表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第五部 王立学院四年目編
319/394

51 ベアトリス・クリスタリア

「お久しぶりですね、ヴィオレータ姉上」

「アスールも元気そうね。今年もしっかり主席を守ったのでしょう? おめでとう!」

「ありがとうございます」


 学院の進級認定試験も無事に終わり、王立学院は冬期休暇に入っていた。


「春からはアスールとは同級生ね。頼りにしているわよ」

「……何を仰いますやら」



 王宮では明日、冬の成人祝賀の宴が開かれることになっている。


 本来であれば、春生まれのヴィオレータは半年前の夏の宴の対象者だった。

 しかしながら、ダダイラ国へ留学していたため夏の宴には出席することが叶わなかったので、ヴィオレータは明日行われる冬の祝賀の宴に、特例として出席することが決まっている。


「ヴィオレータ。いや、もうベアトリスと呼ぶべきかな……。お前さんの呼び出しは、今回の対象者が全て済んでから、一番最後になる予定だとハリス・ドーチが言っておったぞ」


 フェルナンドが声をかけてきた。


「はい、お祖父様。承りました」


 ヴィオレータは神妙な面持ちでフェルナンドに返事をした。

 おそらくヴィオレータ自身は内心「成人祝賀の宴に出席しようとしまいとどうでも良い」ぐらいに考えているに違いないとアスールは思っている。

 そんなアスールの視線に気付いたらしいヴィオレータが、アスールに向かって軽くウィンクを送って寄越した。ヴィオレータはこういう性格の姉なのだ。



「お姉様は、学院ではお名前は今まで通りで過ごされるのですか? それとも新しいお名前? どちらにされるのです?」


 ローザがヴィオレータに尋ねた。


 ヴィオレータは既に十六歳の成人を迎えているので、今後は幼名のヴィオレータでは無く、ベアトリス・クリスタリアと名乗ることになる。


 第一王女のアリシアは学院には通っていなかったので、誕生日を迎えると同時に、幼名のリラからアリシアと呼び名をすぐに変えた。

 第一王子のドミニクは、十六歳の誕生日を迎えると “祝賀の宴” を待たずに、学院でも幼名のモラードから、本名のドミニクへと改めた。

 第二王子のギルベルトは、誕生日が卒業に近いタイミングだったこともあり、学院内での混乱を避けるため、卒業式後すぐに開かれる冬の成人祝賀の宴を終えるまでは、学院でも幼名のシアンで通した。


 ヴィオレータの場合は、既に成人し、祝賀の宴を終えた状態で最後の一年を過ごすことになる。過去に、王族関係者でそういった例は無い。


「別にどちらでも良いわ。呼びやすい方で呼んで貰って構わないもの」

「では、私は今日まではヴィオレータお姉様とお呼びして、明日の祝賀の宴が終わったら、ベアトリスお姉様とお呼びいたしますね!」


 それを聞いたヴィオレータが笑っている。

 ヴィオレータにとっては、成人祝賀の宴に参加するのと同じくらい、呼び名など、どっちでも良いようだ。



 明日の祝賀の宴が終われば、一月半後にはいよいよ第一王子のドミニクとダダイラ国の第十二王女ザーリアの結婚の儀が控えている。

 ダダイラ国からも、また誰かしら王族の関係者が “結婚の儀” に参列するためにクリスタリア国へとやって来るだろう。この冬の社交シーズン、慌ただしい日々が続くことは間違いない。



「それで、姉上。ダダイラ国での留学生活は如何でしたか?」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 ダダイラ国の王都ヴェーダは典型的な城郭都市で、街全体が高い壁に覆われ、街に入るための八ヶ所しか無い門の外は、常に入都を待つ人で溢れている。

