50 ヴィオレータの帰国と新たな楽しみ
十二の月も残すところあと少しという頃になって、ダダイラ国から留学を終えたヴィオレータが帰国して来た。
馬車寄せには、祖父のフェルナンドと、ヴィオレータの母親でカルロの第二夫人のエルダ、正妃のパトリシア、その娘のローザが迎えに出ている。
「おかえりなさいませ、お姉様!」
「ただいま、ローザ」
馬車から下りて来たヴィオレータに、ローザが駆け寄って抱きついた。
「……って、ちょっとローザ? 貴女、学院はどうしたの?」
ローザはヴィオレータが帰国すると聞いて、試験前だというのに学院を休み、出迎えのために王宮へ戻って来ていたのだ。
「大丈夫です。この後すぐに戻りますわ。だって、どうしてもお姉様のお帰りをお迎えしたかったんですもの!」
「そうなの? ありがとう! 嬉しいわ!」
ヴィオレータは出発前よりも少し痩せたのか、それとも着ているダダイラ国風の衣装のせいなのか、出発前よりもなんだか大人びて見える。
「あら? お姉様。その髪……」
「ああ、これ? 向こうに行ってしばらくしてから切ったのよ」
ヴィオレータのトレードマークと言ってもいい、あの長くて美しい真っ直ぐな黒髪がばっさりと切られていた。
以前と同じように高い位置で一つにきっちりと結ばれているため、正面から見ただけでは気付かなかったが、腰を過ぎる程まであった筈の髪の先端部分が、ヴィオレータの動きに合わせて肩のあたりで左右にリズミカルに揺れている。
「まあ、貴女。なんてことを……」
ローザの指摘でヴィオレータの髪の異変に気付いた第二夫人のエルダが、戻って来たばかりの娘を見つめたまま呆然と立ち尽くしている。
エルダの祖国であるガルージオン国では、長く伸ばした美しい髪は貴族の令嬢の美の象徴らしく、ヴィオレータの美しい黒髪はエルダの自慢の一つでもあったのだ。
その長く美しい黒髪を、ヴィオレータはあっさりと「切ってしまった」と言ってのけた。
これは、帰国早々またもや、この母と娘との間で一悶着がありそうだ……。
フェルナンドの横で、パトリシアが小さく溜息を吐いている。フェルナンドが苦笑いを浮かべながらパトリシアの肩をそっと叩いた。
「こんなところに長居していては、揃って風邪をひく羽目になるぞ。兎に角、一旦中に入ろう! ほら、ヴィオレータ、ローザ、行くぞ!」
フェルナンドの声を合図に、ローザは絡みつくようにしてヴィオレータの腕を取った。
久しぶりの再会となった姉妹は、互いの母親の視線などまるでお構い無しに、愉しげに並んでさっさと先頭を歩き出した。
ー * ー * ー * ー
「ああ、それで今日はローザちゃんの姿を見かけないんだね」
「そうなんだよ。一昨日、僕のところにお祖父様からホルクが来たんだ。ヴィオレータ姉上が戻られるってことを知らせる短い手紙が付けられていたから、それをローザに渡したら、急に王宮へ帰るって言い出して……」
「よく帰城のお許しが出たね?」
「確かに! もうすぐ進級認定試験だってあるのに」
すっかり恒例となっているアスールの部屋での試験勉強。この日の夕食後も、レイフとルシオがそれぞれの勉強道具を持ってアスールの部屋へとやって来ていた。
「許し? そんなの出てないよ。ローザは自分の判断で勝手に帰ったんだよ」
知らせを受けた翌日、ローザはアスールにも相談せずに王宮へ戻るための馬車を手配していた。言えば反対されるとでも思ったのだろう。
「へえ。意外とやるよね、ローザちゃんも」
「でも、今日中には戻って来るんでしょ?」
「そう聞いているよ」
ローザは次年度のコース選択で “淑女コース” を希望しているようだ。“淑女コース” の場合は、第三学年の最終成績の結果で選択希望が叶わないということは無い。
多少成績が落ちても問題無いと言えばそうなのだが、試験を受けなければ進級できなくなってしまう。いくら悠長なローザとはいっても、帰って来ないわけにはいかないだろう。
もう試験は目前に迫って来ているのだから。
「あっ、そうだ! ちょっと面白い話を聞いたんだけど……」
そう言ったルシオの声は、先程までよりも幾分弾んで聞こえる。
「今度は、いったいどんな話を仕入れて来たの?」
アスールはペンを置いた。ルシオの声の調子からいって、簡単に終わる話では無さそうだ。
それに気付いたダリオが、お茶の支度をするつもりなのだろう、読んでいた本を置いて立ち上がる。
「東の鉱山、あるじゃない? その近くにさ、最近、白濁した泉が発見されたって話があるんだ。知ってる?」
「泉が? 知らない! その泉、白濁してるの? もしかして、近くの鉱山から有毒な物質でも流れ込んだとか?」
レイフも教科書を閉じた。聞こえてきたルシオの話に興味を引かれたらしく、会話に加わることに決めたらしい。
「有毒かどうかは、まだ分かっていないみたいだよ。調査団を派遣したみたいなことを父上が言っていたから、そろそろ結果が出ているんじゃないのかな」
「周りに被害が出ないと良いな……」
「それなんだけど……。どうやらその泉の水、お湯らしいんだよね」
「お湯?」
「そう! それも、結構な温度だって話だよ」
「へえ。面白いね!」
「面白い? アスール、今、面白いって言ったの?」
「言った! もしそれが、僕の想像しているものと同じだとしたら、誰がその泉を見つけたのかは知らないけど、凄い発見だよ!」
アスールはそう言いながら立ち上がると、ベッドの方へと歩いて行き、ベッドサイドのテーブルの上から一冊の本を手に取って戻って来た。
「ほら見てよ。これなんだけど……」
アスールが二人に見せたのは、サーレン国について書かれた本だ。
「これって、この前借りていた図書室の本だよね?」
レイフはアスールが差し出した本を手に取った。
「サーレン国……。ああ、地の女神テラーラ様に仕えた神獣 “テルテラ” が居るかもしれないって国だよね?」
「まさかアスールも、ローザちゃんと一緒にサーレン国までその神獣様を探しに行くつもりだったりしないよね?」
「ローザと一緒に行く行かないは兎も角、サーレン国がどんな所なのかは、前もって調べておいても良いかなと思って借りてみたんだ」
「はぁ。過保護と言うか、なんと言うか……」
ルシオが呆れたように笑っている。
「それより、ここを見てよ!」
アスールがページを捲る。
「ほら。これ! さっきルシオが言っていた泉に、少し似ていると思わない?」
「ああ、確かに! “温泉” って言うのか……」
「何? 何? 地中から湧出する天然の地下水? 火山のマグマにより熱せれれている、もしくは、火山とは関係のない地熱により熱せられた地下水が湧きあがったもの。うへー。茶色の泉だって……」
「含まれている鉱物によって、透明だったり、濁っていたり、水の色は変わるみたいだね」
「入浴施設ねえ……。確かに、これは面白いかも!」
「そう思うよね?」
「フェルナンド様。こういう話、お好きそうだよね!」
レイフが言った。
「「ああ、絶対に!」」
三人は顔を見合わせてにんまりと笑った。
「冬期休暇。待ち遠しいね!」
「まあ、その前に試験が待っているけどね」
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