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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第五部 王立学院四年目編
308/394

42 その頃、キールでは……(6)

「エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー侯。改めて、結婚おめでとう。貴方がこの国に戻って来たこと、この国の王太后として、とても嬉しく思います。タチアナ、貴女もこれで安心ね」

「「ありがとうございます」」


 ヒルデグンデが真実をどこまで知っているのか分からない。

 だが少なくとも、フェルナンドからの贈り物と手紙を受け取ってすぐに、こうしてわざわざギルベルトに会うために数日をかけて王都へ出て来たということは、ヒルデグンデにも思うところがあるということなのだろう。



「フェルナンド様からはこの首飾りと一緒に、心のこもったお手紙を頂戴致しましたのよ。皆様、お元気でお過ごしのようですね?」

「はい。祖父は元気過ぎるくらい日々を楽しんで過ごしております。他の家族も皆。()()()は祖父から剣の特訓を受けていますし、()()()()()は、祖父の……癒し? とでも言いましょうか。旅をされていたエルンスト侯を自分の絵画の教師にして欲しいと言い出したのは、実はその妹なんです」

「まあ、そうなの? 絵画の教師? ヴィスマイヤー侯、貴方クリスタリア国でいったい何をしていたの?」

「いろいろとありまして……」


 ギルベルトは差し障りの無い範囲で、クリスタリア国の様子や、家族の話をヒルデグンデに面白おかしく話して聞かせている。

 ヒルデグンデは時々声を上げて笑いながら、ギルベルトの話を真剣に聞いっていた。



「クリスタリア国王は、多くの優秀な子どもたちに恵まれて、とてもお幸せにお暮らしなのね。最後にお会いした時は、貴方のお父上のカルロ様もまだ皇太子だったのに。私が離宮に引きこもっている間に、随分と時が流れていたのね」

「……あれから十年以上ですからね」


 フレド・バルマーがボソリと呟いた。


「そうね。貴方も随分と貫禄が出たわね、フレド! 侯爵位を与えられたそうじゃないの。その上、カルロ国王の右腕なのですって?」

「はい。お陰様で」

「あらあら。右腕というのは、否定しないのね?」

「全て事実ですので」

「まあまあ。見た目はかなり変わったけれど、貴方、中身はちっとも変わらないわね!」


 ヒルデグンデはフレドに向かって困った顔をして見せた。


「もう一人。いつも一緒だった彼は……そうよ、イズマエル! 彼も元気にしているのでしょう?」

「はい。もちろん。彼はあの後再婚して、まだ小さな娘がおりますよ。イズマエルは私たちがこうして昔話をしている今も、きっとぴったりと陛下に張り付いているでしょうね」

「相変わらず三人は一緒なのね。そうよね。あの日、楽しそうに笑っていた四人の中で、今この世にいないのは、私の息子のヴィルヘルムだけですものね……」

「王太后様……」

「私はもう大丈夫よ。こうして懐かしい貴方にも再会できたし、お陰で()()()()()を得ることもできたわ」


 そう言いながらヒルデグンデは、首飾りの上に右手をそっと置いた。



「そうだわ。私、今日はどうしてもフェルナンド様に渡して頂きたいものを持参したの」

「祖父に、ですか?」

「ええ。この素敵な首飾りのお礼だと、フェルナンド様には貴方からお伝えしてね」


 ヒルデグンデがそう言い終えると、後ろに立っていた侍女の一人が布で覆われた何かをテーブルの上に乗せた。

 侍女が外した布の下から出てきたのは、王太后から先代の王への“お礼”と言うにはお世辞にも美しくも立派でもない、古いただの木箱だった。それほど大きくは無いその木箱には、厳重に鍵がかけられている。

