24 呼び出し(2)
(僕は……いや、僕だけでなく、僕と妹のローザは『ロートス王国の正当な王位継承権を持つ双子』だそうだ)
アスールの頭の中は激しく混乱していた。ロートス王国のことはもちろん知っている。
家庭教師のサントス先生から習った事がある。十年程前に突然隣国から激しい攻撃を受け、当時の王族や、城内に居た多くの者たちが命を落としたと聞いた記憶もある。
確か今は……生き残った王子が成人し王位を受け継ぐまでの期間、摂政である侯爵の一人が国王の公務を国王の名で代行しているはずだ。
(あれ? 生き残った王子?)
アスールの表情を読み取ったのか、カルロが言った。
「ロートス王国の現王子は偽物だ!」
「偽物?」
「ああ、そうだとも! お前が本物のロートス王国の正統な王子なのだから、他の奴は全部偽物に決まっとる!!!」
当たり前の事を聞くな! と言わんばかりのすごい勢いでフェルナンドが話に割り込んできた。
「父上。私が説明致しますので、しばらくの間だけは口を挟まないで頂けると助かります。パトリシア、父上にお茶のお代わりを頼む」
給仕係のリナが呼ばれ、新しいお茶が皆に用意されるまでの間、母パトリシアはアスールにもお菓子を食べるようにと勧めた。
「美味しいです……」
パトリシアは座るアスールの足の上にそっと手を置き、ポンポンポンと優しいリズムを刻んでいる。
(ああ、そうだ。小さい頃に母上に抱っこしてもらって、こんな風に背中に感じた同じ優しいリズムを思い出す)
「詳しい話を続けるために、この場に加わってもらいたい者が居るんだが……」
カルロは姉のアリシアと兄のシアンの方に視線を向けて、ちょっと考え込むと二人に向かって言った。
「お前たち二人は退出しても良いぞ。ここからはちょっと耳を覆いたくなるような内容も含まれるからな……。特にアリシアは部屋に下がった方が良いかもしれん」
名指しされたアリシアは、くいっと顔をあげ真剣な眼差しでもって父親であるカルロを正面から見つめる。
「いいえ。私も最後まで聞きとうございます。私にとっても聞いておくべきお話だと確信致しております」
普段の物静かなアリシアからは想像できないような、はっきりとした強い意思のある口調だった。
「分かった。……シアン、お前はどうする?」
「僕にもこのままお話をお聞かせ下さい。何を伺っても大丈夫です」
「そうか。……だがお前たちの席は……客人に譲ってもらわねばならんな」
カルロは後ろに控えていた側近に声をかける。
「フレド、子どもたち用の椅子をもう二脚用意するように言ってくれ。それからイズマエル、客人をここに呼んで来て欲しい」
「畏まりました」
二人の側近は部屋から出て行った。
ー * ー * ー * ー
使用人たちが二脚の椅子と小さな丸テーブルを運び入れ、部屋の奥に姉と兄の席を作っている様子をアスールはぼんやりと眺めていた。
準備が整うと二人はそちらへ移動する。
移動の途中「大丈夫?」と姉のアリシアがアスールに声をかける。アスールは答えず、ニッコリと笑ってみせた。
兄のシアンがアスールの頭をポンっと軽くたたいた。アリシアがそんなシアンを窘めるような素振りをしてみせた。
アスールの目から涙が再び溢れ出した。シアンがその涙を優しく拭ってくれる。
「目が真っ赤だ。王の息子が醜態を晒しては駄目だよ、アスール」
そう言うとシアンは両手でアスールの目を覆った。その兄の手から温かい何かがふわっとアスールに流れ込んで来るのを感じる。
「癒し? 兄上は “光” の属性も持っていたのですか?」
「ほんの少しだけね。自慢出来るほどの力は無いんだ……」
しばらくして、ディールス侯爵に連れられて部屋に入って来たのは、アスールにとっては本当に予想外の人物だった。
一人目はディールス侯爵の奥方である、アンナ・ディールス夫人。
二人目はアスールとローザの絵画の先生、アーニー先生だ。
「遅い時間に呼びたてて申し訳ないね。こちらに腰掛けてもらえるかな」
カルロが先程までアリシアとシアンが座っていた長椅子を指し示した。
「アンナ・ディールスで御座います」
「エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーです」
二人は控えめに頭を下げると、アスールの正面に当たる席に腰を下ろした。
(エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー? えっ、どう言う事? エルンストの愛称は確かにアーニーだけど……。フォン・ヴィスマイヤーって事は……先生は貴族だったの? もう、訳が分からないよ……)
「アスールが混乱しているようなので、まずは貴方たちの関係性から説明していただけるかな」
カルロに促されて、アーニー先生が話し始めた。
「こちらのディールス夫人は生き別れになっていた私の姉、アナスタシア・フォン・ヴィスマイヤーで御座います。我らの祖国はロートス王国。ヴィスマイヤー家は長くロートス王家に仕え、我らの父も宰相として彼の国に勤めておりましたが、件の政変に巻き込まれ命を落としております」
アーニー先生が「件の政変」と言った際にアスールに向けて一瞬だけ視線を送ったように見えた。
「姉のアナスタシアは行儀見習いとして十年前までの二年程キール城にて王妃様であられたスサーナ様の側近くでお仕えしておりました。ですが、政変と時を同じくして忽然と姉の行方が知れなくなり、私が身分を偽り各地を探し歩いておりましたところ、先日こちらの庭先にて偶然にも姉を見かけた次第で御座います」
(あっ、あの時だ!)
「ここからは私が話した方が良いと思います」
バルマー伯爵が話を引き継いだ。
「十年前のあの冬、当時まだ皇太子だったカルロ殿下、イズマエル・ディールス侯爵と私フレド・バルマーはロートス王国の王子王女の生誕のお祝いの為にロートス王国の王都であるキールを訪れておりました。キール城が隣国から激しい攻撃を受けた時、我らは三人は城下に居りました為、なんとか難を逃れることになります。混乱の中王城に戻ることも叶わず、我らはクリスタリアへの帰国を決意した訳ですが、港への道すがら血塗れで意識の無い状態で倒れていた女性を発見しました。その女性が意識を失ってなお大事に抱えていた包みから赤ん坊の鳴き声が微かに聞こえたので、我らは女性と赤ん坊を救助し、船でヴィスタルに連れ帰りました」
当時を思い出したのか、アンナの目からは大粒の涙が溢れ出した。
「女性はかなりの重症で、意識を取り戻すのに三日程かかったと記憶しております。大事そうに包まれていた赤ん坊は、船に戻り包みを開けてみると一人ではなく二人。驚くことに、その日の昼過ぎにお目にかかったばかりのロートスの王子と王女ではないですか。我が目を疑いました……。ただ困ったことに、船には赤ん坊にミルクをやれる乳母などが乗船しているはずもなく、途中寄港した地でなんとか乳を分けてくれる母親を探したりしながらお二人の命をやっとの思いで繋ぎとめ、ヴィスタルの地を再び踏みしめることが出来た時には神に心からの感謝を捧げたほどです」
バルマー伯爵が天を仰ぐ。
「ああ。あの時は季節風が例年に無いほど強く吹いていた為、普段では考えられないスピードで船が進んだ。あれも全て神のお導きだったに違いない……」
カルロが当時を思い出した様子でそっと目を瞑った。
黙ってうつむき、じっと話を聞いていたアンナが耐え切れずに嗚咽を漏らす。
「スサーナ様を、お母上様をお救いすることが出来なかった事……お許し下さい」
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