ。そうね、そうかもしれないわね」
「……そうでしょうか?」
アスールは首を捻った。
「アス兄様は、ルシオ様とレイフ兄様と三人で共同研究をされるのでしょう?」
「えっ、なんだ。ローザ、共同研究のこと知っていたの?」
「はい。お祖父様から教えて頂きました」
(やっぱりお祖父様か……)
孫娘に甘過ぎる祖父は、なんでもローザに喋ってしまうらしい。
「ドミニクお兄様たちの結婚の儀が全て済んで落ち着いたら、お祖父様にその泉の視察に連れて行って頂けるのでしょう?」
「えっ! ちょっと待って! 今、ローザ、お祖父様に連れて行って頂けるって言った?」
「はい。言いました。……何か、間違っていましたか?」
聞き間違いで無ければ、アスールたち三人がフェルナンドの視察に連れて行って貰えることになっているのか? フェルナンドがアスールたちに付いて来るのではなく?
「まあ、どっちでも良いか」
少なくとも、長期休暇中に例の温泉のある場所にアスールたち三人と行くということは、フェルナンドの中で決定事項のようだ。
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