38 フェルナンドと神獣サスティー(2)
思う存分小さな姿で焼き菓子を堪能したらしいレガリアとサスティーは、また本来の姿に戻ると、部屋に敷いてある絨毯の上に陣取って、すっかり寛いでいるようだ。
「サスティー様が小さなお姿でこの屋敷にいらっしゃったということは、ちゃんとピイちゃんたちがアス兄様の伝言を伝えられたということなのよね?」
「そうだな」
「凄いわね!」
「言葉を話さなくても、意志の疎通はできるってことだよね?」
ルシオがレガリアに尋ねた。
「言葉など、動物に必要か?」
アスールとルシオは、ピイリアとチビ助を裏山へと飛ばす際に、まずはサスティーを見つけ出すようにと二羽に命じた。
それから、もし無事にサスティーを見つけることができたら、屋敷まで一緒に来てくれるように頼むこと、屋敷に来る際には他の人を驚かせないように小さな姿で来て欲しいこと、その二点をサスティーに伝えるようにと命じたのだ。
サスティーは、ちゃんと小さな姿で屋敷に現れた。つまり、二羽のホルクはアスールたちの希望をサスティーにきちんと伝えたということになる。
まあ、使用人たちに仔犬と間違われて、サスティーは酷く不愉快そうではあったが……。
任務を無事に果たしたピイリアとチビ助も、アスールとルシオからご褒美として乾燥させた果物を貰っている。
チビ助はすっかりサスティーのふわふわした毛皮が気に入ったようで、ルシオからご褒美を受け取ると、それを咥えてサスティーの毛皮の中へと潜り込んでしまった。
意外なことに、サスティーの方もそれを嫌がる様子は無さそうだ。
ピイリアの方は、レガリアの上を行ったり来たり落ち着き無く歩き回っていた。
ローザが既にレガリアにもたれ掛かるように座っているので、なかなか落ち着いて寛げる良い場所を見つけられないのかもしれない。
「お祖父様は、サスティー様に何かご用があったのですか?」
「用? いや、特にそういうわけではないぞ。ローザがあまりにも自慢気な手紙を送って寄越したから、儂も会ってみたくなっただけだ」
「ええっ。そんな理由で!」
「なんじゃ、ルシオ。何か問題でもあるか?」
「いいえ。素晴らしい理由だと思います!」
「この年になるとな、ルシオ。できることはできるうちにしておくべきだと、しみじみ思うんじゃ。天に召される瞬間に、後悔は残したくないからの」
「……まだまだフェルナンド様でしたらいろいろ経験できそうですね」
「ん? ルシオ、それはどういう意味だ?」
「特に深い意味はありません!」
ルシオの背筋が伸びる。皆が声を上げて笑った。
「ねえ、レガリア」
「なんだ?」
「レガリアとサスティー様以外の神獣様たちは、今どこに居るの?」
ローザがレガリアに聞いた。
「他の神獣か……。だいたいの場所は分かるが、それが人の子の土地でいう『どこ』なのかは我々には分からんよ」
人と神獣とでは、そもそも土地や空間に関する認識の仕方が全く違うのだろう。
人は地図や磁石といった道具を使う。その上で、目から入ってくる情報を頼りに、自分とその他のものの距離を測ったり、位置を特定する。
それに対して神獣たちは、人には凡そ理解し難い、超感覚的な認知方法をとっているようだ。
だいたい、神獣は地図が読めない。まあ、読む必要も無いだろうが。
「そうね。でも、この近くには私たち以外の神獣は居ないと思うわ。だってもう何百年もの間、私はティーグル以外の気配を近くに感じたことはないもの」
「我もそう思うぞ」
「私はこの地が気に入って、もうずっと長い年月ここで暮らしているわ。たぶん、他の神獣たちも、それぞれに離れたくない場所があって、今もそこに居るんじゃないかしら」
「じゃあ、他の神獣様に会うのは無理なのですね……」
ローザはがっくりと肩を落とした。
「そうとは限らないぞ、ローザ。出会える時は出会えるし、出会えない時は出会えない。出会いとは、そんなものだろう?」
「そうなの?」
ローザは首を傾げる。
