39 フェルナンドとマルコスとフェイ
アスールたちの島での夏の休暇も、いよいよ数日を残すだけとなった。楽しい日々はあっという間に過ぎていく。
周りを心配させ、散々振り回してこの島へとやって来たフェルナンドも、今ではすっかりこの島に馴染み、島での日々を満喫している。
てっきりアスールをはじめとする皆は、フェルナンドは数日で王宮へと無理矢理に連れ戻されるものだと考えていた。
だが、どうやってあの人手不足の渦中に居る息子を説得したのか、気付けば、いつのまにかフェルナンドはアスールたちの休暇が終わるまで、一緒にこの島に滞在することになっていた。
フェルナンドは年齢を感じさせぬ軽いフットワークで、子どもたちとの海釣りに、島の散策に、この島に暮らす人たちとの交流に、慣れない料理にと、毎日を心の底から楽しんでいるようにアスールには見えた。
「お祖父様、今日はどちらへ行かれる予定ですか?」
「今日か? 今日これから “オクルタ島” へ行ってくるぞ」
「オクルタ島ですか? フェルナンド様、いったい誰とです? 今、あそこに船を出してくれるような人……居たかなあ?」
レイフが首を捻っている。
「マルコスじゃよ。彼が小船を出してくれると言っておったぞ」
「「マルコスさん?」」
驚きのあまり、アスールとルシオの声が揃った。
オクルタ島というのは、オルカ海賊団の本拠地のある隠れ島のことだ。
オルカ海賊団の頭領であるミゲル船長は、もう一つの本業でもあるアルカーノ商会の方の仕事の関係で現在テレジアを離れている。
船長の右手ともいわれている主船の副船長のジル・クランと、ミゲルの次男で現在海賊修行中のイアン・アルカーノも、第二王子のギルベルトたちとロートス王国へ行っているため不在だ。
この状況で、例え先王といえどフェルナンドがオクルタ島へ上陸することに許可がおりるとは到底思えない。
「それなら大丈夫よ」
「母さん!」
リリアナが部屋に入ってきた。
「昨日のうちに、マルコスがミゲルに許可を貰っていたから。ちゃんと私も届いた手紙の内容を確認したわ」
「そうなの?」
「ええ。それでね、私も今日はフェルナンド様と一緒にオクルタ島に行ってくるから、勉強部屋の方は貴方たちにお任せするわね!」
「えええ! そうなの?」
「そうよ! 頼んだわよ、四人とも」
朝食の時にリリアナから聞いた話では、まだフェルナンドの父親が国王だった時代の話のようだが、まだこの国がここまで豊かでは無く、情勢も安定していなかった頃、クリスタリア国の北部で大きな土砂災害が起きた。
山の中腹にあった小さな村までの道が寸断してしまい、村がどういう状況にあるのか全く連絡が取れない日が数日続いたそうだ。
小さな村で暮らす住人も少ないため、ただでさえ足りない救助の手は、どんどん他の被災地へと流れてしまう。
そんな時に、当時はまだ皇太子だった年若いフェルナンドがフラリと北部地域にやって来た。
「行って、村の様子を見てくる!」
フェルナンドは周囲の者たちからの反対の声に全く耳を貸さずに、愛馬の背に飛び乗ると、いつどこが崩れるかも分からない山道を護衛も付けずに一人で入って行ってしまったそうだ。
「それで、その後どうなったのです?」
「翌日になって、フェルナンド様は小さな子どもを二人馬に乗せて戻って来たそうよ」
「子どもを二人?」
「大人はしばらく少ない食事でも生き延びることはできるけど、子どもは難しいでしょう? だから二人だけを先に下山させたそうよ。ですよね? フェルナンド様?」
「ああ、そうだったかなぁ。もう随分と昔のことだから、忘れてしまったの」
フェルナンドは照れているのだろう、そっぽを向いている。
それからしばらくして、王都から駆けつけてた騎士団や救助隊が山に入って、孤立していた村の住人も全員無事に避難できたそうだ。