 ヴィオレータが通うダダイラ王立学舎は、そんなヴェーダの街の中心からは少し離れた場所に位置し、寮も学舎内に整えられていた。


「基本的な生活は、クリスタリアの王立学院と変わらないわよ。学生の人数が少ないからか、学生同士の繋がりが密な感じはしたわね」



 ヴィオレータが選んだダダイラ王立学舎は “兵法” を学べる大陸でも数少ない学院だ。留学生の受け入れは過去に殆ど例が無かったらしい。平和な時代にあって “兵法” を学びたいと考える留学生など居ないに等しいからだろう。


 ヴィオレータの留学は、王女として騎士になる道を閉ざされている自分に、国のため何ができるのかを考えた上での選択だったのだろうとアスールは考えている。


 ヴィオレータは言われるまま政略結婚をして、おとなしく家庭に収まるタイプでは絶対に無い。

 第四学年への進級時にも王女だからと “騎士コース” を選択できないことに納得せず、形としては “淑女コース” に在籍する形で、実際には授業の多くを殆ど “騎士コース” と変わらない内容になるよう上手く計らった。

 更には、祖父であるフェルナンドの力を借りて留学先を探し、結果的にはそこでは物足りなかったようで、自力でダダイラ王立学舎を見つけ出して留学を決めてしまった。

 ヴィオレータは恐るべき行動力の持ち主なのだ。


 兄たちと同じように、自分も父親の役に立ちたい! ヴィオレータを突き動かしているのはその思いなのだろう。

 そう考えた時にヴィオレータの頭に浮かんだのが、剣を振るい直接的な力で他国から国を守るのでは無く、一人の戦略家として他国の脅威に対抗できうる力を得ることだったのではないだろうか。


「とても充実した毎日だったわ。留学を許可して頂けたこと、本当に感謝しているわ」

「お姉様は、ダダイラ国の女王陛下にはお会いになれましたの?」


 ローザは無邪気に尋ねる。


「ええ。三度ほどね」

「一年足らずで、三度もですか?」

「そうなの。私も凄く驚いたわ! 確かに王立学舎に留学を許されたのは、女王陛下の直筆のサインを頂けたせいだったから、入国後にお礼に伺おうとは考えていたけれど……」


 ヴィオレータが言うように、カルロが最終的にヴィオレータの留学を許したのは、ダダイラ国の女王からカルロ宛に直接「ヴィオレータの留学を受け入れる」と書かれた書簡が届いた事が決定打となっていた。


「入場後すぐに、女王陛下に王宮に招いて頂いたのよ」


 ヴィオレータは従者として留学したカサンドラ・ギルファと共に王宮へ招かれたそうだ。


 ダダイラ国の現女王クロティルド・ダダイラは、多くの兄弟たちをその秀でた知略で抑えて王位に就いたと言われている人物だ。

 年齢的にはカルロよりも十歳ほど上らしい。結婚はしておらず、次の王位を誰に譲るかはまだ決まっていない。女王の弟の息子に譲るつもりでは無いのかとの噂はあるが、女王自身は断言はしていないと聞く。


「知略の女王と聞いていたので、どんな方かと思っていたけれど、とても温厚な、普通の女性だったわよ」

「そうなのですね」


(いや、いや、いや。ローザはすんなり納得しているが、ヴィオレータ姉上の言う “普通の女性” は絶対に “普通” では無いだろう……。相手は女王陛下だよ?)



「二度目は中庭のお花見を兼ねたお茶会に呼んで頂いたの。ヴェーダの王城の中庭もとても素敵だったわよ。気候のせいなのかしら、ヴィスタルとは植えられている植物が随分と違うのね」

「まあ、植物が? はぁ。良いですね、お姉様。私も他国のお城のお庭を見てみたいです」


 ヴィオレータとローザはヴェーダの王城の庭の話を楽しそうにしていた。


「それからしばらくしてから、王宮で開かれた正餐会に招待して頂いたわ。ああそう言えば、最後に帰国の直前にお別れのご挨拶に伺ったから、女王陛下にお会いしたのは四度だわね」


 つまり、ヴィオレータはクロティルド女王に相当気に入られたのだろう。(そのことに本人は全く気付いていないようだが……)

お読みいただき、ありがとうございます。

続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。

評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