53 東の鉱山と共同研究
「おお。二人とも、来たか!」
「「今日はお時間を頂き、ありがとうございます」」
冬期休暇が始まって数日後、レイフとルシオが揃ってフェルナンドを訪ねて来た。
「構わん、構わん。それで、儂に話と言うのは?」
「実は、東の鉱山の近くの森で白濁した泉が発見されたという話を聞いたのですが……」
「ほお、よく知っておるな。情報源は……ああ、フレドか?」
「はい」
フェルナンドはルシオの話を聞いて一瞬眉をひそめた。
東の鉱山というのは、ここ王都ヴィスタルから馬車で三日ほどかかる場所にある王家所有の鉱山のことだ。
この国に数多くある他の鉱山と比べると、東の鉱山と呼ばれるそこは極めて小規模なためか、その鉱山の存在自体を知る者も限られている。
採掘作業が行われることも稀で、どのような魔導石が採れるのかも公にはされていない。
「父の名誉のために念の為申し上げますが、父は東の鉱山に関する話を私に漏らしたわけではありません。私が父から聞いたのは、白濁する泉が見つかったことと、その泉の水が高温の湯であること、それから森の大まかな位置だけです」
「なるほど。つまりお前さんはその情報をもとに、泉のある場所を “東の鉱山” と推測したと言うのか?」
「はい」
「面白い! それで、こうして三人揃ってやって来たということか。で、儂に何をして欲しい?」
アスールはフェルナンドの前に数冊の本を並べた。
長期休暇中に学院の図書室の本を借り出すことができなかったため、王宮の図書室にある本を三人で探してやっと見つけ出した本だ。
「これは何だ、アスール?」
「温泉に関して書かれている本です」
「温泉?」
「はい。我が国にはありませんが、例えば火山のあるノルドリンガー帝国だったり、サーレン国からローシャル国のこの一帯には、湯が湧き出る泉がいくつも存在しているそうです」
アスールの説明に合わせるようにして、レイフが本や地図を指し示した。
「これらの本によれば、火山の下にあるマグマや、何らかの地中の熱の影響で、地下水が熱せられて地表に噴き出ることがあるそうです」
アスールは今回発見された東の鉱山近くの泉が “それ” なのではないかと説明した。
フェルナンドは熱心に広げられた本を見ている。
「それから先日、ザーリア様から “薬湯” というものも教えて頂きました」
「薬湯? ザーリアが?」
「はい。ザーリア様の同腹の兄上が、怪我の治療のために薬草を煮出した湯に定期的に入っているそうです」
「……ああ。……そうなのか」
フェルナンドは顎を弄りながらしばらく物思いに耽っている。おそらくこの様子だと、フェルナンドはアスールが知らないザーリアの兄の怪我の状態を、詳しく知っているのだろう。
アスールはこのまま話を続けることにした。
「それで、お祖父様。僕たちは、ここに居る三人で、その泉の研究をしたいと考えています」
「何じゃ? 研究じゃと?」
「はい。王立学院の最終学年では、希望すれば卒業前に何かしらの研究課題を発表する場が与えられます」
「ああ、それは知っておる」
第二王子のギルベルトは二年前の卒業式の時に、魔導石の加工に関する研究で表彰を受けている。
フェルナンドはその卒業式に列席していたのだ。
「研究とは、具体的にどのようなことをするつもりじゃ?」
「はい。鉱山の近くで発見されたとなれば、その泉に鉱山の成分が混じっている可能性があると推測できますよね? もしその泉に病を癒すような成分が含まれていれば、泉に利用価値が生まれると思うのです」
「例えば、将来的には保養施設の建設も視野に入れては如何でしょう」
「個人で調べるには大き過ぎるテーマなので、三人での共同研究にしたいと考えています」
三人が順に意見を述べていく。
「共同研究か……」
「はい。ただ、泉の場所が場所だけに……」
あの場所は王家直轄の鉱山だ。フェルナンドやカルロに駄目と言われればそれまでだ。