 木箱の状態から考えても、鍵のサビ具合からしても、木箱は最近施錠されたもののようには見えない。


「ありがとうございます。私がお預かりして持ち帰り、必ず祖父に手渡します」

「お願いします。それから、これはカルロ国王への礼状です。中に箱を開けるための鍵も入れてあります。一緒にお願いできるかしら?」


 そう言って、ヒルデグンデは持っていた手提げ鞄から封筒を取り出した。この手紙に関しては、控えていた侍女たちも知らなかったようで、一瞬だったが、侍女たちの表情が変わったのをギルベルトは見逃さなかった。


「もちろんです。お預かり致します」


 ギルベルトは差し出された封筒を素早く受け取ると、それをすぐに上着のポケットに仕舞い込んだ。



「それでは、私はそろそろ失礼するわね。これ以上長居をしてしまっては、折角の結婚披露パーティーにみえている方にも、貴方たちにも迷惑でしょうから」


 ヒルデグンデは立ち上がった。


「本日はわざわざお越し頂きありがとうございます」


 そう言いながら、エルンストも立ち上がる。


「王太后様におかれましては、これからも健やかにお過ごし頂き、私たちが切り拓くこの国の未来を見届けて頂きたいと、心より願っております」

「もちろんよ。エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー侯爵。貴方の働きを期待しているわ。ギルベルト殿下、貴方もね」

「「はい」」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「出港するぞ! 錨を上げろ!」


 ヒルデグンデとの突然の懇談から数日後のこの日、ギルベルトたちは遂にキールの港からクリスタリア国へ向けて出港することになった。

 船長の大きな掛け声と共に、大型帆船はゆっくりと動き出す。



「いよいよ帰国ですね、殿下。一日でも早く、ヴィスタルのご家族の元に戻りたいのでは?」

「そりゃあそうだね。でも、いろいろあったけれど得ることの多い毎日だったよ」


 キール港に見送りに来ていたエルンストとルアンナの手を振る姿が、徐々に小さくなっていく。

 次に彼らに会える日はいつだろうか。


「そうは言っても、ヴィスタルの港に到着するのは随分と先ですよ、お二人とも」


 声に驚いたギルベルトとフレドが振り向くと、二人のすぐ背後にジル・クランが立っていた。


「うわ。いつの間に?」

「毎回毎回、気配を殺して近付くのは止めて貰いたいな!」

「お二人とも、もう少し周りの様子に気を配った方がよろしいと思いますよ。ご自身のためにもね」

「ジル。お前さんにそんな風に言われると……。見てみろ。身の毛がよだってる」

「侯爵。私は暗殺者ではありませんので、そういった心配は無用です。ああ、でも本当に鳥肌が立っていますね。あははは」

「まったく、笑い事じゃないぞ、こっちは。肝が冷えた。殿下、申し訳ありませんが、私は一足お先に船室に引き上げさせて頂きます」

「分かった」


 フレドの背中をギルベルトはジルと並んで見送った。



「エルンストはとても幸せそうでしたね」

「……そうですね」


 これからのことを思えば、エルンストが幸せなだけの毎日をこれから先もずっとこの王都キールで過ごせるとは、ギルベルトには到底思えなかった。

 数年後、この国の貴族たちを震撼させる出来事が必ず起きる。いや、自分たちがそれを起こす側か……。

 だが今しばらくは、ジルの言うように、皆が幸せであって欲しいとギルベルトも願った。



「ところで、そう言う貴方はまだ結婚の予定は無いのですか? 女性に相当に人気があるようだと、アスールたちから聞いていますよ」

「ははは。それはどうでしょう? 彼らが言っているのは、きっとテレジアの町の、飲み屋に勤める女性たちのことだと思いますよ」

「そうなのですか?」

「ええ。海賊連中は大酒飲みが多くて、大金を店に落としますからね」

「では、そう言うことにしておきますね」

「ははは。ギルベルト殿下も、なかなか仰いますね」


 二人は顔を見合わせて笑った。



 ジルが言ったように、まだまだクリスタリア国まで帰るには、こうして何日も船に揺られ続けていなければならない。

 それでも、既に国へ向かう船の上なのだと考えるだけで、ギルベルトの心はなんとなく晴れやかになるのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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