37 フェルナンドと神獣サスティー(1)
「えええっ。神獣に会うために来られたのですか?」
「そうじゃよ。何か、問題でもあるのか?」
「問題って……。それは、大あり、です。よね?」
アスールたちは互いに顔を見合わせ、リリアナは額に手を当てて黙って床を見つめている。
この夏、王宮でカルロの補佐をするようになったギルベルトは、ハクブルム国とロートス王国を訪問するために国をあけている。
王の右腕ともいわれている王宮府副長官のフレド・バルマー侯爵も、同じく王宮府に勤務する長男のラモスを伴って、ギルベルトに同行していて不在なのだ。
はっきり言って今の王宮は絶望的な人手不足のはずでは?
そんな状況下にあって「神獣に会いたくて、ちょっと王宮を抜け出て来ちゃいました」みたいな軽い感覚は如何なものかと……。まあ、これがフェルナンドなのだろう。
「ねえ、聞いても良いかしら。神獣って……会いたいと思って、そう簡単に会えるものなの?」
リリアナが疑問を口にした。
確かにそうだ。レガリアにもいえることだが、神獣という存在は、他者に捉われることなく、気儘に自分の時間を生きている感じがする。サスティーはレガリア以上にそんな雰囲気がする。
「呼び出せば良いではないか」
「「「えっ?」」」
「だから。会いたいのなら、呼べば良いと言っておる」
レガリアが「そんなことも分からんのか?」とブツブツ呟いている。
「……呼べば、来てくれるの?」
「気が向けば来るであろうな」
「気が向けばって……」
「全く、揃いも揃ってグダグダ言いおって。さっさと呼べば良かろうに」
小さかったレガリアは、一瞬にして本来の姿をとった。
「待って、レガリア!」
ローザが慌ててレガリアの首に腕を回して引き留める。
「なんじゃ? 何かあるのか?」
「まさか、裏山に向かって、また “気” を放つつもりじゃ無いですよね?」
「そうだが?」
「それは駄目です!」
「何故?」
「前にサスティー様が『山の動物たちが驚く』と仰っていたではありませんか!」
「些末なことだ」
「それでもです。他の方法は無いのですか? 動物たちをビックリさせない方法は?」
どうやらレガリアは考えているようだ。
確かにあの方法をとると、また裏山への通り道にある果樹園と、山の実りが異常な事態になってしまう。数年は影響するって言っていたのに、あれからまだ二年しか経っていないのに。
「ならば、お前たちのホルクを使えば良い」
「ホルク? それって、ピイリアとチビ助のこと?」
「そうだ。あれらに裏山まで呼びに行かせれば良い」
「ええと、でも、サスティー様からセクリタなんて、貰ったっけ?」
「セクリタ? そんな物は必要無い。神獣の気配を探すことなど、あの二羽にはワケも無いはずだぞ」
「そうなの?」
「外の厩舎にいる他のホルクには無理だとしても、普段から我と共に過ごしているあの二羽なら可能な筈だ。試してみると良い」
「ちょっと、チビ助とピイリアを連れて来るよ!」
ルシオは目を輝かせて部屋を飛び出して行こうとする。
「待て、ルシオ! 今日はもう遅い。サスティーを呼び出すのは、明日になってからだ」
ー * ー * ー * ー
「おや。なんだいお前。いったいどこから迷い込んで来た?」
「あら、どうかしたの?」
「玄関前に、仔犬が居るんだよ」
屋敷の外で話し声がする。
「お出ましだぞ。早く迎えに行って来い! アレの機嫌が悪くなる前にな」
レガリアに言われ、アスールたちは急いで玄関を開けて外へと飛び出した。
玄関前では、屋敷の使用人が二人しゃがみ込んで喋っている。
「ああ、その子。レイフが知り合いから、今だけ預かってるんだ!」
「レイフ様が? この仔犬を?」
「……ああ、うん。そうなんだよ。ちょっとした知り合いに……」
思わずルシオの口から出た適当な言い訳に、レイフが慌てて口裏を合わせた。
「そうでしたか。可愛らしい仔犬ですね。犬種は何ですか?」
「犬種? 犬種かあ……。犬種は、ええと」
「雑種なんじゃないの?」
ルシオが言った。
「ああ、そうだね。そうだよ! 何も言っていなかったから、きっと雑種かも?」
「そうですか。こんなに綺麗な雑種だったら、私も家で飼いたいわ」
「あはは。そ、そうだね」
「行こう、レイフ。中で皆が待っているよ」
アスールは使用人たちの足元にいる仔犬(?)をひょいと抱き上げた。アスールは胸元から、かなり不服そうに見上げる目線を感じながら、急いで玄関を開けて屋敷の中へ入った。
「私が仔犬ですって? その上、神獣の私に向かって、事もあろうに雑種だなんて!」
「「「申しわけありません!!!」」」
レガリアたちが待つ部屋へ到着すると、サスティーはアスールの腕の中でひと暴れした後、腕から飛び出すようにして、レガリアの前へと降り立った。
それから一瞬で本来の姿に戻り、忿懣遣る方無いといった様子で、こうしてずっと喚き散らしている。
「小鳥が二羽も揃ってどうしても来て欲しいって頼むからこうして来てあげたって言うのに! わざわざこんなところまで呼びつけて、いったい何の用なの?」
「すまんな。儂が会いたいと、皆に無理を言ったんじゃよ」
「貴方。誰?」
「儂はフェルナンド・クリスタリア。ここに居るアスールとローザの祖父じゃ」
「……祖父? 祖父ねえ……」
そう言って、サスティーは考え深げな琥珀色の瞳でフェルナンドをじっと見つめている。フェルナンドの方も負けじとサスティーを見つめ返している。
「まあ、それならそれでも良いわよ」
「感謝する」
確かに、厳密にはフェルナンドはアスールとローザの祖父では無い。
そういえば以前、アスールがレガリアにギルベルトをはじめて紹介した時、ギルベルトがアスールの本物の兄では無いと見抜かれたことがあった。
今回のサスティーの言い方は、アスールにあの日を彷彿させた。
まあなんにせよ、ローザはまだ真実を知らないのだ。サスティーがこれ以上何も言わないでいてくれるのは正直ありがたい。
その時、部屋の扉をノックする音がして、ダリオとエマが、それぞれワゴンを押しながら部屋へと入ってきた。ダリオのワゴンの上には焼き菓子が、エマのワゴンの上にはお茶セットがのせられている。
「呼びつけてしまったお詫びとでも言うか、お近付きの印とでも言うか。まあ、いろいろとこうして用意させたので、今日はゆっくり楽しんでいって貰いたいと思っとる」
エマはカップにお茶を順に注ぎ、ダリオはワゴンの上にあった何種類もの焼き菓子が盛られた皿を次々にテーブルの上に並べていく。
「凄い!」
「まあ! もしかして、これ全部ダリオの手作りなの?」
「左様で御座いますよ、ローザ様」
「まるで本物の菓子職人ね!」
「お褒めに預かり光栄です」
部屋は、美味しそうな焼き菓子の匂いとお茶の香りでいっぱいになった。
サスティーが琥珀色の瞳を輝かせてテーブルの上に並ぶ焼き菓子に見入っている。
「さて。どうすれば良いのか、流石にまだ覚えているだろう?」
そう言って、レガリアはサスティーの目の前で、一瞬で小さな姿へと変わってみせた。
「当然よ! 私を誰だと思っているの?」
サスティーも再び小さな姿に変わる。
「焼き菓子の時間だ!」
「そうね! 遠慮なく楽しませて頂くわ!」
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