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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第五部 王立学院四年目編
307/394

41 その頃、キールでは……(5)

 エルンストの叔父のヘルフリートは、ゴテゴテと派手に着飾った妻と、息子のハンスを伴って屋敷に現れた。


 エルンストが国を逃れてからの数年間、男手を失ったヴィスマイヤー侯爵本家を、我が物顔で取り仕切っていたのはヘルフリートだ。

 そのヘルフリート・フォン・ヴィスマイヤーの登場に、エルンストの祝いに来ていた貴族たちが、明らかに戸惑いの表情を見せている。


 その場に居合わせた貴族たちは、遅れて登場した主役夫妻のこの叔父に対して、どう挨拶するのが一番正しいのか、どう対応すれば今後もヴィスマイヤー侯爵家と良好な立場で居られるか、考えを巡らせているようだ。

 既にエルンストが侯爵位を継いだことは、ここに居る貴族たちには完全に知れ渡っている。次期国王となるレオンハルトまでもエルンストに肩入れしているのだ。


 叔父のヘルフリートか、甥のエルンストか。どちらの側に立つのが、今後自分たちのためになるのか……。

 彼らの中で、ヘルフリートと付き合う価値は、一気に急落したと言っても過言では無い。




 結局、ギルベルトたちがエルンストの叔父親子と挨拶を交わせたのは、祝いに詰めかけていた貴族たちが大方帰った後になった。


「クリスタリア国の方々が王都の屋敷に長期滞在中との噂は、本当だったのですね?」


 エルンストの従兄弟に当たるというその青年は、無邪気な笑顔をギルベルトたちに向けた。


「ハンス・フォン・ヴィスマイヤーです」


 祝いの場での様子を離れた位置からしばらく観察していたが、このハンスと名乗った従兄弟は、常に屈託のない笑顔でエルンストの母親や妹に接してるように見えた。

 エルンストに対しては、最初のうちは、しばらく会わずにいた従兄弟に戸惑いを見せているようだったが、時間の経過と共に緊張が解けたのだろう、まるで兄を慕う小さな弟のようにエルンストの後ろをついて歩いていた。


「エルンスト兄上がこの国を出られたと聞かされた時は、あまりに突然のことでしたので、随分と寂しく思ったものです。まさか、ハクブルム国の方とこうして結婚され、クリスタリア国の王族の方々とも親しくされていたとは……。驚きました。でも、兄上がお戻りになられて、無事に侯爵位もお継ぎになられて、本当に嬉しいです」


 口先だけの台詞には聞こえない。


「あの感じですと、息子の方は全く父親の思惑など知らないようですね」

「そう見えるね」



 一方の叔父のヘルフリートの方は、ギルベルトたちに対しても、形式的な挨拶を礼儀正しくしてはきたが、その張り付いた笑顔の下で何を考えているのかを推し量るのは難しそうだ。


 しばらくすると、ヘルフリートは「体調があまり良く無い」と言って、戸惑う息子と妻を連れて、自分の屋敷へと引き上げてしまった。


「何を考えているんでしょうね……」

「まあ、心中穏やかでは無いだろうね」



 ヘルフリートが何年もかけて練ってきたであろうヴィスマイヤー侯爵家の乗っ取り計画は、まさに一瞬にして彼の思惑とは全く違う結末を迎えてしまったことになる。

 ヘルフリートにとってはまさに寝耳に水といった具合に、彼が王都を留守にしていたほんの少し間に、第一王子のレオンハルトが()()()エルンストに侯爵位を与えてしまったのだから。



 ヘルフリートとハンスの親子二人を見送ってしばらくすると、長かった二日目のパーティーもようやくお開きとなった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 三日目ともなると、ヴィスマイヤー侯爵邸にやって来るのは下位貴族ばかりになりそうだとエルンストは言った。