「そうよ。もしかするとこっちが移動したくなるかもしれないし、向こうが移動して来るかもしれないでしょ。まあ、それが今すぐで無く、何百年後の話だったら……貴女たちにはちょっと難しいわね」
「そう言えば、儂が若い頃に聞いた話なんじゃが、サーレンという国に、頭に角の生えた美しい白馬が居ると聞いたことがあるぞ」
フェルナンドがふと思い出したように話し出した。
「なんでも、その姿が目撃された年は、麦の実りが非常に良いという話だったような……」
「それ、テルテラのことだわね」
サスティーが言った。
「テルテラ? それって、地の女神テラーラ様に仕える神獣のことですよね?」
「ああ、そうだ! ローザは詳しいな。フェルナンド、さっき言っていたサーレンというのはここよりも向こうの方であろう?」
そう言ってレガリアは首を北の方向に向ける。
「ええと……。ああ、確かにそうじゃな。サーレンはダダイラ、ガルージオン両国の北に位置する横に長い国じゃ」
「やっぱり分かるんだね?」
「だいたいと言っただろう。はっきりとした位置は近くに行かねばお互い分からない」
「サーレン国かあ。確かあの国は農業が盛んな国だったよね?」
「穀倉地帯が広がっているって授業で習ったよね」
「やっぱり地の女神様が気に入って居た場所なだけあるってことかな?」
「そうだろうね!」
「フェルナンド様。他にもそういった話を、何かご存知では無いですか?」
意外にも、レイフがかなり興味を示している。
「他か?……うーん。特には思い出せんな」
「そうですか」
「ねえ、レガリア。どの位近付くとお互いに分かるの?」
「どの位……。そうだな。例えば、サスティーのことなら我は今なら学院に居ても察知できる」
「学院から?」
「結構な距離、あるよね?」
「言っておくけど、私には無理よ!」
サスティーは吐き捨てるようにそう言った。
「そうなの?」
「そうよ。もともとルミナス様の加護を持つティーグルは、神獣の中でも特別な存在なのよ。それに……」
サスティーは言いかけていた言葉を飲み込み、チラリとレガリアの方へ視線を送った。
「別に言っても構わんぞ。我はローザと契約を交わしてから、それまでの我とは、比較にならない程の “力” をローザから得ている。サスティーは、そう言いたかったのだろう」
「「そんなに?」」
レイフとルシオが驚いた顔でローザを見ている。
レイフとルシオは、ローザがレガリアと契約しているという事実から、当然ローザが光の属性持ちであることに気付いてはいただろう。
だが、わざわざ二人と改まってそんな話をしたことは無かった。
学院でローザは、属性別の授業では “地属性” のクラスに参加している。
確かにローザには地属性もあるにはあるが、それはほんの僅かだと、以前アスールとローザの魔力測定をしてくれたカーリム博士は言っていた。
それでも他の地属性持ちの友人たちと同等か、それ以上に、地属性の授業中に成果を出していることを考えれば、ローザの魔力量はかなりな量だということなのだろう。
「あのさ、二人とも」
しばらく黙ったままのレイフとルシオに、アスールが声をかけた。
「ああ、大丈夫。ちょっと驚いただけだよ」
「そうだね。考えてみれば、いろいろと思い当たる節は今までにもあったわけだし」
「そうそう! それにローザちゃんはあんなだしね!」
そう二人に言われてアスールがローザの方を振り返って見ると、ローザは嬉しそうにレガリアにしがみついて、興奮気味にレガリアに向かって話しかけている。
「ねえ、レガリア。私、凄く良いことを思いついたのよ!」
「なんだ?」
「私が成人したら、一緒に旅に出ましょう!」
「旅?」
「そうよ! 一緒に他の神獣様たちを探しに行くのよ。私とレガリアが一緒に居れば見つけられるのでしょう?」
「ならば、儂も一緒に行こう。そうと決まれば、儂も頑張って長生きせんとの」
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