36 フェルナンドと島の夏休暇
勉強部屋が終了すると、余程のことでもない限り勉強を終えた子どもたちは、ここでお昼を食べてから帰宅する。この日も、二つの部屋から出てきた子どもたちが次々に食堂へと入っていくのが見える。
食堂からは、食欲を刺激するなんとも良い匂いが漂って来ている。
「お祖父様!」
「おお、ローザ。元気そうじゃなっ!」
食堂の一番奥の壁際の席に座っていたフェルナンドに気付いたローザが、フェルナンドに駆け寄っていく。
笑顔で立ち上がったフェルナンドに、ローザはそのままの勢いで抱きついた。
「おやおや、ローザ。淑やかなご令嬢はいったいどこへ行ってしまったんじゃ?」
「お祖父様、ここは王都ではありませんのよ。今私たちは島に居るです。つまり、ここでは私は走ったり、大きな声でお喋りをしたり笑ったりする、ただのローザなのです!」
「ほほぉ。そりゃ良いな! だったら儂もここではただの爺さんじゃの!」
「はい、そうですね!」
フェルナンドは愉しげな笑顔でしがみつくローザの両脇を持って、そのまま勢いよくローザを上へと抱え上げた。
ローザは一瞬小さな悲鳴をあげたが、高い位置まで抱きあげられると、フェルナンドの頭にガシッとしがみついて、キャーキャー楽しそうにはしゃぎはじめた。
その様子を食堂の入り口近くで見ていた小さな子たちが、フェルナンドとローザを囲むように一斉に駆け寄った。
「おや。なんじゃ、なんじゃ?」
集まってきた子どもたちを不思議そうに見回すフェルナンドの耳元で、ローザがそっと囁いた。
「皆も、抱っこして欲しいのかもしれませんよ、お祖父様に」
「そうなのか?」
その時、一番小さな男の子がフェルナンドに向かって手を伸ばした。
「ほぉら、やっぱり! お祖父様、私はもう充分ですわ。交代いたしましょう」
フェルナンドはローザを床に下ろすと、今度はおっかなびっくり、ゆっくりと丁寧に小さな男の子を抱き上げた。
男の子はキャラキャラと笑い声をあげながら、小さくて頼りなげな両腕を伸ばしてフェルナンドに抱きついている。
アスールもローザも大きくなってしまって、今の王宮には、強面のフェルナンドにこんな風に抱っこをせがむ者などもう居ない。
「お爺ちゃん! お爺ちゃん!」と次々に抱っこをせがまれて、困った顔を浮かべながらも、フェルナンドは満更でもなさそうだ。
その後は、リリアナが「いいから先にご飯を食べてしまいなさい!」と呆れ顔で小さい子たちに注意するまで、子どもたちがフェルナンドの周りでフェルナンドの取り合いを繰り広げ続けていた。
「良い良い。大丈夫じゃよ、リリアナ。今の儂は、ただの爺さんなのじゃからのぉ」
昼食後。フェルナンドは、海岸へと移動して、子どもたちとの磯釣りを大いに楽しんだ。
シモンとルイスが「昨日くらいからシーディンの大きな群れが近付いて来ている!」とお昼を食べながら話していたのを、耳聡く聞きつけたらしいのだ。
「アスール! 儂らもシーディンを釣りに行くぞ!」
「えええ? 今日ですか?」
「明日になって群れが離れていってしまったら、もう釣れなくなってしまうではないか! もちろん今からすぐに行くぞ! 皆も早く支度せい!」
フェルナンドの中では、すでにルシオとレイフが自分と一緒に釣りに行くことは決定事項らしい。
「まあ、分かってたけど、言い出したら聞かないタイプだよね、フェルナンド様って」
そう言いながらルシオがアスールの肩をポンポンと叩く。
そのルシオ顔が「こうなったら、諦めてついて行くしかないでしょ!」と言っている。
シモンたちの言った通り、シーディンの大きな群れが来ていて、釣り糸を垂らすと、すぐに数匹のシーディンが針にかかる。
「これだけデカい群れは珍しいんだよ!」
「これなら、アスール兄ちゃんでも入れ食いだね!」