 もはやギルベルトにとっては、彼らの中に、今後それほど重要な人物となりそうな者は居ない。今日は流石にパーティーに顔を出す必要も無いだろう。



「なんだか、下の階が随分と騒がしい気がするんだけど……」

「確かにそうですね。何かあったのでしょうか?」


 今日のパーティーに参加する予定が無いギルベルトとラモスの二人は、二階に用意されたギルベルトの客間でお茶を飲みながらのんびりと寛いでいた。


 誰かが階段を駆け上がって来る足音が聞こえ、その足音の主はそのままこの部屋へと近付いて来る。

 扉の外で、ギルベルトの側仕えのフーゴが誰かと話し込んでいる声がボソボソと聞こえてきた。



「やっぱり、何かあったね」

「どうやらそのようですね……」


 足音の主は再び階段を下りて行き、扉がノックされた。


「殿下。王太后様がお見えになられているそうです」




 そこからはヴィスマイヤー侯爵家に仕える使用人たちの優秀さが遺憾なく発揮された。ギルベルトは数人掛りで身支度を完璧に整えてもらい、あり得ないほどの素早さで正装を纏ったクリスタリア国の第二王子へと変身した。

 如何にもこの王子然とした輝きを放つギルベルトが、ほんの少し前まで、完全に気の抜けた格好をして友人と部屋でダラダラと過ごしていたとは、もはや誰にも想像できまい。



 ギルベルトは同じく身支度を整えたラモスを従えて、優雅に階段を下り、周囲の貴族たちの注目を一身に集めながら王広間を抜け、王太后が待つという奥の部屋へと急ぐ。


 パーティーに居合わせた貴族たちは、普段は北の離宮に引きこもっているという噂がある王太后陛下の、この突然のヴィスマイヤー侯爵家への訪問に、驚きを隠せないようだ。

 皆への挨拶もそこそこに奥の部屋へと消えていった王太后のいる部屋へ、今度はクリスタリア国から来訪中の(きらめ)かしい王子が入って行くのだ。

 いったい自分たちの目の前で何事が起きているのかと思うのは当然で、皆が口々に勝手な憶測を話しているのが、歩くギルベルトの耳にも聞こえてきていた。



 部屋の中には、フェルナンドと同じくらいの年齢に見える女性が、非常に姿勢正しく椅子に腰掛けていた。

 その女性は部屋に入ってきたギルベルトに気付くと、優しい微笑みを浮かべて優雅に椅子から立ち上がった。


「ああ。貴方がギルベルト殿下なのですね?」


 女性はそう言うと、驚く周りの侍女たちの静止も聞かずに、ギルベルトに歩み寄り、ギルベルトの両手を取った。女性の胸には見覚えのある蓮の花を模した美しい首飾りが輝いている。


「ヒルデグンデ王太后様。でしょうか?」


 ギルベルトが静かに尋ねた。


「ええ、ええ。私、ヒルデグンデ・フォン・ロートスです。急に訪ねて来てしまい、ごめんなさいね。でも、どうしても私の口から直接、この首飾りのお礼が言いたかったのよ」


 相変わらずヒルデグンデはギルベルトの両手を握ったままで、その目には、うっすらと涙が光って見える。ギルベルトは優しく微笑んだ。


「お目にかかれて光栄です、ヒルデグンデ様。クリスタリア国の第二王子、ギルベルト・クリスタリアです」



 ヒルデグンデ・フォン・ロートスは、ギルベルトに会うために、王都から数日はかかるはずの離宮から少ない侍女と護衛騎士を伴って出て来たようだ。

 護衛騎士たちは、ヴィスマイヤー侯爵邸の外と、この部屋の扉の外で待機している。


 今この部屋の中に居るのは、ギルベルトとヒルデグンデの他には、彼女について来た三人の侍女と、ギルベルトの補佐としてフレド・バルマー侯爵、この屋敷の正当な主人となったエルンスト・フォン・ヴィスマイヤー侯爵、エルンストの母のタチアナの八人だけだ。


 ヒルデグンデの後ろに控えている侍女たちが、詳しい事情を知るはずは当然無いだろう。ヒルデグンデは慎重に言葉を選びながら話を始めた。

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