35 消えたフェルナンド
「ええっ。ちょっと、これどういうこと?」
「どうしたの? 母さん」
「うーん。なんだかよく分からないのよ……」
リリアナは、届いたばかりのホルク便に付けられていた手紙を読み終え溜息を吐いた。
「さっき手紙を届けに来たのって、兄さんのところのホルクだったよね? 何かあったの?」
「カミルは王都の方に仕事で行ってるから、これはアニタからなんだけど……。なんでも商会の方に『リリアナに会いたい!』って言って訪ねて来ている男の人が居るんですって」
カミルと言うのは、テレジアの街にあるアルカーノ商会を取り仕切っている、アルカーノ家の長男のことだ。
アニタはカミルの妻。アルカーノ商会を一緒に手伝っている。
「母さんに? その人の、名前は?」
「名乗らないらしいのよ……」
「名乗らない? 何それ? 母さんに、心当たりは無いの?」
「……無いわね」
「どうするの?」
「会えるまで帰らないって言っているそうだから、ちょっとこれからテレジアまで行ってくるわ」
「今から?」
「だって、アニタだってその人にずっと商会に居座られたら、困るでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「今日中には戻れないかもしれないから、レイフ、後のことは頼むわね」
「……分かった。気をつけてね」
リリアナは「今から向かう」とだけ書いた短い手紙をホルクに取り付け、空へと放った。
「ねえ、レイフ。リリアナさん、なんだか慌てて飛び出して行ったけど……何かあったの?」
ルシオがレイフに尋ねた。
「よく分からないけど……。急に母さんを訪ねて来た人が居るからって、テレジアの商会の方に確認に行ったよ。あの様子だと、今日は戻って来ないんじゃないかな」
「そうなんだ」
「じゃあ、明日の勉強部屋は僕たちだけでってことかな?」
アスールが質問する。
「ああ、そうなるね」
「まあ、どうにかなるでしょう」
「だね」
リリアナが不在だったとしても、勉強部屋の子どもたちもすっかりアスールたちに慣れている。いざとなったらダリオもエマも居る。きっと何とかなるだろう。
「ねえ、アス兄様」
「どうしたの? ローザ」
「窓の外。また、ホルクが来ているみたいですよ」
ローザが窓の外を指差した。確かに窓の外にホルクが居て、部屋の中を覗き見ている。
「本当だ。レイフ!」
「今度は何だろう?って、うわー。窓を突くなよ! 今、開けるから!」
なかなか窓を開けてもらえないことに業を煮やしたのか、外に居るホルクが嘴で窓を激しく突きはじめた。
レイフが大慌てで窓を開けると、随分と体格の立派なホルクがスイッとアスールに向かって飛んで来た。
「ええ? 僕なの?」
首輪に取り付けられたケースには、確かによく見慣れたアスールのセクリタが入っている。
「どうやらそうらしいね」
レイフは、窓にヒビが入っていないかを確認しながら答えた。
「あれ? このホルク……。やっぱりそうだ! 王宮の厩舎のホルクだよ!」
「えっ、そうなの?」
「うん。一番大きくて飛ぶのも早いって確かお祖父様が言っていたホルクだ」
「へえ。ってことは、手紙はフェルナンド様から?」
「ちょっと待って、今、外すから」
アスールは、ホルクの足にある筒から手紙を抜き取った。
「……。ええええっ?」
「「「どうした(のですか)?」」」
突然アスールが驚きのあまり発した叫びに、アスールの肩に止まって休んでいたホルクが飛び上がった。王宮から飛んで来たホルクは、近くに置かれていた椅子の背にフワリと避難する。
アスールの叫びに同じく驚いた三人もアスールの周りへと集まって来る。ルシオがアスールの手から手紙を奪い取った。
「何? 急に大声あげて! いったい何が書かれているわけ?」
レイフとローザも一緒になってルシオの横から手紙を覗き込んだ。