シモンとルイスは、もうすっかりフェルナンドと意気投合している。
「爺ちゃん、釣りをしたことなんてあるのか? 王都では釣りはしないって、前にアスール兄ちゃんが言ってたけど……」
「儂にできんことなど、この世に無いわ!」
「すっげー自信だな! 孫のアスール兄ちゃんは、滅茶苦茶下手くそだったけどね」
「そうそう! 最初の年は、一人で餌も付けられなかったんだよねー」
「ああ、そうだった! 餌入れを開けた途端に、中に入ってた虫に驚いて箱ごと投げ捨ててたもんな。あれは笑えた!」
シモンとルイスの二人は、アスールの酷く情け無い過去を、大きな声で次々と暴露していく。
「あははは。アスール。お前さん、随分な言われようじゃな!」
「仕方ないよ、事実だもんね、アスール」
「……まあね。でも今は餌くらい自分で付けられますよ」
この日の釣果は物凄い大漁で、夕食後には料理人たちもダリオもエマも、もちろんフェルナンドにアスールたちも全員揃ってオイルシーディン作りをすることになった。
調理場には良い匂いが立ち込めている。
フェルナンドは来島初日から、ここでの夏の暮らしを完全に満喫しているように見えた。
「それにしても、お祖父様! 皆とても心配していたのですよ! 急に居なくなったりしたら駄目じゃないですか!」
「すまん、すまん。急にローザの顔が見たくなったもんでな。つい出て来てしまったんだよ」
「そうなのですか?……でも、次からは行き先を仰ってから出掛ける方が良いですよ!」
「ああ、そうじゃな。次からは、気を付けるよ」
フェルナンドは「明日まで待った方が良いです」と料理長から言われているのも聞かず、器に並んだ作りかけのシーディンをつまみ食いし、オイルまみれの指を美味そうに舐めている。
「次からはって……。まさか、懲りずにまた抜け出すつもりではありませんよね? フェルナンド様?」
「もうせんよ! リリアナ。もうカルロには……連絡はしたのか?」
「もちろんですわ! 昨日フェルナンド様にお会いして、すぐにホルクを王宮に飛ばしました」
「……そうか。……そうだよな」
「ところでお祖父様。どうしていきなりこの島へ来ようと思われたのですか?」
アスールが尋ねた。
「ああ。ローザから王宮に届いた手紙に、なんだか面白そうなことが書いてあったからのぉ……」
島へ到着して以降、定期的に王宮宛へ島で起きたことなどを報告する手紙をピイリアに運ばせていたのだ。ピイリアの長距離飛行訓練も兼ねてのことだ。
ピイリアの訓練の様子を見たルシオも、同じようにチビ助の訓練をしたそうだったが、この夏、バルマー侯爵は長男のラモスと共に国外へと出てしまっている。
ルシオの母親のラウラは、大の鳥嫌い。そんなラウラのところへ間違ってもチビ助を飛ばすことなどできるわけがない。
ルシオはチビ助の長距離飛行訓練を泣く泣く諦めた。
「ねえ、ローザ。いったい手紙に何を書いたの?」
「ええと。なんでしたかしら?」
最初のうちは、ローザと交代でアスールも報告の手紙を書いていたのだ。
だが島での毎日は楽しいが、特に報告すべき新しいことはそうそうは起きない。アスールは書くべき内容を見繕うのに毎回非常に苦労していた。
ところが、ローザは何を書いているのかは知らないが、毎回毎回小さな紙の裏までびっしりと文字で埋め尽くしている。
そんなに書くことがあるならと、アスールは王宮への定期報告担当を早々にローザに一任してしまったのだ。
「神獣サスティーのことだよ」
フェルナンドが言った。
「儂もその神獣様に是非とも会ってみたいと思ってな。それで城を飛び出して来たというわけじゃ」
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