山へ向かう際にフェルナンドが、愛馬の両脇に提げていた袋に食料を目一杯詰め込んでいたおかげで、村人たちは救助隊が到着するまで、なんとか飢えずに耐えられたそうだ。
「お祖父様、凄いです!」
「自分で食べようと思って、たまたま持っていただけじゃよ」
「絶対そんな筈無いよね……」
「いやぁ、フェルナンド様だしね。あるかもしれない」
「ルシオ様!」
「ごめん、ごめん。冗談だよ、ローザちゃん」
ルシオのふざけた発言にローザは本気で怒っているようだ。
「それでね。わたし、さっき、フェルナンド様に助けられた子どもが二人居たって言ったでしょう? そのうちの一人が、なんと、マルコスの母親なんですって!」
「「「「本当に?」」」」
「ね。驚くわよね?」
アスールたち四人は大きく頷いた。
「あれ、でもちょっと待って!」
「どうした、ルシオ?」
「だって、助けた子どもがマルコスさんの母親? マルコスさんって、今何歳なの?」
「マルコス? 彼、見た目よりずっと若いのよ。確か二十八歳だったような……」
「ええっ。お尋ねしますが、その事故の時、フェルナンド様は何歳だったのですか?」
「儂か? 十六か、十七だったと思うぞ。学院を卒業して、まだそれほど経っていなかったからな」
「僕たちと、大して変わらない頃だよね?」
「できる? アスール?」
「無理、だと思う」
「僕もだよ……」
やはりフェルナンドは桁違いだ。
「あの頃は、今とは学院の方針も随分と違ったしな。馬に乗れない学生など居なかったぞ」
「それでも……。崩れそうな崖を行く学生も、そうは居ないと思いますよ、お祖父様」
「そうか? まあ、そうかもしれんな。城へ戻ってから、随分と小言は言われたな」
リリアナ曰く、そんなこともあって、マルコスにとってのフェルナンドは、神にも近い憧れの存在なのだそうだ。
「それにしても、マルコスさんって分かりにくいよね。そんな感じ、全然しないじゃない?」
「確かに!」
「でも、最初に会った時から、見た目よりも優しい人かなって思っていたけど、それって僕がお祖父様の孫だって知っていたからだったのかな?」
「さあ、どうかしら。あの人、分かりにくいけど、ああいう人よ」
そう言ってリリアナはふふふと笑った。
ー * ー * ー * ー
「あれ、フェイ。まだ帰っていなかったんだね?」
アスールが屋敷の裏手にあるホルク厩舎に向かうと、厩舎の前でフェルナンドとフェイの二人が並んで話し込んでいるのが見えた。
「うん。お爺ちゃんにホルクのこと、いろいろと教えて貰っていたんだよ!」
「そうだったの」
「じゃあ、僕、もう帰るね。また明日、アスール兄ちゃん! お爺ちゃんも、明日ね!」
「気を付けて帰るんじゃぞ、フェイ!」
フェイは楽しそうに一本道を走り下って行った。
「お祖父様、フェイとホルクの話をされていたのですか?」
「ああ。あの子はなかなか良いな! 儂からホルクの話を聞く時の目が、凄く良い」
「フェイは将来、ホルクに関わる仕事に就きたいと思っているんです。だから王立学院の受験も視野に入れてみてはどうかと話しました」
「そうか。でも受験するには、あの子はまだ小さいだろう?」
「フェイはもう八歳ですよ。受験まで一年と少しです」
「そうなのか? それにしては、少し小さいな……」
アスールは三年前にフェイに出会った時の話をフェルナンドにした。
「ああ。あの時の子が、あの子だったのか」
「ご存知でしたか?」
「もちろんじゃ。エルンストからもダリオからも、もちろんリリアナからも報告は受けておる」
この島での日々は、全て筒抜けというわけだ。
「さて、ここでの休暇も後三日だのぉ……。はぁ。儂は、帰るのを延期するかな」
「お祖父様、冗談ですよね?」
「ははは。どう思う?」
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