52 冬の宴とこれからのこと
「ああ、そうじゃ。カサンドラ・ギルファの件だが、カルロから許可が出たぞ。お前さんが学院を卒業するまでの一年間、儂がカサンドラの面倒を見ることになった」
「そうですか。ありがとうございます、お祖父様」
「何のお話ですか?」
「カサンドラ様が、私の護衛騎士をしてくれることになるのよ。私が学院を卒業した後の話なのだけどね」
「それまでの間、儂がカサンドラ嬢を一から鍛え直すってわけじゃよ」
カサンドラは、武門に秀でたギルファ侯爵家の次女で、“騎士コース” を卒業し、学院祭の模擬戦でも優勝している実力者だ。
ちなみに、カサンドラの姉は第一王女アリシアの護衛騎士を務めていた。
「鍛え直す? あのカサンドラ様を? 鍛え直すって……。そんな必要が本当にあるのですか?」
アスールが問いただした。
「私たち、留学中の一年間は殆ど座学が中心だったのよ。私も彼女も、すっかり身体が鈍ってしまっているわ」
「ダダイラ国では剣の鍛錬はされていなかったのですか?」
「毎朝二人だけで訓練はしていたけれど、それでは足りないでしょう?」
「……そう、ですか?」
(毎朝で足りない?……姉上は、いったいどこを目指しているんだ?)
「ヴィオレータお姉様は、以前は護衛騎士など必要無いわと仰っていらしたのに、カサンドラ様を護衛騎士としてをお側に置かれるのですか?」
ローザが聞いた。
「だって、そうしないと、きっと自由に行動させて貰えそうも無いから」
ヴィオレータは自分の身は自分で守れると言って、以前は頑なに護衛騎士が付くことを嫌がっていたのに。一年一緒に異国でカサンドラと過ごすうちに、ヴィオレータの考えも少しは変わったのだろうか。
「彼女だったら、まあ良いかなと思って」
それにしても、フェルナンドに「鍛え直す!」と言われたカサンドラを、アスールは非常に気の毒に思った。
ー * ー * ー * ー
「クリスタリア王家、ベアトリス様」
冬の成人祝賀の宴が開催されている王宮の大広間に、王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵の低い声が響く。
久しぶりの第二王女の登場に大広間に居合わせていた者たちの視線が一斉に中央の絨毯の上をゆっくりと歩くヴィオレータ改め、ベアトリス・クリスタリアの上に集まった。
淡い色合いのドレスを着た令嬢がずっと続いた後で、最後に名前を呼ばれて登場したベアトリスは、光の加減では殆ど黒にも見える深い紫色のドレスを身に纏っているためか、随分と大人びた印象を与えている。
「クリスタリア王家の子、ベアトリス・クリスタリア。我が父カルロ王に対し、心よりの忠誠を誓います」
ベアトリスはそう言うと、舞台上に並んで座っていたアスールたちの方へ向かってニッコリと微笑んで見せた。
この宣誓をもって、この冬に成人を迎えた全員のお披露目と、第二王女の留学からの無事の帰還と、本名の初披露が終わった。
今日以降、ヴィオレータは公式の場ではベアトリス・クリスタリアと名乗ることになる。場内からは大きな拍手が沸き起こった。
メダル授与式後の新成人たちを囲んでの親睦会がいつものように始まると、アスールの横に居たローザが急にソワソワしはじめた。
理由は分かっている。ローザは父王カルロから退席許可が出るのを今か今かと待っているのだ。
「まだかしら……。早く東翼に戻りたいのに」
「そんなに慌てなくても、ザーリア様はちゃんと待っていて下さるよ」
「それはそうですが……」
まだドミニクの婚約者という立場のザーリアは、一年以上この王宮で暮らしてはいるが、王族の一員として認められているわけでは無いので、今日のような公式の場には列席することは無いのだ。
前回の夏の宴の時からカルロの許しを得て、未成人のアスールとローザと夕食を共にしている。
出入り口と父親とを交互に気にするローザの様子を見兼ねたギルベルトが、カルロからの退出許可をもぎ取って来てくれた。
「もう下がっても良いそうだよ、ローザ」
「本当ですか? お父様がそう仰ったのですか?」
ギルベルトが笑顔で頷いた。
「では、アス兄様。参りましょう!」
アスールとローザが東翼のダイニングルームに到着すると、ザーリアが笑顔で出迎えてくれた。
「ザーリアお姉様!」
「お招きありがとう。祝賀の宴は如何でしたか? ベアトリス様にもお会い致しましたが、とても素敵なお召し物でしたね」
「はい。紫色はお姉様の持ち色なのですが、昨年の婚約式以来、あのような深い色味のドレスをお召しになることが増えた気がします。とっても素敵でした」
「そうね。ベアトリス様は大人っぽい衣装が、とてもお似合いになりますね。……私たちとは違って」
「ふふふ。確かにそうですね!」
「さあ、姫様。そろそろお席にお着き下さいませ。アスール殿下が先程からずっとお二人が席に着かれるのをお待ちですよ」
エマにそう声をかけられるまで、二人は時々声をあげて笑いながら、立ったままずっと楽しそうに話し続けていた。
「「まあ、ごめんなさい」」
ローザは時々西翼にあるザーリアの部屋を訪ねていたのは知っていたが、いつの間にこんなにも二人は打ち解けた間柄になっていたのだろう。
まるで本当の姉妹かのような気安い関係にローザとザーリアの二人がなっていることに、アスールは驚いた。
食事をしながら、三人はいろいろな話をした。
もうすぐ行われる結婚の儀についての話が多かったが、アスールが興味を引かれたのは、ザーリアが語ったガルージオン国にあるという、とある療養のための施設についてだった。
その施設では、治療を目的として湯に入ったり、高温の蒸気で満たされた部屋に入ったりするのだとザーリアは言った。
「ザーリア様の兄上は、足の怪我の治療のために薬湯に浸かったり、蒸気の部屋に入ったりしているということですか?」
「ええ、そうです。医師から勧められて」
「傷が治ると言うことですか?」
「兄の場合、目に見えるような傷はもう既に癒えております。薬湯に浸かるのは、動かなくなってしまった足の機能を取り戻せる可能性があるためですわ」
「えっ。足が動かない?」
ローザの問いかけに、ザーリアは一瞬ハッとしたような表情を浮かべた。
「兄は、事故にあったのです」
アスールはザーリアが言葉を濁したことに気付き、それ以上はこの場では聞くべきでは無いのだろうと判断した。
そう言われてみれば、ザーリアの兄が継承争いに巻き込まれて一人が命を落とし、もう一人は大怪我を負ったと、以前ギルベルトから聞いていたことをアスールは思い出していた。
「ですが、心配には及びませんわ。その兄が、ドミニク様と私の結婚の儀の際に、ガルージオン国王の名代としてヴィスタルまで来てくれることになっているのです」
ザーリアはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
婚約式の時に来ていた第二王子のバルワン殿下に対峙していた時と、この兄についての話をする時とでは、明らかにザーリアの表情が違う。
ザーリアはこの兄に会えることを、本当に楽しみにしているのだろう。
長かった二人の婚約期間はもうすぐ終わる。ドミニクとザーリアの結婚の儀はすぐそこまで迫っているのだから。
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