「分かった。ただし、儂の一存で許可するとは言えんな。近日中に儂からカルロに話をしておく」
「「「ありがとうございます!」」」
「今の時点で、あの泉に毒性は無いことは分かっておる。じゃが、お前さんたちだけで、泉の水の成分分析などできるのか? 専門家の助けが必要だろう?」
「それでしたら、心当たりがあるのです」
「ほう。抜かり無いと言うことか」
フェルナンドがニヤリと笑った。
「まだ、本人に許可を頂いたわけではありません。ですが、たぶんこの話をすれば、きっと面白がってくれるのではないかと思ってはいます」
ー * ー * ー * ー
「うわぁ。なんだかちょっと……」
「本当にこの場所で合ってるんだよね? その住所……」
「この手紙にはそう書いてあるから、合っているとは思うけど……」
アスールとレイフとルシオの三人は、王都の賑やかな中心部からは少し離れた、入り組んだ路地を入った更に奥の小道を歩いている。
少し前から周りに人影はぱったりと見かけなくなって、三人の履く革靴の音だけが妙に響いている。
「ねえ、アスール。やっぱり誰か護衛に付いて来てもらった方が良かったんじゃないの?」
「こんなことなら、指定の住所の前まで馬車で乗り付けるべきだったかも?」
「ほら、そんなこと言ってないで二人ともちゃんと探してよ! もう近くまで来ている筈なんだから! あっ、ここだ!」
確かにアスールの持つ紙に書かれた住所と、その建物の壁に書かれている番地は一致している。
「ねえ、レイフ。君、本当にここで合ってると思う?」
「……どうかな。あの人だったら、ありえるかもしれないとは思う」
「兎に角、ベルを押すからね!」
アスールたちは、フェルナンドと話をした数日後、まだカルロからの正式な許可を得る前に行動を開始した。
というのも “心当たり” がある人物とは、できる限り早めに話を付けておく必要があると判断したためだ。
「おお、よく来たな! 迷わなかったか?」
「はい、なんとか」
「道には迷いませんでしたが、この判断が正しかったのか、今迷っていますよ、アレン先生!」
「なんだ、ルシオ。相変わらずこの口はよく回るようだな!」
アスールたちが今日こうして訪ねて来たのは、アレン・ジルダニア。学院の水属性魔導実技の担当の教師で、元魔導師団に所属していた魔力と水の専門家だ。
水属性のアスールとレイフにとっては、入学時からの魔導実技の担当教師であり、レイフにとっては第一学年時の、アスールとルシオにとっては第二、第三学年時のクラス担任でもある。
「今日はいったいどうした? それも三人揃って」
「ちょっと先生に、どうしてもお願いしたいことがありまして」
「お願い? お願いねぇ……。そういった話は、あまり聞きたくないんだけどな。やっと学院が長期休暇に入ったことだし、そろそろ旅にでも出ようかと考えていたところなんだよね」
「そうだと思って、僕たち、こうして早めに先生を訪ねて来たんです!」
「えっ、そうなのか? まあ、玄関先で話すのもなんだし、まあ中に入れ」
……。
アスールたち三人は、あまりの光景を前にして、自分たちの目を疑った。
「あの、アレン先生。ここって……」
「ああ、悪いな。ちょっと散らかっているが、気にするな」
「……気にするなってレベルですか、これ?」
通された部屋の中央にあるテーブルの上には本や書類に混じって、よく分からない液体の入れられた蓋付きの小瓶ががゴチャゴチャと並べられ、床の上にはいくつもの木箱が転がっている。
蓋のされていない木箱を覗いてみると、中には大小様々な魔導石がデータのようなものが書かれた紙と共に入れられている。
「学院の先生の研究室の机の上も凄いけど、ここはもう……」
レイフが大きな溜め息を吐いた。
「話をする前に、まずは座る場所を作っても良いでしょうか?」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。