「「「フェルナンド(お祖父)様!!!」」」
そこには、国王の字で、フェルナンドが城から出奔したと書いてあった。
ホルクを飛ばして捜索させようと思ったが、王宮で管理しているはずのフェルナンドのセクリタは全て持ち出されており、捜索も手紙を届けることもできないらしい。
「ああ、それ。絶対に探されたくなくて、自分でセクリタを何処かに隠したね!」
ホルクは、首輪に取り付けられたセクリタを頼りに手紙をそのセクリタの主に届ける以外にも、需要は然程無いが、別の場面でもその能力を発揮することがある。
それはセクリタの持ち主の捜索だ。
以前ローザがヴィスタルの収穫祭で誘拐された時にも、カルロはこの方法を使い、ローザが囚われている小屋を見つけ出している。
「そうだね。フェルナンド様なら……。うん。大いに有り得るかも」
「確かに」
ルシオの推測に皆が妙に納得したその時……。
「お祖父様、いったいどこに行ってしまったのかしら? 心配ですね。まさか、この島に向かっていたりは……。ふふふ。しませんよね?」
ローザが小さく笑った。
「「「それだ!!!」」」
「えっ? 何ですか? 三人とも大声を出して、ビックリさせないで下さい」
ローザは何気無く口にしただけのようだが、三人は確信を持ってお互いの顔を見合わせている。
そう、フェルナンドならやりかねない! テレジアのアルカーノ商会でリリアナに会わせろと言っているのは間違いなくフェルナンドだ!
「どうする? はっきり確認してから、王宮へホルクを返した方が……やっぱり良いよね?」
「「……だよね」」
「ええ? 何がはっきりしてからホルクを返すのですか?」
「あはは。ローザちゃん。もしかして分かって無い?」
「分かっていないって、何がです?」
「いや。一旦このホルクは王宮に送り返そう。「了解した」とだけ書いておけば良いよ」
「そうだね。不確定情報を流そうものなら、また “お小言” 確定だもんね」
レイフが持って来た紙に、アスールは短い返事を書く。
「あの! 何がどうなっているのか、私にも教えて下さい!」
ー * ー * ー * ー
翌日の昼前。フェルナンドはなんともご機嫌な様子で、島にあるアルカーノの屋敷へとやって来た。
「ほう。リリアナ。これが噂の勉強部屋か! なるほど、なるほど。こりゃ良いな!」
突然大きい子たちの部屋に入って来たその大男に、子どもたちの視線が一斉に集まった。
取り敢えず、誰も何も言わないが、子どもたちの顔と目が「誰、あの人? 何しにここに来たの?」と雄弁に語っている。
「「やっぱり!」」
予想はしていたが、本物のフェルナンドの登場にアスールとレイフが顔を見合わせる。
「おう。アスール! それにレイフも! 元気そうじゃな。おや、ローザとルシオがこの部屋には居らんな」
「お祖父様。今は勉強中なのでお静かに願います!」
「おお。こりゃ、すまんことをしたな。皆、儂に構わず勉強を続けなさい」
子どもたちは急に入って来たのがアスールたちの知り合いだと分かったようで、急に安心したのだろう、口々に喋り始めた。
「ルシオ兄ちゃんとローザお姉ちゃんなら、隣の部屋だよ!」
「ここは大きい子が勉強する部屋で、チビたちは向こうの部屋なんだ。お絵描きをしたり、絵本を読んでもらったりしたいるよ!」
「そうかい。教えてくれてありがとう」
島の子どもたちにとっては、見ず知らずの大人の出現は久しぶりなのだろう。フェルナンドの周りに、好奇心旺盛な島の子どもたちが集まり出した。
「お祖父様! 今は勉強中です!」
「ほら、皆も。お喋りは勉強が終わってからだよ!」
アスールに睨まれ、レイフに困った顔をされ、フェルナンドは大きな肩を少し落とし、すごすごと部屋から出て行った。
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