55 研究者アレン・ジルダニア(2)
アレン・ジルダニアの研究部屋訪問から数日後、東の鉱山近くで見つかった泉を詳しく調査するため、五人の専門家が現地へと派遣されることが決まった。
アスールたちの推薦もあって、アレン・ジルダニアはそのうちの一人に選ばれた。
ただし、見つかった泉の周辺は普段は人が足を踏み入れることも無かった場所なので、まずは泉までの道を整備し、当面寝泊まりができる小屋を建てる必要がある。
アレンたち五人の専門家たちの出発は、当然そういった準備が全て終わってからになると思われていた。
「えっ。アレン先生、もう現地入りしたのですか?」
「そうなんじゃ。大きな荷物を背負った若者が、自分も一緒に連れて行ってくれと言って馬車に乗り込んで来たと、そう報告があったぞ」
「それで、一緒に現場へ向かったと?」
「そうらしい」
「……。あの人ならやり兼ねないよ」
「確かに……」
一緒にフェルナンドの話を聞いていたルシオとレイフも苦笑いを浮かべた。
実際、アレンにはのんびりと小屋が完成するのを待っている余裕が無いのも事実なのだ。三の月になれば、王立学院の教師としての仕事が待っている。
既に残された時間はひと月ちょっとしか無い。
「それでな、アスール。お前さん、アレン・ジルダニアのセクリタを持っておるじゃろう?」
「はい。先日互いのセクリタを多めに交換しました。どうやら、先生のセクリタをお祖父様にお渡ししておいた方が良さそうですね?」
「ああ。そうして貰えると助かるよ」
作業員たちの話によると、アレンは小屋の建設予定地となっている場所で馬車を降りた後、作業員たちの静止を振り切って、大きな荷物を背負ったまま一人で森の奥へと入って行ってしまったらしい。
それほど危険な野生動物が暮らす森でも無いし、荷物の大きさからしても、しばらくの間は問題無さそうだと判断して、誰も彼の後を追ってはいないそうだ。
「普段から一人でサンプル集めをしているようですし、先生のことは取り敢えず放っておいても心配要らないと思いますよ」
「そうらしいな。優秀だが、ちょっとばかり変わった若者なのだと、儂の知り合いも言っておった」
ー * ー * ー * ー
アスールはカルロからの呼び出しを受けて、カルロの執務室へと向かった。
執務室には、カルロとフェルナンドの他、数人の王宮府の関係者と思われる人たちが顔を揃えている。部屋の奥にフレド・バルマー侯爵と、息子のラモス、それからギルベルトの姿もあった。
「ああ、アスール。来たか」
「お呼びと伺い、参りました」
「そんなに畏まる必要はない。父上から聞いたのだが、東の鉱山近くで見つかった泉の調査に、アレン・ジルダニアを推薦したのはお前たちだそうだな?」
「はい。そうですが、あの、何か問題がありましたか?」
半月ほど前、アスールはアレン先生が勝手に先走って作業員たちと現地へ向かってしまったこと、そこから一人で森に入って行ったことを、フェルナンドから聞かされていた。
その上でこうして呼び出されたのだ、嫌な予感しかしない。
「昨夜、ジルダニアの名でそれらが届けられた」
そう言って、カルロは執務室の中央にある大きな机を指差した。
机の上に広げられていたのは、手書きの地図のようなものや、その周辺の様子を書き記した大量の紙、紙、紙。昨夜遅くに、早馬を使って王宮へと届けられたものだそうだ。
机の周りでは、王宮府の関係者らしき人たちが、その資料を手に取って意見交換をしている。
「これ、全部アレン先生が?」
「そうじゃ。ものすごい量で驚いただろう?」
フェルナンドはひどく愉しそうに見える。
「……はい」
「そこにある地図なんかが、どの程度の精度なのかは儂には分からんが、アレンがこの短期間で見つけ出したものは、もの凄い成果だぞ」
「……そうなの、ですか?」
「アレン・ジルダニアか。学院の教師にしておくには勿体無い程優秀な人材のだな……」
全ての報告書を読み終えたらしいカルロがボソリと呟いた。
「父上の言うように、我々が思っていた以上のものが見つかったのは本当だ」
「えっ?」
「最初に報告があった泉以外にも、少なくとも後二つの泉が存在していたらしい。ほれ!」
そう言って、フェルナンドは見取り図のようなものを放って寄越した。
「これは?」
「ああ。中央にあるのが今回調査対象になっていた泉。その左右に描かれている二つがジルダニアが新たに見つけた泉らしい」
「この右側の大きいのも泉なのですか?」
「そうだ。ジルダニアの報告によれば左の一番小さい泉はかなりの高温の湯で満たされているらしい。そこに溜まりきれなくなった水が次の泉に流れ込み、そこで溢れた水が更に左手の大きな泉へと流れていっているようだ」
「凄いですね」
「ああ、そうだな。この泉もそうだが、この短期間に一人で歩いてこれだけのものを探し出したジルダニアもな」
「はい」
カルロは、これだけの大きな泉、おそらくは “温泉” と呼ばれるものが見つかった以上、これを有効活用しない手は無いだろうと考えているようだ。
この奥にある王家所有の鉱山を守る意味でも、できるだけ早い開発と整備が必要だと、集まっていた者たちの前で宣言した。
その上で、今回の事業の統括責任者として、カルロは第二王子のギルベルトを指名した。
「温泉というものが広く知られるようになれば、行く行くはここに人が集まり、町もできるだろう。それならば先んじて、こちらの都合の良い形で道路や町の区画を整備したいと思っている」
アスールは東の鉱山でどのようなものが産出するのかを知らされていないが、これだけの対応を取るのだ、きっと王家としては公にしたくない特別な何かなのだろう。
「ギルベルトの補佐として、ラモス・バルマー。特別顧問としてフレド・バルマーを任命する」
「「畏まりました」」
ー * ー * ー * ー
「これだけ話が大事になっちゃったし、僕たちの共同研究はどうなるんだろう?」
「共同研究を続ける許可はちゃんと貰ったよ」
「そうなの?」
「というか、研究はこれから始めるんだけどね」
「ああ、確かにそうだね」
「どの道僕たちだけでは泉まで行くことすらできないから、誰かしら付き添いが必要だけど、新学期が始まるまでに一度現地を見に行っても良いって」
「本当に?」
「やったね!」
「その頃までには、道もだいぶ整備が進むだろうし、数日なら小屋に泊まることもできるだろうってお祖父様が仰っていたよ」
「その付き添いって……どう考えてもフェルナンド様だよね?」
「うーん。まあ、その可能性は高いかもね」
「それにしても、アレン先生の行動力には本当に驚かされるね」
レイフが言った。
「ねえ、アスール覚えてる?」
「ん? 何を?」
「入学してしばらく経った頃、演習のクラスでさ、天気が良いからって学院の森に行ったことあったよね」
「ああ、あの時! 散々遠回りして歩かされた上で、先生の実験の検証をさせられたアレのこと?」
「そうそう! あの時も森に入って行って、向かった先にあったのは泉だった」
「ああ、本当だ! なんだか懐かしいね」
今思えば、アスールとレイフはあの日を境に完全に打ち解けたのかもしれない。
「ちょっと、ちょっとお二人さん。今度はこの僕、ルシオ・バルマーも参加するってこと、ちゃんと忘れないでよね!」
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