23 呼び出し(1)
二の月に入るとすぐに、アスールは王立学院からの “入学許可証” を無事に受け取っていた。
既に制服の仮縫いも済ませている。後は三の月が始まってすぐの学院入学の日を待つだけだ。
夕食後アスールが自室で寛いでいると「入学前にしておきたい大事な話があるので三十分後に応接室に来るように」との知らせを父の側仕えが持ってきた。
「失礼致します」
指定の時間に遅れないように到着し、扉を開けてもらって応接室に入る。
てっきり父親と二人で話すものだと思っていたので、扉が開いた途端、既にそこに集まっていた人たちからの視線を一斉に浴びたことにアスールは戸惑った。
「アスール、こちらにいらっしゃい」
母のパトリシアが自分の座っている長椅子の隣のスペースにそっと手を置く。
皆が笑顔な割に、なんとなく重苦しい雰囲気が部屋を支配しているのをアスールは肌で感じながら、言われた通り母親の横に腰を下ろした。
給仕係がお茶の支度をしているので、その間アスールは部屋に居る者たちの様子を観察することにした。
上座には、王であり家長でもあるカルロが普段通りの寛いだ様子で座り、何やら分厚い資料を読んでいる。その後ろには側近であるイズマエル・ディールス侯爵とフレド・バルマー伯爵がいつものように立っていて、カルロは時々振り向いては彼らに話しかけていた。
王の向かいの位置は先王フェルナンドで、どっしりとソファーに深く座り、紅茶を片手にもう既に何個目かの菓子を口に運んでいる。
アスールと目が合うと「お前も食べてみろ。美味いぞ!」とでも言いたげに菓子の皿を指さしてニヤリと笑う。
(まだ勧められてもいないのに、それは流石にマナー違反ですよ。お祖父様……)
正面の長椅子には姉と兄が並んで座っている。
姉のアリシアがいつも通りの優しい笑顔をアスールに向ける。
兄のシアンも祖父から「美味いから菓子を食べてみろ」としつこく声をかけられ少々困り顔だ。
その二人のやり取りが聞こえたのだろう、パトリシアが
「リナ。もう貴女は下がってくれて大丈夫よ。ありがとう。後は私が引き受けますから」
と、丁度お茶を配り終えたばかりの給仕係に笑顔で言った。
「かしこまりました。では、外に控えておりますので、何か御座いましたらいつでもお声をおかけ下さいませ」
リナと呼ばれたその給仕係は自分の仕事を終え、丁寧に頭を下げるとドアを静かに開けて退室した。
「さあ、お茶を頂きましょう」
パトリシアの柔らかい声が部屋に広がる。
アスールはなんとなく気まずくて、それを紛らわすようにカップを手に取り、お茶をゴクリと飲み込んだ。
「アスール。学院に入る前にどうしても伝えておかねばならぬ事があってお前を呼び出したのだが……」
カルロにしてはどうも歯切れが悪い気がする。
今この部屋に集められているのは現在この国の王であるカルロ、先代の王であるフェルナンド。王の第一夫人であるパトリシアと、その子どもたちである第一王女のアリシア、第二王子のシアン、第三王子のアスールの三人。それから王の二人の側近だけだ。
末の妹、第三王女のローザがこの席に呼ばれていないのは、おそらくまだ彼女が学院に入る年では無いからだろうか?
そう言えば、第二夫人のエルダ、その子供である第一王子のドミニクと第二王女のヴィオレータ。西翼で暮らしている三人の姿もここには無い。
あれこれアスールが考えを巡らせていると
「アスール。今から話す内容はお前にとって、とても受け入れ難いことかもしれないが、どうか最後まで落ち着いて聞いてもらいたい」
カルロの普段よりもずっと低く落ち着いた声色に、アスールの身体がビクリと反応した。
ー * ー * ー * ー
父カルロの話は、アスールの存在そのものを根底から大きく揺るがすほどの内容だった。
まずアスールを酷く動揺させたのは、自分がこの王家の正当な後継者ではないという事。
いや、そうではない。
そんな事はどうだって良い。
アスールにとって最もショックだったのは、自分がカルロとパトリシアの実の息子ではなかったと言う事実だ……。
まさかそんな想像すらしていなかった重すぎる内容を突きつけられて、ただ呆然と座っている事しか出来ないアスールを、隣に座っていたパトリシアがそっと包み込むように優しく抱きしめてくれた。
「アスール。貴方は私の大切な息子よ。分かるでしょ?」
パトリシアの手がアスールの背中を優しく撫でる。
アスールは涙が後から後から溢れ出るのに気付いたが、抱きしめられているのでその涙を拭う事が出来ない。涙は零れ落ちるままにしておいた。
「今までだって、もちろんこれからも、私は貴方を本当の息子だと思っているわ。貴方だってそうよね? 今は急な話に頭が混乱しているかもしれないけれど、それだけは理解して頂戴ね」
口から漏れる嗚咽を止める事が出来ないので、アスールは母親に抱きしめられたまま何度も何度も頷いた。
「愛しているわ。心から」
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