44 学院祭と模擬戦
「はぁぁぁぁ」
「やっと終わったーーー!
「って言っても、終わったのは準備ですからね!」
「まぁ、そう細かいことは、言いっこなしで」
「いよいよ明日ですね!」
ここは、学院執行部の部室として使用している教室。
学院祭を明日に控え、どうにかこうにか執行部の皆で準備を終えたところだ。
学院祭までのカウントダウンが始まると、執行部のメンバーは毎日のように放課後はこの部屋へと集まって来て、それぞれが担当するものの準備に追われ始めた。
レイフの加入で、正式な執行部員では無くなったアスールだったが、結局素知らぬ振りをできる性格でも無いので、毎日のようにこの部屋に顔を出してはレイフやルシオを手伝っていた。
そのうち、遅い帰寮が続くアスールを心配したダリオが、学院の許可を得て差し入れを運んで来るようになり、今ではすっかり皆もダリオの差し入れを楽しみにするまでになっている。
「それでは皆様。隣室を御借り致して居りますので、其方で御夕食を御召し上がり下さい」
学院祭前日。
アスールと執行部の部員たちは、それぞれの寮の管理人から『門限までに帰寮しないことを許可する』という内容の特別な許可書を得ていた。
学院祭の準備が遅れていたことは随分と前から明らかになっていたので、そのことに関して執行部部長(仮)のエイミー・ルクラン侯爵令嬢は、学院側から「今年の執行部の怠慢だ」とかなり批判されたそうだ。
だが本来の部長はエイミーでは無い。
部長不在の理由を知る先生の口添えもあって、なんとか今日までたどり着いたというのが実情だ。
「「「ありがとうございます。ダリオさん!」」」
そんなわけで今日は特別に、執行部の部員たちにダリオがいつもの焼き菓子では無く、食事を振る舞うことになったのだ。もちろん東寮の料理人にも手伝ってもらっている。
すっかり打ち解けた面々は、準備が無事に終わった開放感と共に、軽い足取りで隣室へと向かった。
ー * ー * ー * ー
「どこの教室も模擬店もトラブル無く運営できているみたいですね」
「そうですか。良かったですね」
見回りを終えて戻って来たエイミー・ルクランは、笑顔で報告した。部室に待機していた部員たちはそれを聞いて一様に安堵の表情を浮かべる。
「後は私と、バガン君と、リーリカさんの第五学年の三人でここに待機致しますので、他の皆さんは解散されて大丈夫です。本当に準備から今日までありがとう。お疲れ様でした」
そういうと、エイミーはその場に居た部員たち皆に深々と頭を下げた。
侯爵家の令嬢であるエイミーが、こうして頭を下げるなんてことは、ここが学院で皆が平等だと謳っていたとしても、かなり異例のことだ。
それほどエイミーは感謝の気持ちを伝えたかったのだろう。
そんなエイミーに向かって、リーリカが静かに拍手を贈る。慌ててバガンも大きな拍手をエイミーに贈った。皆がつられて拍手をする。
このリーリカとバガンは、あの日、最初に「グスタフ・ハイレンの代わりに、自分はエイミー・ルクランを推す」と宣言した、あの二人の平民だ。
あれから二人は積極的にエイミーを補佐し、この執行部を盛り立ててきた立役者とも言える。
いろいろと問題の多い執行部ではあったが、学院祭はなんとか無事に切り抜けられそうだ。
「じゃあ、僕たちは遠慮なく模擬戦の応援に行こう!」
ルシオがアスールの肩を叩いた。
模擬戦が行われている会場に近づくと、中から人が大勢出て来ているのが見える。丁度、女子の部の試合が全て終わったところのようだ。
「今年はヴィオレータ様が留学中で不在だからね。盛り上がりに欠けたんじゃないの?」
「どうだろうね」
昨年、第四学年生での出場ながら、ヴィオレータは “騎士コース” に在籍する、最終学年の剣術クラブ女子部部長を倒して、見事に優勝をもぎ取ったのだ。
あの時、ヴィオレータのファンの女の子たちは大騒ぎだったが、今年は確かにルシオの言う通り、会場から足早に出て来る人たちにあの時ほどの賑わいは無い。
「来年、ヴィオレータ様は参戦するのかな?」
「どうかな。学年は同じでも、他の皆よりも一つ年上になってしまうし、姉上の性格からして『それはフェアじゃない』とか言いそうだよね」
「ああ、確かに!」
「でも、向こうでも剣の訓練は続けているんだろう?」
「そう思うよ。なにせ、姉上に同行しているのが二年前の優勝者、ギルファ侯爵家のカサンドラ様だからね!」
「そう言っていたよね。あの二人だったら、毎日の剣の手入れと訓練は絶対に怠らなさそうだ」
「僕も、そう思うよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
今頃、ヴィオレータはダダイラ国で元気でやっているだろうか? まあ、ヴィオレータのことだからそれほどアスールも心配はしていない。ヴィオレータは自分の道を自分で切り拓いて進める女性だ。
「特別席で観戦するの?」
「ルシオ、君、お祖父様の近くでの観戦は嫌なんだろう? 一般席でも僕は構わないよ」
「そう? アスールがそう言うなら、一般席へ行こう!」
学院祭の目玉ともいうべき模擬戦男子の部の決勝戦は、意外なほどあっさり決着がついた。
優勝したのは第四学年のマティアス・オラリエ。マティアスは三本勝負のうち、一本目、二本目と続けて勝利し試合を決めた。
「優勝おめでとう!マティアス!」
「ありがとう」
「凄いよ! 最終学年の剣術クラブの部長を倒しての優勝だもんね」
「……ああ。そうだな」
優勝したはずのマティアスの表情が冴えないように感じるのは、アスールたちの気のせいでは無さそうだ。
「どうかしたの? 何か気になることでも?」
「いや。そういうわけじゃ無い」
「でも、何かあるんでしょ?」
ルシオが食い下がる。
「レイフの、準々決勝の試合を見ただろう?」
「レイフの試合? 三本目で負けちゃった、あの試合のことを言ってる?」
「ああ。あれが無かったら、たぶん、優勝していたのは部長だった」
「えっと、どういうこと?」
準々決勝でレイフが対戦したのは、決勝でマティアスが倒した剣術クラブの部長だったのだ。レイフは三本勝負の三本目まで全力で戦い、惜しくもその部長に敗れている。
マティアスは、あのレイフとの試合で部長の体力は相当に削られてしまっていたのだろうと言った。自分と戦った時の部長はベストな状態では無かった筈だと。
「でもさ、それも含めて模擬戦だよね? 何か問題ある?」
ルシオがあっけらかんとそう言った。
「常にベストな状態? そんなの関係無いよ。全てひっくるめて、最後まで立っていられた者が勝者だ。そうじゃ無いの? マティアス」
「……。ああ、そうだな」
「だよね!」
アスールは思う。こういうところはルシオには絶対に敵わないと。
「まあ、確かに、あの試合のレイフは凄かったね!」
「ああ。レイフに追い越されないように、また鍛錬しないとだな」
「はぁ。全く、これだから真面目剣士って奴は……」
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