43 学院祭前は大忙し!
「アスール。ちょっとこっちの書類に、先に目を通してくれない?」
「分かった。そこに置いておいて」
「エイミー先輩! 各クラスの企画書を受け取って来ました!」
「ありがとう。次はこちらをお願いします!」
「レイフは? まだ戻って来ないの?」
「ここに置いてあった資料、誰か移動しましたか?」
長かった夏期休暇が終わると、学院執行部では早くも秋の学院祭の準備が始まった。今までは自分たちのクラスに割り振られたことだけをすれば良かったが、今年からは執行部として、それより前にすべき仕事が山ほどある。
「まさか、こんなに執行部の仕事が大変だとは思わなかったね……」
ルシオが山盛りの資料を前に、愚痴をこぼす。
「昨年の先輩方は、とても優秀でしたから……」
エイミー・ルクランが申し訳なさそうに言った。
昨年の部長というのは、フリオ・ディールスのことだ。
イズマエル・ディールス侯爵の次男でマティアスの従兄弟。フリオは昨年学院を主席で卒業し、現在は王宮府で財務部で一年目から第一線で働いているらしい。
確かにエイミーが言うように、フリオは非常に真面目で真っ直ぐな部長だったし、仕事はやたらと早かった印象がある。
だが実際には、フリオの後ろで常にフリオの手綱を握り、上手に執行部全体をコントロールしていた人物が居たことも昨年の執行部がうまくいっていた要因だったとアスールは思っている。
その人物というのが、アリア・リント侯爵令嬢だ。
アリアは優しげな雰囲気と、穏やかな口調で、やんわりとフリオの優秀過ぎるが故の独走を抑え、他の部員たちに仕事を割り振り、全体の調和をうまく取って、執行部をまとめ上げていた。
余談だが、ルシオがどこからか仕入れて来た噂では、アリア・リント侯爵令嬢こそがギルベルトの “婚約者候補の本命” なのではないかと囁かれているらしい。
確かに、アリアならば、身分的にも年齢的にも婚約者候補として問題は無いかもしれない。
アリアがどう思っているかはアスールには分からないが、少なくともギルベルトがすぐに婚約者を受け入れるとは思えない。
そんな噂話はさて置き、フリオ・ディールスとアリア・リントの二人は、三年毎に開かれるダンスパーティーを含め、全ての執行部が関わる行事を完璧に運営して学院を卒業していったのだ。
すぐ下の学年の立場で、ずっと二人を見てきたエイミーにとっては、憧れでもあり、超えなければならない壁のような存在なのだろう。
今年はアリアにとってのフリオのように、優秀かつ実行力のあるパートナーがエイミーには居ないのも問題だ。
相変わらず、今となっては名ばかりの執行部部長のグスタフ・ハイレンは、執行部の集まりに顔を出さない。今更出せないのかもしれないが……。
現在もこの学院執行部は、執行部部長(仮)のエイミー・ルクランが一人で手腕を振るうしかない状態なのだ。
「お待たせ! 先生たちの許可は全て取ってきたよ!」
レイフの明るい声が、部室で作業に追われていた皆の表情を少しだけやわらげた。
ー * ー * ー * ー
「そういえば、ヴィスマイヤー卿、じゃないね。もうヴィスマイヤー侯だ! 二カ国での結婚のお披露目を終えて、皆、無事にヴィスタルに戻って来たってね!」
ルシオが作業をしながらそう言った。
予定よりも少し遅くはなったが、先週の半ばにはギルベルトたちは無事にクリスタリア国へと戻って来ていた。
週末に王宮へと戻っていたローザから、アスールも話だけはいろいろと聞いている。
「僕たちは、学院祭が終了するまでは家に戻れそうも無いよね……」
「この調子だと、無理かもね」
「完全に無理だろうな」
学院は二週間後に迫って来ている。準備は佳境に入っていた。
実はアスールは、ギルベルトの帰国後すぐに、カルロから「できる限り早く王宮へ戻って来るように!」とのホルク便を受け取っていた。
受け取ってはいるのだが、この状況を放り出して帰るに帰れない。
カルロからの手紙には詳しい内容は書かれていなかったし、ローザも特に何も言っていなかった。その後再度戻るようにとも言われないので、そのまま帰らずにいるのだが、ずっと気にはなっている。
「フェルナンド様とドミニク殿下は、今年も模擬戦を見学しに学院祭にお見えになるんだよね?」
レイフが聞いた。
「確認は取っていないけど、そうだと思うよ」
「あの二人が来ないわけが無い! 何を置いても模擬戦を見たい筈だからね」
「ルシオ。それは、流石に言い過ぎでしょ?」
「そんなことないよ!『思い立ったらすぐ行動!』がフェルナンド様の信条なんだから! たぶんだけど」
ローザから届いたホルク便を読んだフェルナンドが、サスティーに会うためだけに王宮を抜け出したことをルシオは言っているのだろう。
あの後、アスールとローザと共に王宮へと戻ったフェルナンドは、勝手に休んでいた分を取り返すべく、カルロの監視の元、猛烈に働かされているという話だ。
もちろん、フェルナンドが無断で持ち出したセクリタ(元はフェルナンドの物なのだが……)も当然返却させられて、今は別の場所で厳重に保管管理されているらしい。
「ところで、レイフ。今年、その模擬戦にエントリーしているって噂を聞いたけど、それって本当の話なの?」
ルシオがレイフに尋ねた。
「模擬戦? ああ。出るよ!」
「そうなの?」
「何? そんなに驚くようなことかなぁ?」
レイフはそう言って笑っている。
「だって僕たち、このところずっと学院祭の準備に追われているし、てっきり最近の君は剣の鍛錬なんてしていないのかと思っていたよ」
島にフェルナンドが現れて以降、レイフは暇を見つけてはフェルナンドに剣の訓練をつけて貰っていたことにアスールも気付いてはいた。
だが、ルシオの言ったように、学院が始まってからは、剣術クラブに顔を出す時間さえレイフには無かった筈だ。
「早朝にね。ちょっと秘密特訓を」
「「そうなの?」」
「なんといっても、僕には最強の側仕えがいるからね!」
「えええっ。ディエゴさんに訓練を付けて貰っていたの?」
「そうじゃないよ。彼自身の鍛錬を、勝手に近くで見せて貰っていた、って感じだね」
「へえ、そうなんだ」
「そうだよ。それだけ。それでも、充分に得るものはあったと思う」
レイフはディエゴの動きを側で見て、自分なりに自主練をつんでいたらしい。
「クラブの皆が彼に稽古を付けて貰いたがっているのに、自分一人だけ抜け駆けするわけにはいかないだろう?」
「騎士道精神に恥じるような行いはしないって?」
「まあね。盗み見はしていたけどさ」
そう言ってレイフはペロリと舌を出した。
今年の模擬戦の男子の部の優勝候補の筆頭には、マティアス・オラリエの名前があがっているとルシオが前に言っていた。
マティアスは昨年も第三学年生ながら準決勝まで勝ち進んでいる。上級は何人も居るが、マティアスの敵では無いだろうと、ルシオの鼻息は荒い。
「僕も僕なりに頑張るよ。マティアスが相手だとしても、簡単に負けるつもりは毛頭ないからね!」
そう言いきったレイフの表情は、アスールの目には、以前よりも少し大人びて見えた。
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