閑話 テオドール・タイレンの独白
私、テオドール・タイレンと申します。三十二歳でございます。
私は王立学院卒業後すぐからずっと、長年に渡って王宮府に勤務致しております。十六歳の時からですので、丁度人生の半分をこの王宮府で過ごしていることになりますね。
そんな私ですが、数年前、カルロ国王陛下から『フェルナンド様付きの事務官』という大変重要で、かつ名誉ある役目を拝命致しました。
フェルナンド・クリスタリア様は、現国王陛下のお父上であり、ご存知かと思いますが、前のクリスタリア国王陛下であらせられます。
九年ほど前に国王の座をカルロ陛下にお譲りになって後は、フェルナンド様は国内をお一人であちこち旅行されたりと、悠々自適にお過ごしでした。
ところがここ数年、他国との関係上、カルロ陛下の執務量が膨大になってきたこともあって、フェルナンド様が王宮の執務にお戻りになられました。
私は、そのタイミングで今の役職を賜ったわけです。
フェルナンド様はここだけの話、頭脳派のカルロ陛下とは違い、肉体派でございます。騎士団を指揮させれば、フェルナンド様の右に出る者などいないでしょう。
腕力はもちろんのこと、その統率力、指導力たるや、これ以上は無いと思わせるほどに素晴らしいのです。
ただ、そんなフェルナンド様にも欠点はございます。
フェルナンド様は、頭で考えるよりも先に、まずは行動されるのです。もちろん考え無しに行動されているという意味ではございませんよ。
結果は伴われているので、理に適った行動なのだとは思いますが、とにかく直感のままに行動される方ですので、それに逐一合わせなければならない我々としては、頭の痛いことも多々起きるわけです……。
そんなフェルナンド様のこれまでの数々のお騒がせ行動の中でも、今回ほど私の胃をキリキリキリキリキリキリと痛ませていることはございません。
フェルナンド様は、本日、突然王宮から失踪されたのです!
思い返してみれば、失踪前日の昨日の昼間のこと。
フェルナンド様宛にホルクが手紙を運んで来ました。そのホルクは、第三王子のアスール殿下が雛の時から大切に育てていらっしゃるピイリア号でした。
ピイリア号は、夏の休暇に出掛けられているアスール殿下と、妹様で第三王女のローザ様からのお手紙を定期的にこの王宮に運んで来ています。
私は、お二人が現在どちらで夏の休暇を過ごされているかを存じ上げてはおりません。
ただ、ハルンにある夏の離宮でないことは確かです。今年はハルンにある夏の離宮は改装工事中のために、どなたも滞在されていないはずですから。
ああ、ですが……。
フェルナンド様はハルン公爵でもいらっしゃいますので、もしかしたら改装中のあの館に? いえいえ。それはあのフェルナンド様であっても、流石に無いでしょう。
話を戻しましょう。
フェルナンド様はピイリア号が運んできたお手紙を読んだ途端、大声で叫ばれたのです。「なんじゃと!」と。
それはそれは嬉しそうなお顔をされていらっしゃいました。
翌朝、と言いますか今朝のこと。
なかなか執務室においでにならないフェルナンド様に業を煮やしたカルロ陛下が、私に「私室まで行って、無理矢理でも構わないので執務室まで連れて来るように!」とお命じになりました。
私が、フェルナンド様の私室の扉を何度ノックしても、中からはお返事がありません。
万が一室内でお倒れになられていては一大事! 私は意を決してお部屋の扉を開けて、中へ入りました。
倒れているとばかり思っていたフェルナンド様のお姿はどこにも見当たりません。部屋のカーテンを開け、よくよく確認すれば、窓際のライティングデスクの上に紙が一枚置いてあるではありませんか。
ちょっと出て来る。しばらく戻らん。
探す必要は無いない。 フェルナンド
目の前が真っ暗になるとは、きっとこういう時のことを言うのでしょう。
フェルナンド様は出奔されたのです……。
すぐに私は執務室へと走り、陛下にこの紙をお見せ致しました。
陛下は苦虫を噛み潰したような表情をされてから「大丈夫だ。すぐに見つける!」と仰られて、秘書官の一人にホルクを連れて来るようにと伝えました。
それから、執務室に置かれている飾り棚のところまで行くと、棚に置かれていた小さな美しい細工の施された箱を取り出されました。
私は、その小箱の中に陛下が何を入れておられるかを、実は存じ上げております。
「無い! やられた……」陛下が小さな声で呟かれました。
そうです。フェルナンド様は、自分の捜索のためにホルクを飛ばされないように、カルロ陛下が保管していたご自身の魔力が込められたセクリタを、全て周到に持ち去られていたのです。
流石の陛下も、フェルナンド様のセクリタ無しに、ホルクにフェルナンド様を捜索させることは不可能です。
結局、秘書官が連れてきたホルクには、第三王子のアスール殿下のセクリタが取り付けられ、フェルナンド様が行方不明になっている旨を伝える手紙がアスール殿下のところへ向けて飛ばされました。
フェルナンド様の不在確認から半日が過ぎましたが、未だにフェルナンド様の所在は分からぬままです。
私の胃は、さらに痛みを増しております。
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